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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第4章 対立編

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第63話 広がる声

 葉山食品の山田有希さんから連絡が来たのはB2に入る前の朝だった。


「今日の午後、少しお時間をいただけますか」


 俺は採取の予定を後ろにずらして、了承した。


* * *


 昼過ぎ、最浅層ダンジョン入口近くのカフェで待ち合わせた。


 有希さんは紺色のコートで来た。


 いつも通りの落ち着いた佇まいだった。


 でも——テーブルに座ったとき、目が普段より力強かった。


「ありがとうございます。突然すみません」


「いえ」


「単刀直入に言います」


 有希さんはコーヒーを注文してから続けた。


「東和グループが葉山食品の上層部に接触しているという話が社内に出ています」


 俺はコーヒーを持つ手を止めた。


「……接触とは」


「内容は分かりません。ただ、先週の役員会議の後、うちの部長が私に——『佐々木ユウトさんとの監修業務は引き続き続けるが、上が慎重な判断を求めている』と言ってきました」


 俺はテーブルを見た。


「それは——」


「撤退を求めているわけではないと思います。ただ、何らかの圧力がかかっている可能性は高いです」


 有希さんはそこで声を少し落とした。


「これは正式な通達ではありません。私が個人として、ユウトさんに伝えられる範囲だけです」


 有希さんはコーヒーをひと口飲んだ。


「社内資料を持ち出しているわけではありません。名前を出せない人もいます」


「分かっています」


「だから、これをそのまま公開材料にはしないでください」


「しません。まず確認します」


 逃げないための確認だ。


 有希さんの肩が、ほんの少しだけ下がった。


「ユウトさんに伝えるべきか迷いました。ただ、祖父のメモに似たような記述があって」


「どんな記述ですか」


「『最浅層の価値を独占しようとする者が現れたら、そこで働く者の立場は変わる』——という一行です」


 胸の奥で何かが静かに詰まった。


「独占しようとする者が現れたら、そこで働く者の立場は変わる」。


 それに似たことが、今、起きようとしているのかもしれない。


 コーヒーを持つ手が一度止まった。


 祖父のメモ。


 東和グループ。


 葉山食品の上層部。


 黒葉の投稿。


 まだ一本の線とは言えない。


 でも、同じ方向を向いた声が増えているように見えた。


「……有希さん、伝えてくれてありがとうございます」


「私も引き続き動きます。ただ、ユウトさん側でも——」


「わかりました。北条さんにも確認します」


 有希さんは少し驚いた顔をした。


「……北条さんにも話したんですか」


「まだです。だから、勝手に決めずに確認します」


 有希さんの表情が少し変わった。


「……社内の別の窓口でも、同じ方向の話が出ているか確認した方がいいということですね」


「そう思っています。ただ、まだ確認前です」


 有希さんはコーヒーを一口飲んだ。


「……私、一人で言いに来て、よかったと思います。ユウトさんがちゃんと聞いてくれる人で」


 カフェの外、冬の日差しが薄かった。


 もし東和グループの接触が本当なら、これは葉山食品の内側にも波が広がる話だ。


 黒葉の投稿。


 同じ型のコメント。


 有希さんの警告。


 まだ断定はできない。


 だからこそ、北条さんの話も聞く必要がある。


 俺はコーヒーを飲んだ。


 今日の午後はB2に行く。


 でも、ただ採りに行くのではなく——考えながら、歩く。


* * *


 カフェを出て、B2に入った。


 JAGLアプリには通常採取の入場ログを残した。


 父の地図は持ってきていない。


 有希さんの話を動画にするつもりもない。


 今日は、考えながら歩くための通常採取だ。


 いつものようにグリーンモスを採った。


 指先で張りのいい場所を順番に回った。


 ここはまだ若い。


 ここは水気が多い。


 ここは今日採っていい。


 東和の動きが頭の中にあっても岩盤の感触は変わらなかった。


 B2の奥三番目の岩盤の前に来た。


