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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第3章 深化編

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第54話 懐かしい味の正体

 土曜日。カナメが来た。


「ちゃんと寝た?」


 玄関を開けて最初の一言が、それだった。


「寝た」


「ならよし。じゃあ、何か作って」


 心配と食欲が同じ順番で来る。


 カナメらしいと思った。


 手元にある安全確認済みの最浅層食材で、作れるだけ作ることにした。


* * *


 台所に素材が並んだ。


 B1のゼリー通常部位。


 濃縮核。


 B2のグリーンモス。


 食用処理済みで冷凍していた、B4ホタルトンボの発光器官。


 濃縮核だけは別枠だ。


 北条さんにも確認してもらったロットから、小さじ二口分だけ。


 食用評価ではなく少量の試作だと、カナメにも先に伝えた。


 カナメはダイニングの椅子に座って、ピコと遊んでいた。


『ぴこ……ぴこ』


 カナメがピコの頭を指で撫でるたびにピコが鳴く。


「ピコって、ちゃんと懐くね」


「カナメが来るたびに喜んでる気がする」


「そうかな」


「うん」


 まな板の上にグリーンモスを並べた。


 JAGLの食用登録と加熱推奨は確認済み。


 包丁で刻む。


 トントンという音が台所に響いた。


 苔の青い香りが漂い始めた。


 B2の奥で採れたやつはこういう匂いが強い。


 根元まで詰まった繊維が刻むたびに香りを解放する。


 フライパンを熱した。


 油を薄く引いて、グリーンモスを短く炒める。


 ジュッと音がして、甘みとコクが凝縮した匂いが立ち上がった。


 青臭さが抜けて、ナッツみたいな香りが少しだけ出る。


 昨日採った株の張りは、火を入れても崩れなかった。


 ピコがカナメの手から離れてカウンターに来た。


『ぴこぴこ』


 鍋の方向に向けて、期待の声を上げた。


「待て」


『ぴこ』


 一声。素直だった。


 ピコがカウンターで姿勢を低くして、鍋の音に耳を傾けている。


 こいつが料理に本気で集中しているときはこういう姿勢になる。


 カナメがダイニングから様子を見ていた。


「本当に料理が好きなんだね。ユウって」


「食材を無駄にしたくないの方が近いかも」


「それが好きってことでしょ」


 少し考えた。


「……そうかもな」


* * *


 一時間後。三皿、並んだ。


 グリーンモスの温サラダ。


 ホタルトンボの小さな天ぷら。


 濃縮核の温蜜パフェ。


 温サラダは、刻んだグリーンモスに塩と少しの酢を合わせた。


 湯気の中に青い香りが立つ。


 ホタルトンボの天ぷらは、食用処理済みの発光器官を薄衣で包んだものだ。


 今日は動画にはしない。


 カナメに食べてもらうための食卓だった。


 明かりを消した瞬間、テーブルの上でホタルトンボの天ぷらが青緑に光った。


 ピコの羽の色と混ざって、食卓が淡く輝いた。


 青の光が揺れるたびに、皿の縁が薄く染まる。


 天ぷらの衣の焦げ目がその光を受けて、夜のB4の天井みたいに見えた。


「これ、毎回見てもすごい」


 カナメの声が暗がりの中で静かだった。


「うん」


 光が落ち着いてからまた明かりをつけた。


 カナメは温蜜パフェを小さじですくった。


 冷たい濃縮核の上に、温めたB1ゼリーの蜜をかけてある。


 透明な蜜が、半固体の濃縮核の凹みにゆっくり沈んでいた。


 口に入れる。


 しばらく黙っていた。


 カナメの表情が少し遠くを見るような顔になった。


「……また、懐かしい感じがする」


「また、か」


「前も言ったよね」


「フルコース出した時だろ」


「そう。あの時からずっと気になってた」


 カナメはもう一口食べた。


 温かい蜜と、冷たい濃縮核。


 口の中で温度が二つに分かれて、それからゆっくり一つになる。


 甘みは淡い。


 でも後味に何か、深いものが残る。


「……なんだろう。場所じゃなくて、温度の感じなんだよね」


「温度?」


「手が冷えてる時に、温かいものを渡してもらったみたいな」


 俺は何も言わなかった。


 胸の奥が、一拍、詰まった。


 懐かしい味の正体は、味そのものじゃない。


 温度だ。


 冷えた手に、温かいものが渡された記憶。


 そこまでは、カナメの中で形になっていた。


「カナメ、子供の頃のこと覚えてるか」


「何を」


「父が死んだ前後の頃」


 カナメは少し表情を変えた。


「……六歳の頃でしょ。私もまだ幼くて」


「うん」


「なんで急に」


