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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第3章 深化編

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第43話 未知の化合物

 月曜日。B1でゼリーを採取しているとスマホが鳴った。


 北条さんだった。


* * *


「佐々木さん。今、話せますか」


 俺は岩の上に座って、電話に出た。


「はい、聞こえます」


「先週の濃縮核の分析結果が出ました」


 北条さんの声がいつもより少し緊張していた。


「予備分析の段階ですがご報告したい内容があります」


「どうでしたか」


「……一言で言うと我々が知っている、どの生物由来成分とも一致しないものが検出されました」


 俺は岩から立ち上がった。


 手が一度止まった。


 胸の奥が一拍、細くなった。


「一致しないというのは」


「データベースを全件検索しました。既知の食用成分、薬用成分、工業用成分——すべてを対象にしました。それでも、一致するものが出てきません」


 北条さんが息を一つ置いた。


「再測定もしました。同じピークが出ています。混入ではないと見ています」


「……それ、どういう意味ですか」


「科学的には『未知の化合物』ということになります。B1のブルースライムの中に今まで人類が記録したことがない成分が含まれていた」


 俺は黙った。


 喉の奥が細くなった。


 B1は一番浅い、一番「ありふれた」階層だ。


 最浅層ごはんを始めた理由も「誰も見向きしない場所に面白いものがあるかもしれない」という、根拠のない直感だった。


「……俺、何かおかしいことしてたんですか」


「いいえ。少なくとも短期的な毒性や刺激性は確認されていません。現時点では、栄養や代謝に関わる可能性がある成分として見ています。ただ——」


 北条さんが少し間を置いた。


「人体への作用がまだ不明です。長期摂取した場合の影響もこれから調べなければなりません」


 俺は手の中の採取容器を見た。


 中に入っている、透明なゼリー。


 プルリとした弾力が容器越しに伝わってくる。


 指先に採取Sの静かな通電があった。


 状態のいいゼリーに触れた時の、いつもの感覚。


 味や鮮度の輪郭はわかる。


 でも、長期的なことまではわからない。


 昨日も一昨日も食べていた。


「続けていいですか、食べるの」


「現時点では短期的な危険性はないと思います。ただ、一度念のため、今週中に初回の血液検査を受けていただけますか」


「摂取量も記録してください。体調に異常があれば、すぐに中止で」


「……わかりました」


* * *


 電話を切った。


 B1の「浅瀬の間」。


 いつもと同じ、空気の甘み。


 指先には、いつもの採取の感覚が残っている。


 未知の化合物。


 最浅層の食材に誰も知らない成分が入っていた。


 それが——何を意味するのか、まだわからない。


* * *


 周りを少し見回した。


 B1の「浅瀬の間」。


 水たまりが二つ。苔が天井を覆う。ブルースライムが三匹、壁沿いに動いている。


 冒険者は俺以外に今は誰もいない。


 誰もここの食材を食べようとしない。


 ゼリーは市場でほぼゼロ円。


 グリーンモスも食材として認識されていない。


 ホタルトンボの発光器官も誰も気にしない。


 でも——俺が採って、食べて、動画にして、北条さんが分析したら、「未知の化合物」が出てきた。


 誰も見向きしなかった素材に誰も知らなかった成分がある。


 それは——どういうことなのか。


 俺にはまだわからない。


 でも——「B1の一番ありふれた素材がまだ知らない顔をしていた」。


 あの時感じたことは正しかった。


* * *


 ピコが肩から顔を出した。


『ぴ……』


 俺をじっと見ている。


「お前、知ってたか?」


 ピコは何も言わなかった。


 ただ——その目がいつもより少し深かった気がした。


 ピコはいつもゼリーの前で鳴く。


 濃縮核の前であの長い奇妙な声を上げた。


 北条さんが「未知の化合物」と言った今、あの声が何を意味していたのか、少し気になった。


 ピコは何かを知っていたのかもしれない。