 ピコが羽を静かに開いた。


 岩盤に指先を当てた。


 電気に似た、細い違和感があった。


 奥へ引かれるような感覚もある。


 昨日も一昨日もあった。


 東和が何をしようとしていても——岩盤の下の何かは変わらずそこにある。


 俺は岩盤から手を離した。


「——ゲン爺と照らしてからだ」


 声に出して、確認した。


* * *


 帰って、グリーンモスをパスタに合わせた。


 大きな鍋でパスタを茹でた。


 ぐらぐらと湯が煮立つ音。


 塩を入れたら、香りが変わった。


 その間にフライパンでグリーンモスを刻んでおいた。


 オリーブオイルを引いて、弱火で温めた。


 じゅわっと音がした。


 苔の青々しい香りが台所に広がった。


 B2の岩の匂いが台所に来た気がした。


 ピコが鍋の音に反応した。


『ぴこぴこ』


 尾の光がそわそわ揺れていた。


 俺は笑った。


「もうすぐだ」


 茹で上がったパスタをフライパンに合わせた。


 絡ませながら、火を止めた。


 塩だけで仕上げた。


 白い湯気がフライパンの上で揺れた。


 パスタに絡んだグリーンモスが緑の筋を作っていた。


 一口食べた。


 ……うまい。


 苔の繊維がパスタに絡んで深いコクが出た。


 青みのある草の香りが鼻に来て、消えた。


 噛むたびにB2の底の匂いが口の中に広がった。


 シンプルなのに、素材の力が出た。


 ピコに分けた。


『ぴこぴこぴこ』


 三声。


 皿に顔を近づけたまま、尾の光が小さく揺れていた。


* * *


 夜、動画を投稿した。


「B2のグリーンモスパスタ、シンプルに作った」。


 概要欄には、JAGL食用登録済みのグリーンモスを使い、加熱調理していることを書いた。


 B2へ行くなら登録ランクと入場条件を確認すること。


 動画に有希さんの話や東和の名前は入れない。


 今日は、ただパスタを作る動画だ。


 コメントが来た。


「この組み合わせは考えたことなかった!」


「ピコ、パスタの匂いに反応してるのかわいい」


「tanuki_yamaより:今夜これ作ります。下処理済み素材でやります!」


「毎回見てますが動画の空気が好きで」


「冬の夜にちょうどいい感じのごはんですね」


 批判コメントは今日は来なかった。


 黒葉の動きが続いているなら、また来るかもしれない。


 でも——今日は来なかった。


 それだけのことだ。


 俺はスマホを閉じた。


* * *


 深夜。


 北条さんからメールが来た。


 件名は「一度お話の時間をいただけますか」。


 本文は短い一文だけだった。


「今週中にご都合のよい日時を教えていただけますか。お電話でも構いません」


* * *


 北条さんが「一度お話を」と言う時——それはいつも大事な局面だった。


 試食会の後。監修業務の開始前。濃縮核の分析結果を共有する前。


 今回はどんな話なのか。


 有希さんが「東和が葉山食品の上層部に接触しているという話がある」と言っていた。


 北条さんが「お話を」と言ってきた。


 タイミングが一致している。


 同じ方向の声が、別々の場所から聞こえてくる。


 でも、まだ確認は終わっていない。


 俺は返信画面を開いて、そこで一度止まった。


 深夜に慌てて返す必要はない。


 明日、時間を見て返信する。


 話を聞く。


 それだけを決めて、スマホを置いた。


 台所の鍋でグリーンモスパスタの残りが冷めていた。


 ピコが小皿から顔を上げて、俺を見た。


『ぴこ……』


 羽の光が、眠たそうに弱く揺れていた。


「大丈夫だ。ちゃんと聞いて、ちゃんと考える」


 ピコが一度羽を広げて、また閉じた。


 それで今夜は終わりにした。


 有希さんが社内のリスクを負って、教えに来てくれた。


 北条さんが「話したい」と言ってきた。


 画面の外でも、声が広がっている。


 北条さんが何を話したいのか、まだ分からない。


 明日、返信して、聞く。


 何かが動こうとしている。


 その気配が胸のすぐ奥にあった。


 今日できることは、今日聞いた声を忘れないことだった。


 明日、聞くために覚えておく。


 登録者:三万七千五十二人。


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