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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第4章 対立編

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第61話 黒葉レンの最初の弾

 B2の苔の間を歩いた。


 水曜日の午後。


 東和プロモーションに断りのメールを送って、翌日。


 朝、ゲン爺には「現地で照らす日を相談したい」とだけメッセージを送った。


 返事はまだない。


 今日は通常採取だ。


 父の地図は持ってきていない。


 岩盤の前で立ち止まるつもりも、動画に映すつもりもなかった。


 昨日残した入場ログと同じ、いつもの採取ルート。


 まずは、いつも通り戻る。


 グリーンモスが岩盤の表面にびっしり生えていた。


 手のひらで触れた。


 指先に、苔の張りが静かに広がった。


 良い株だと分かった。


 深い、緑色。


 根元までしっかりした繊維。


 水気の含み方が適度だった。


 今日は二束持ち帰れる。


 ピコがバッグの中から顔を出した。


『ぴこ』


 一声。


 いつもより大人しかった。


* * *


 昨日の岩盤の感覚は、今日も指先に残っていた。


 ただ——何も変わらない。


 岩盤はいつも通りそこにある。


 苔はいつも通り生えている。


 俺はいつも通りそれを採っていた。


 B2の奥、三番目の岩盤の前を過ぎた。


 ピコが羽を静かに開いた。


 何かを思い出したような仕草だった。


 指先の奥が低く、うずいた。


 岩盤の下へ引かれるような感覚。


 俺は止まらなかった。


 急がない。


 今日は通常採取に戻ると決めていた。


 昨日の違和感を忘れたわけじゃない。


 俺は苔の採取を続けた。


 手前の株をもう少し。


 奥の割れ目からもう一束。


 指先で張りを確かめながら、良い株だけを選んだ。


 三か所を丁寧に採った。


 いつも通りに。


 急がずに。


* * *


 帰り道。


 転移魔法陣を出たところでスマホが震えた。


 DungeonTubeの通知。


 black_blade_rが新しい動画をあげていた。


 タイトルを見た。


「戦闘力なしで最浅層に潜るリスク——F判定配信者が語らない現実」。


 サムネイルには薄暗い洞窟の写真に赤い文字で「安全神話崩壊」とあった。


 名指しはない。


 けれど、照準がこちらに合っていることは分かった。


 動画を開けば、たぶんもっと具体的な言葉が出てくる。


 俺はそこで指を止めた。


 再生数を渡す必要はない。


 反論するために見に行けば、向こうの土俵に乗ることになる。


 タイトルとサムネイルだけで、十分にこちらへ向けた矢だと分かった。


 転移魔法陣の出口で息を吐いた。


 スマホを持ち直した。


 動画を開かなかった。


 代わりに——俺自身のチャンネルのコメント欄を開いた。


 夜に確認するつもりだった。


 でも——何かが気になった。


 案の定、来ていた。


* * *


 俺の最新動画のコメント欄に見慣れない言葉が並んでいた。


「戦闘Fで最浅層潜っても安全とか言ってるの正直信じられない」


「万が一のとき自己責任って言わないよな?安全アピール動画、無責任では」


「ピコ?妖精連れてれば大丈夫って本気で思ってんの笑」


「子供が真似したらどうするの」


「B2って危ないのに何か対策してる?」


 五件、七件、十件。


 数えるのをやめた。


 手がスマホの上でかすかに力を入れた。


 指先が冷たくなっていた。


 手が一度止まった。


 胸の奥に何か不快なものが積み上がった。


 怒りとは少し違う。


「汚された」という感覚に近かった。


 自分のコメント欄——これまでtanuki_yamaさんや、dungeon_fan_7さんや、みんなが来てくれる場所が——今、こういうコメントで埋まっている。


 投稿時刻を見て、胸の奥が冷えた。


 これは、偶然じゃない。


 そう思った。


 俺は投稿時刻を確認した。


 全部今日の同じ時間帯。


 二時間以内に集中していた。


 アカウント作成日が全部最近のものだった。


 同じ言い回しがいくつか混じっていた。


 文章の癖まで似ている。


 これは普通の視聴者の不安だけではないかもしれない。


 人間じゃなく——「弾」が来たという感じがした。


 俺はスマホをポケットにしまった。


