第62話 嫌がらせの形
DungeonLinkを朝イチで確認した。
カナメのメッセージが来ていた。
「——黒葉、また動いた。今度は別の角度から」
DungeonTubeの動画じゃなかった。
冒険者向けSNS、そのもの。
黒葉の動画を見に行けば、また再生数を渡す。
だから、今朝はカナメが送ってきたリンク先だけを確認することにした。
見るものを選ぶ。
それも、今できる対処の一つだった。
黒葉レンのアカウントが新しい投稿をしていた。
「F判定配信者が最浅層を配信する行為は初心者の過信を招く。昨日某チャンネルのコメント欄に批判が殺到したがむしろそれが正当な反応だと思う」。
引用リンクが俺のチャンネルだった。
* * *
スマホをテーブルに置いた。
台所に立って、コーヒーを淹れた。
ドリップしながら、考えた。
「某チャンネル」と書いてあるが明らかに俺のことだ。
俺のコメント欄に来た批判を材料にして、それを「正当な反応」と呼ぶ。
やり口が綺麗だった。
直接攻撃じゃない。
「それが自然な批判だ」という形にする。
投稿の形が、きれいすぎた。
胸の奥が冷えた。
誰かが形を整えて置いたように見えた。
コーヒーが落ちた。
俺は飲んだ。
苦かった。
苦さが舌に残っているうちに、スクリーンショットを一枚だけ保存した。
晒すためではない。
後で「何がいつあったか」を混ぜないためだ。
保存先は非公開のメモにした。
誰かに見せるとしても、必要になった時だけでいい。
今は、言い返す材料ではなく、順番を残す材料だ。
* * *
DungeonLinkの黒葉の投稿にはコメントが三十件以上ついていた。
「同意。F判定で配信活動はリスクの啓発義務がある」
「ダンジョン初心者の保護が優先じゃないのか」
「あそこの動画、ピコってやつを使ったアピール動画ばかりだろ」
俺は一件ずつ、確認した。
投稿時刻がばらばらだった。
でも——言い回しが似ていた。
「リスクの啓発義務」という言葉が三つのアカウントに出てきた。
「配信の責任」という言い回しが六つに出てきた。
全員、アカウント作成日が今月だった。
同じ型の言葉を持つアカウントが十以上いた。
手が一度止まった。
一人で打った言葉には見えない。
少なくとも、偶然に並んだだけのコメントには見えなかった。
俺はスマホを閉じた。
カナメにメッセージを送った。
「同じ言い回しのアカウントが十以上いる。偶然にしては揃いすぎてる」
すぐに返信が来た。
「見た。スクショ保存して。返信はしないで」
「保存した。返さない」
「それでいい。あとは、同じ型が続くかを見る」
カナメの言葉は短かった。
でも、短いからこそ助かった。
カナメは怒れとも、言い返せとも言わなかった。
証拠を残して、返さない。
それだけを言った。
だから俺も、それだけにした。
* * *
午後、B2に入った。
岩の間を歩いた。
JAGLアプリには通常採取の入場ログを残した。
父の地図は持ってきていない。
今日は黒葉に反応するための探索ではない。
晩飯の素材を採るための、いつものB2だった。
撮るとしても、入口側の採取と調理だけ。
岩盤の違和感も、黒葉の投稿も、今日の動画には入れない。
今日はグリーンモスを炒め物に使うつもりだった。
スープとは違う。
香りを立てる使い方だ。
岩の割れ目を順番に確認した。
指先が岩の縁に触れるたびに感触が違った。
よく育ったグリーンモスのある割れ目は、指先にしっかりした張りが返ってくる。
水を含みすぎていない。
根が岩に深く噛みすぎてもいない。
炒めても繊維が崩れにくい株だ。
四か所からそれぞれ一束ずつ採った。
丁寧に根を傷つけないように。
来週も来れるよう、取り残しも考えて。
ピコがバッグの中で静かにしていた。
昨日、指先が下へ引かれた岩盤の前を今日も通り過ぎた。
指先の奥が少しだけうずいた。
「近い」という感覚がまた来た。
