第45話 黒葉レンの本音
金曜日。「月刊ダンジョングルメ」の最新号が届いた。
表紙は黒葉レンだった。
銀髪を流した横顔。
カメラへの視線は少し斜め上から。
「勝者しか見られない景色がある」——そう言いたそうな、顔。
俺はそのまま、読み始めた。
* * *
巻頭インタビュー、六ページ。
黒葉レンは今月のゲストだった。
俺は宮下さんへの自分のインタビューの準備をしていたところで参考になるかと思って、読んだ。
黒葉レンの配信スタイルについて。
東和プロモーションとの契約について。
B10以深での活動について。
文章は自信に満ちていた。
写真の横には、スポンサー名と装備メーカーのロゴが小さく並んでいる。
ひとりで強いだけの配信者ではない。
チームと会社と数字を背負っている人間の誌面だった。
画面の外にも、背負うものがある。
「視聴者は本物を求めている。本物の戦闘、本物の危険、本物の強さ。それを見せるのがオレの仕事だ」
そういう言葉が続いた。
最後のページに「Q&A」があった。
「最近、気になる配信者はいますか?」という質問。
黒葉レンの答えが三行、あった。
* * *
「最浅層ごはん。B4でコンロ使って料理してる奴。正直、最初は見下してた。市場価値ゼロだと思ってた」
「でも、あの動画を見て、少し認識が違った。なんか、悔しかった。配信者として、悔しかったという意味で」
* * *
俺はそこをもう一度読んだ。
「悔しかった」。
胸の奥が一拍、止まった。
B4で出会った時の黒葉レンを思い出した。
「最浅層の食材なんて、市場価値ゼロだろ」と言った、あの声。
でも——コメント欄のblack_blade_r。
「少し認識が違った」。
あれは——黒葉レンだったのか。
俺はスマホで、あの時のコメント欄を開いた。
black_blade_r。
「少し認識が違った」。
記事の言葉と、同じだった。
直接会って「見下した」くせに、コメント欄には本音の端を書いた。
その矛盾が今日、「悔しかった」という言葉で解けた気がした。
俺は雑誌を置いた。
なぜか、胸の中が少し静かになった。
見下していた。
それはたぶん、本当だ。
でも、それだけじゃなかった。
同時に、比べてもいた。
比べるには見ていなければいけない。
黒葉レンはちゃんと見ていた。
* * *
カナメにメッセージを送った。
「黒葉レンの雑誌インタビュー、読んだか」
例のコメントの画面も一緒に送った。
「うん。black_blade_r、ほぼ黒葉でしょ」
「そう思う?」
「そういう奴だよ。素直じゃないけど、見てはいる」
「……俺のこと嫌いじゃないのかな」
「嫌いだけなら、わざわざ見てコメントまではしないと思うよ」
俺はスマホを置いた。
ピコが膝の上で静かだった。
「ピコ。黒葉レンって、どんな人だと思う」
ピコはしばらく黙っていた。
それから——首を一度傾げた。
『ぴ……ぴこ』
わからない、というふうに首を傾げた。
「俺もよくわからんな」
正直なところ、B4で会った時の黒葉レンは俺には理解できなかった。
こっちに対して「市場価値ゼロ」と言いながら、なぜコメント欄に書き込むのか。
なぜ「少し認識が違った」などとわざわざ残すのか。
素直に「うまかった」と言えばいいと思っていた。
でも——そういう人間じゃないということが今日の記事で少しだけ見えた。
* * *
インタビューの質問をもう一度開いた。
「今後、最浅層食材をどう広げていきたいか」。
黒葉レンの「悔しかった」という言葉が頭の中に残っていた。
黒葉レンは登録者五十万人。
俺は二万人。
数字では比べものにならない。
それでも「悔しい」と言ったなら、あの人は数字ではないものを見ていたのだと思う。
素材を前にどうするか。
映像の中で何を残すか。
その二つだけは、俺にも答えられる。
* * *
「今後」については——インタビューで言えることが少し固まってきた。