 返信しなかった。


 報告機能を使った。


 五件を送信した。


 時刻とアカウント名だけ、メモに残した。


 晒すためではない。


 あとで必要になった時、順番を間違えないためだ。


 それだけにした。


 自分でも、冷静でいられたことに少し驚いた。


* * *


 カナメに連絡した。


「黒葉が動画あげた。俺のコメントにも来てる」


 四分後、返信が来た。


「……見た。内容はいつものあいつらしかった。無視でいい」


「そうする」


「でも」


 少し間があった。


「——向こうは一人じゃないかもしれない」


 俺はキッチンに立ちながら、スマホを置いた。


 グリーンモスをまな板に乗せた。


 B2の食用登録済みの株だ。


 今夜は生では出さない。


 火を通して、温かいものにする。


 包丁を握った。


 トントンと刻んだ。


 ピコがカウンターに乗って、鼻を近づけた。


『ぴ……ぴこ』


 期待している声。


 俺は笑った。


「待て」


『ぴこ』


 一言。


 大人しくなった。


 鍋に水を入れた。


 昆布を入れた。


 グリーンモスを後から。


 沸騰させすぎないよう、弱火で。


 ことことと鍋が鳴った。


 苔の香りが立ち上がった。


 深い、土の匂い。


 B2の岩の奥みたいな。


 指先で選んだ素材は、こういう香りを出す。


 ピコが鼻をひくつかせた。


『ぴこぴこ』


 半音、上がった声。


 期待が頂点に達したサイン。


 俺は火加減を見ながら、思った。


「向こうは一人じゃないかもしれない」。


 カナメの言葉が頭を流れた。


 組織的に動いているとしたら——。


 でも——今、鍋の前に立っている。


 それは変わらない。


 鍋がことこと鳴っている。


 ピコが鼻をひくつかせている。


 俺は木べらでスープをゆっくり回した。


 苔の繊維がほぐれて、出汁に溶け込んでいく。


 それだけを見ていた。


* * *


 スープができた。


 グリーンモスのシンプルなスープ。


 塩だけで味をつけた。


 ピコに一口。


『ぴこぴこぴこ』


 三声。


 今日いちばんの反応だった。


 俺も飲んだ。


 口に入ると苔の繊維がほぐれて出汁に溶け込んだ深みが舌の上で広がった。


 温かさが喉を通って、腹の底まで落ちていく。


 土の奥からくるような香りの後に昆布のうまみが続く。


 鼻の奥にB2の岩の匂いが重なった。


 苔の青みと土の深さと出汁のうまみが一口の中に全部あった。


 シンプルだからこそ、素材の力が正直に出る。


 指先で選んだ素材は、こういう味になる。


 ……美味い。


 単純に美味い。


 胸の奥に積み上がっていた何かがスープの温かさと一緒に少しずつほぐれた。


 コメント欄のことが遠くなった。


* * *


 夜、動画を投稿した。


 タイトルは「B2のグリーンモスでスープを作った」。


 いつも通りのシンプルなタイトル。


 概要欄にはいつも通り、JAGL食用登録済みの素材を使い、加熱調理していることを書いた。


 最浅層なら安全、とは書かない。


 B2へ行くなら登録ランクと入場条件を確認してほしい、とだけ入れた。


 動画の中でも、B2の奥や父の地図には触れない。


 黒葉への反応動画でもない。


 今日の動画は、ただのスープだ。


 いつも通りで返すと決めた。


 それは逃げではなく、選び直しだ。


 コメントが来た。


「ピコかわいい」


「スープ、温かそうです」


「tanuki_yamaより:今夜寒かったので、このスープ作りました!好きな味でした」


「冬の外から帰ってきてこれ飲みたい」


「最浅層の苔でここまでできるのすごい」


「最浅層なんで急がないんでって感じのスープだよなこれ」


 批判コメントはまた二件来ていた。


 俺は報告した。


 それだけにした。


 返事はしない。


 怒りを置いておく場所を、コメント欄にしない。


 コメント欄に百二十三件の言葉があった。


 批判はそのうちの二件だった。


 百二十一件がちゃんとそこにいた。


「弾」が来たという感覚はまだ残っていた。


 でも——この百二十一件がいる限り、コメント欄は俺のものだ。


 俺はそれを確認してからスマホを閉じた。


 登録者:三万六千五百二十七人。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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