俺は地図を出さなかった。
急がない。
でも——忘れていない。
* * *
帰って、グリーンモスを炒めた。
油を少量。
強火でさっと。
グリーンモスは強く焼きすぎると香りが飛ぶ。
バターを最後に一切れ加えた。
ジュッと鋭い音がした。
バターがモスに絡む香りが台所の空気をまるごと変えた。
深い、濃い、甘い匂い。
グリーンモスの緑が油をまとって、つやを帯びていく。
端から少しだけ濃い色になった。
その変化を見ているだけで腹が鳴った。
ピコが鼻をひくつかせた。
『ぴぴこ』
高い声。
羽の先が小さく震えていた。
俺は笑って、小皿に分けた。
「待て、熱い」
『ぴこ……』
不満そうな声。
冷ましてから渡した。
『ぴこぴこぴこぴこ』
四声。
皿の縁に前足をかけて、もう一口を待っていた。
俺も食べた。
……うまい。
バターの丸さがグリーンモスの青い香りを包んでいる。
舌の上でコクと甘みが混ざって、後味として残る。
単純な調理なのに、素材の力が出る。
喉の奥がゆっくりと温かくなった。
朝のDungeonLinkのことが頭の中で一度浮かんで消えた。
コクが舌に残った。
* * *
夜、動画を投稿した。
「B2のグリーンモス炒め、バター仕上げ」。
概要欄には、JAGL食用登録済みのグリーンモスを使い、加熱調理していることを書いた。
B2へ入るなら登録ランクと入場条件を確認すること。
無理に採らず、異変を感じたら戻ること。
黒葉への反論は書かなかった。
コメントが来た。
「緑の苔でここまで食欲出るの凄い」
「ピコの反応が笑える。四声はじめて見た」
「tanuki_yamaより:バターの香りが届きそうな動画でした。来週作ります!」
「食欲の秋通り越して冬、だが関係ない。美味そう」
「毎回、なんか静かになれる動画だよな」
批判コメントは今日は一件だった。
報告して、スマホを置いた。
組織的に見える動き。
証拠の取り方。
カナメの「返信はしないで」。
頭の中を順番に整理した。
今日できることはやった。
報告した。
返信しなかった。
料理を作った。
それだけだ。
でも——「それだけ」が積み重なっていく。
同じことをしていれば、相手が撃ってくる弾の量より俺の動画の積み重ねの方が多くなる。
そういう算数だ。
コメント欄には今日も百件以上の言葉があった。
「静かになれる動画」という言葉をもう一度読んだ。
向こうは計算して動いているように見える。
俺にはそれに対抗する手段が今はない。
でも——コメント欄が「静かになれる場所」であり続けることが向こうの「荒らし」を無効にする。
グリーンモスの香りが台所に残っていた。
バターとコクが混ざった、深い匂い。
ピコが台所のカウンターで眠そうにしていた。
『ぴ……』
一声。もう寝るという声。
俺もスマホを閉じた。
* * *
就寝前。
DungeonLinkを一度だけ見返した。
黒葉の投稿はまだ伸びていた。
ただ、コメントの増え方は鈍っていた。
同じ型の言葉も、最初ほど増えていない。
カナメに言われた通り、スクショだけ保存した。
返信も反論もしなかった。
俺が今日返したものは、炒めたグリーンモスの動画だけだ。
それでいいのかは分からない。
でも、コメント欄に「静かになれる動画」と書いた人がいた。
向こうが「危ない」と叫ぶなら、俺はいつも通りに作る。
最浅層の素材を、ちゃんと採って、ちゃんと食べる。
その積み重ねを見せる。
それは派手な反撃じゃない。
でも、俺にできる一番嘘のない返し方だった。
画面の上では、相手の言葉の方が大きく見える。
それでも、鍋の前で立つ時間と、食べた人の言葉は消えない。
ピコの光が台所で小さく揺れていた。
『ぴ……』
眠そうな声だった。
「寝るか」
『ぴこ』
電気を消した。
台所が静かだった。
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