「最浅層なんで急がずに」。
それだけが俺の答えだ。
広げるために急ぐのではなく、見落とさないために続ける。
来週のインタビューでは、それを自分の言葉で話せばいい。
* * *
夜。
黒葉レンの一番古い動画を見た。
B6の洞窟の中で魔物を倒しながら、旗を立てる動画。
コメント欄に自分のファンたちが「かっこいい!」と書いている。
黒葉レンはカメラに向かって、笑った。
その笑顔は——「勝者しか見られない景色がある」と言った時の顔とは少し違った。
もっと素直な、笑顔だった。
画質は今より粗い。
音も少し割れている。
それでも、倒した魔物より、初めてコメントが増えたことの方を喜んでいるように見えた。
その顔はほんの少しだけ、今の自分にも近かった。
この頃の黒葉レンはまだ何かを「勝ち取ろう」とする前の人間だったのかもしれない。
「……意外と普通の顔もするんだな」
俺は呟いた。
ピコが鳴いた。
『ぴこ』
短く、軽い声だった。
だからこそ、今の黒葉レンの顔が作られたものにも見えた。
来週、月刊ダンジョングルメのインタビューがある。
「今後」について、どう答えるか。
少しだけ輪郭が出た。
* * *
動画を閉じて、スマホをテーブルに置いた。
ピコが俺の手の甲にちょこんと乗った。
『ぴこ』
軽い、一声。
B1のゼリーを少し残してあった。
冷蔵庫から出して、小皿に盛る。
青白い透明が、皿の底で小さく揺れた。
冷蔵庫の冷気をまとって、表面に薄い水滴がついていた。
フォークの先でつついてみるとプルリとした弾力が返ってくる。
ひとすくい、口に入れる。
舌の上でひんやり崩れて、淡い甘みが広がった。
派手さはない。
いつもの味。
黒葉レンの動画を見た後でも、ゼリーの味は変わらなかった。
俺のチャンネルは戦闘の動画じゃない。
ダンジョンの素材を台所で料理する動画だ。
勝つために潜っているわけではない。
けれど、見つけたものを雑にしないために潜っている。
その違いは、思っていたより小さくなかった。
黒葉レンが「悔しかった」と言った、その「配信者として」という言葉の意味が少しわかった気がした。
配信者として。
つまり——俺も配信者として、ちゃんと届いている。
「戦闘F」という判定は関係なかった。
どんな素材でどんな料理をするか、それだけが俺の配信だった。
ピコが小皿のゼリーを興味深そうに覗き込んだ。
『ぴ……ぴこ』
ピコは小皿の縁に両手をかけた。
「食べていいぞ」
ピコが一口食べた。
それから高い声で鳴いた。
『ぴーこ』
高く、明るい音だった。
俺ももう一口食べた。
うまかった。
* * *
スマホを取り出して、DungeonTubeのコメント欄を確認した。
今日も新しいコメントが来ていた。
「黒葉レン先生が月刊ダンジョングルメで最浅層ごはん言及してた! それで来ました」
「黒葉レンと最浅層ごはんって、見てる層が全然違うのに、なんでこんなに相互に認識してるんだろう」
「配信者として悔しい、って言えるのはちゃんと見てる人間だけだと思う」
最後のコメントを二度読んだ。
そうかもしれないと思った。
見下しだけではなかった。
たぶん、それが今日わかったことだった。
ピコが膝の上で丸くなった。
『ぴこ』
羽の光がゆっくり弱くなった。
「わかったわかった」
スマホを置いて、電気を消した。
寝る前に、宮下さんから短い追伸が届いた。
「黒葉レンさんの発言についても、差し支えなければ少し伺うかもしれません」
俺は画面を見て、少しだけ息を吐いた。
来週のインタビュー。
「今後、最浅層食材をどう広げていきたいか」。
黒葉レンの名前が、取材の中にも入ってくる。
俺は「急がない」を、ただの逃げにしないで話さなければいけない。
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