 でも——それを確かめる方法が俺にはない。


 採取Sもこの問いには何も答えなかった。


* * *


 帰り道、有希さんにメッセージを送った。


 契約上の連絡窓口として、共有していい相手か確認する意味もあった。


「北条さんから濃縮核に未知の成分が出たと連絡がありました」


 すぐに返信が来た。


「北条さんから、ユウトさんへ今日ご報告すると聞いていました。共有範囲内で概要だけですが」


「正直に言うと、私もこれに近いものが出る可能性は以前から考えていて……」


「以前からというのは?」


「……少し話が長くなります。いつか、会って、話せますか」


 俺は返信した。


「はい、いつでも」


* * *


「以前から思っていた」という言葉が引っかかった。


 有希さんはy_yamadaとして、俺の動画を最初の頃から見ていた。


 その頃からこの成分が出ることを「予想していた」というのは——どういうことだろう。


 喉の奥が少し細くなった。


 聞き流していい話ではない気がした。


 でも、内容はわからない。


 急がない。


 有希さんが「話せますか」と言ったなら、会えばわかる。


 俺はB1の入口を出て、地上の光の中に戻った。


 空気がダンジョンと違う。


 乾いた、現代の街の匂い。


 二つの世界を毎日、行き来している。


 その境目が少しだけ変わった気がした。


 登録者:一万七千三百九十一人。


* * *


 夜、アパートの台所でゼリーを温めた。


 鍋に少量入れて、弱火にかける。


 ゆっくりと溶ける。


 甘い蒸気が鍋から静かに立ち上がった。


 B1の地下の空気に似た、ほのかな湿りと甘み。


 透明だったゼリーが熱で白みがかった半透明になっていく。


 スプーンで軽く混ぜるととろりと糸を引いた。


 今日は「未知の化合物」の話を聞いた後だ。


 でも——食べようとしている手が迷っていない。


 北条さんは、短期的な毒性や刺激性は確認されていないと言った。


 ただ、長期的な影響はまだ調べる必要がある。


 だから今日は、濃縮核ではなく、いつもの通常ゼリーを小さじ一杯だけにする。


 検査が済むまでは、毎日食べない。


 動画にもまだ出さない。


 小さじで一口。


 甘みがやわらかく来る。


 舌の上に残る。


「……やっぱり、美味い」


 ピコが鍋のそばに近づいてきた。


『ぴこ』


 ピコ用の小皿には、いつもの分をほんの少しだけ置いた。


 ピコは匂いを嗅いで、俺を見た。


『ぴこ』


 一声。


 それを根拠にしていいわけじゃない。


 ピコの分も今日は半分にして、時刻と量を同じノートに残した。


 だから、食べた量も時間もメモに残す。


 有希さんとの話がどんな話になるのか、まだわからない。


 でも——最浅層の食材にはまだ知らない何かがある。


 それはずっと感じていた。


 未知の化合物はその「何か」の最初の証拠かもしれない。


 指先には、ゼリーの温度だけが残っていた。


 急がない。


 まずは検査を受けて、記録する。


* * *


 食べ終えた後、鍋を洗いながら、「未知の化合物」という言葉をもう一度頭の中で繰り返した。


 俺はずっと感覚で料理をしていた。


 採取Sが素材の状態を教える。


 料理Sが火加減のずれを教える。


 それが全部だった。


 でも今日、それが「未知の化合物」という科学の言葉と初めて重なった。


 俺の感覚に、初めて数字と言葉が近づいた気がした。


 それが——不思議で少し嬉しかった。


 有希さんが「以前から思っていた」と言った理由もきっとこの感覚に関係している。


 彼女は食品研究者として、俺の動画を見ながら、何かを感じ取っていたんだろう。


「いつか会って話せますか」という一言が今夜の台所に浮かんでいた。


 ピコが台所の台に乗って、外の夜空をしばらく眺めていた。


 羽の光が窓ガラスにうっすら映る。


 洗い終えた手に、まだ鍋の温度が残っていた。


 今夜だけで終わる話ではない気がした。


 有希さんが「以前から思っていた」と言った理由。


 それがゼリーの甘みの中にまだ溶けきれていない何かのように残っていた。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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