「嫌なら答えなくていい。父さんの話にも近いから」


 カナメは小さく首を横に振った。


「大丈夫。六歳だったし、断片しかないけど」


「そうか」


 俺はゼリーの残りをすくった。


 指先が、スプーンの柄を強く握っていた。


 これ以上聞くと、カナメに答えを作らせてしまう気がした。


 今日は、ここまででいい。


* * *


 食事が終わった後。


「東和、どうするの」


 カナメが聞いた。


「……まだ決めていない」


「そうか」


「でも——何を守りたいかはわかってきた」


「何?」


「……続けること。この料理をこの感覚で続けること」


 カナメはしばらく黙っていた。


「それが守れる選択をすれば、いい。でも、危ない選択なら止める」


「うん」


「ユウが自分で見て、自分で選ぶなら、私は味方する」


「ありがとう」


 カナメは少し視線を落とした。


「……あのさ。さっきの懐かしい感じの話」


「うん」


「……本当にうっすら覚えてる気がするんだよね。寒い日に外で何か温かいものを食べさせてもらった記憶。誰かが一緒にいた記憶」


「そうか」


「……でも、誰だったか、思い出せなくて」


 俺は何も言わなかった。


 胸の奥が一拍、詰まった。


 カナメの言う「懐かしい味」。


 手が冷えている時に温かいものを渡してもらった感覚。


 それがいつのことなのか。


 どこのことなのか。


 まだ分からなかった。


 父が死んだ頃。


 カナメの言う、うっすらとした記憶。


 喉の奥が、少し熱くなった。


 答えは出ない。


 でも、温かいものを渡されたという感覚だけは、カナメの中に残っている。


 ピコが二人の間で静かに丸くなっていた。


『ぴこ……』


 柔らかい一声。


 ピコの青緑の光が小さく揺れた。


* * *


 俺は台所を片付け始めた。


 カナメが手伝ってくれた。


 二人で黙って、食器を洗った。


 水の音だけが台所に続いた。


 グリーンモスの葉が排水口に引っかかった。


 それを摘まんで捨てた。


 カナメが横にいて、グラスを拭いていた。


 ずっと一緒に育ってきた。


 隣の家で、同じ街で。


 でも——カナメの記憶の中に「誰かから温かいものを渡された」という断片がある。


 俺の料理でそれが呼び起こされた。


 なぜ、なのか。


 カナメが食器を棚に戻した。


「ごちそうさまでした」


「うん」


「——また食べさせてよ」


「いつでも」


 カナメが出て行った。


 扉が閉まる音。


 ピコが台所のカウンターで丸くなっていた。


『ぴこ……』


 静かな、眠そうな声。


 俺は残ったパフェを一口食べた。


 ……懐かしい感じはしなかった。


 ただ、美味い。


 それだけだった。


 でも——カナメには何かが届いていた。


* * *


 カナメが帰った後、ふとDungeonTubeのコメント欄を開いた。


 以前のホタルトンボ天ぷら動画に、まだ新しいコメントが来ていた。


「正規販売の食用処理済み発光器官で再現してみた。暗くしたら本当に光った」


「この素材、見た目だけじゃなくて味もちゃんとある。凄くない?」


「概要欄の注意書き助かった。B4素材は無理せず店売りだけにする」


「ピコが光の色に反応してるのかわいすぎる」


 俺は一つ一つ、読んだ。


 誰かが家で光を見た。


 最浅層の食材が誰かの台所で光った。


 それだけのことなのに——なぜか、胸の中が少し温かくなった。


 まあ、いいかと思った。


 答えはまだ出ない。


 でも、こうやって動画が誰かの場所に届いているなら。


 最浅層なんで。


 急がない。


 ピコが俺の膝の上で目を細めた。


* * *


 ピコが眠りについた後、俺は残りの片付けをしながら、カナメの言葉を考えた。


「寒い日に外で温かいものを渡してもらった記憶」。


 父が死んだのは、俺が六歳の時だ。


 カナメも同じ頃の記憶を話していた。


 最浅層の素材を使った料理がその記憶に触れた。


 もし、あの頃に誰かがカナメに最浅層の食材を渡していたとしたら——。


 俺は皿を棚に戻しながら、ゆっくり考えた。


 答えはまだ出ない。


 ただ、父の頃の最浅層と、カナメの温度の記憶は、どこかで触れている。


 そんな気がした。


 台所の灯りを消した。


 週明け、有希さんと源田屋へ行く。


 山田善三のノートと、ゲン爺の記憶。


 そこに、父の名前が出てくるかどうかは、まだ分からない。


 でも、聞く準備だけはしておく。


 登録者:三万四千百二十一人。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

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