第39話 初コラボ配信
翌週の土曜日、B2の入口でモリヤさんと待ち合わせた。
三十代前半。
がっしりした体格に焦げ茶色のフィールドジャケット。
カメラが三台ある。
一台は手元用、一台は全景用、もう一台は音だけを拾う小さなマイク付きだった。
機材の置き方だけで、何度も現地撮影をしてきた人だとわかる。
* * *
「最浅層ごはんの佐々木くんだ。本物だ」
モリヤさんは俺の顔を見るなり、目を細めた。
「思ったより若いね」
「十八歳です」
「同い年の時、俺はまだゴブリン肉を焦がしてたな」
肩掛け通気ケースの中から、ピコがモリヤさんをのぞき込んだ。
「これがピコか」
『ぴこ』
「鳴いた!」
「気に入ったんだと思います」
モリヤさんは笑った。
人懐っこい笑い方だった。
動画の中では落ち着いた料理人の顔をしているのに、実物はもう少し砕けている。
緊張した時こそ、仕事モードになるのかもしれない——俺も同じだから、なんとなく分かった。
安心した。
ほどなく、お互いのカメラが回り始めた。
公開する映像では、入口ゲートの番号と細かい岩の位置は映さないことを確認した。
モリヤさんも「そこはぼかそう」とすぐにうなずいた。
相手が慣れていると、準備の会話が短く済む。
* * *
B2、「苔の間」。
モリヤさんは採取用のケースを手際よく開いた。
「B2のグリーンモス、初めて触るな。俺は基本的にB6以深しか行かないから」
「B2の苔は扱いが難しいですけど、美味いです」
「どう違う?」
「……B6以深の素材は旨みがすでに凝縮されてる気がします。B2は引き出す作業が面白い」
モリヤさんは少し黙った。
「うまいこと言うな」
指先が岩の割れ目に向いた。
「ここ、パープルモスがあります。一緒に採りますか」
「パープルモス? 初めて聞いた」
「JAGL資料だと加熱推奨です。甘みが出ます」
モリヤさんの目が鋭くなった。
「採ってみたい」
俺は岩の割れ目を指で示した。
「苔の色が濃くなっている場所」を目で確認しながら、そっと手を入れる。
指先がぴりっと鳴った。
湿った岩肌の奥で、指先がもう一度ぴりっとした。
薄い紫色の苔が岩の奥にひっそりと張り付いている。
モリヤさんが眉を上げた。
「こんなところにあるんだ」
「毎回、指先が先に反応するので」
「感覚で採れるのか。うらやましい」
「どこにあるか、頭ではわかるんですけど、説明はできなくて」
「いや、それで十分だよ。俺みたいな凡人は足で探すしかない」
モリヤさんは笑いながら、パープルモスをケースに取り分けた。
少し丁寧な採り方だった。
力任せに剥がさない。
根元を残して、必要な分だけを取る。
深い階層の料理人でも、素材を雑にしない人だと分かった。
* * *
B2の奥の平らな岩盤。
折り畳みテーブルを二つ、広げた。
モリヤさんはB10から持参した、B10キノコを取り出した。
下処理済みで、可食確認済みの持ち込み素材だと事前に聞いている。
「正直、最浅層の食材を一緒に使うのがどんな料理になるか、わからなかった。でも——見てみたくて」
「俺もB10キノコを使ったことないです」
「今日は佐々木くんの手順を優先しよう。俺はB10キノコを合わせる役に回る」
「いいんですか」
「そのために来た。俺が前に出すぎたら、最浅層ごはんじゃなくなる」
その言い方で、少し肩の力が抜けた。
俺は濃縮核の小瓶をテーブルに置いた。
「これが?」
「B1のブルースライムゼリーの内側の部分です。加熱すると全然違う素材になります」
俺はカメラを一度止めた。
「先に確認します。JAGL未記載部位で、毒性と刺激性の一次確認は済んでます。でも、食用評価はまだです」
「使う量は?」
「小さじの先くらいです。無理なら使いません」
「了解。動画でもそこは言おう」
モリヤさんは瓶を手に取った。
しばらく見ていた。
「……これ、分析したら面白いものが出そうだな」
「葉山食品の北条さんが今、成分確認をしてくれています。動画では会社名を出さずに、成分確認中の素材だとだけ言います」
「ちゃんとした人が絡んでるんだ」
「そうみたいです」
俺は小さく、うなずいた。
ちゃんとしたの意味が自分でも、まだよくわかっていない。
でも、北条さんが「分析させてください」と言った時の声の真剣さが頭に残っている。
動画では、採取位置もロット番号も出さない。
出すのは未記載部位であること、一次確認までであること、少量であること。
そこだけは二人で先に確認した。
お互い、料理を始めた。
俺は濃縮核を小さじの先ほどだけ小鍋に入れ、弱火で溶かしてソースにする。
モリヤさんはB10キノコをバターで炒める。
ぶわっと香りが立った。
キノコの重い、深い香り。
B10の湿った岩場の素材が持つ、濃くて、少し土を含んだ匂い。
最浅層とは全然違う。
B2の清涼な苔の匂いとそれが空気の中で混じっていく。
通気ケースの中で、ピコが鼻先を突き出した。
『ぴ……ぴ、ぴ』
三連の短い声——未知の香りに反応した時の鳴き方だった。
「ピコがB10キノコを気にしてる」
「ピコって、普段から料理の気配を感じ取るの?」
「毎回ですね。なんでかはわからないですけど」
モリヤさんは俺を見た。
「そこが最浅層ごはんの面白いところだよ。説明できない感覚がちゃんとある」
俺はなんと返せばいいか、一瞬わからなかった。
「……そうですね。俺も自分ではよくわかってないんですけど」
「わかってなくてもいいんじゃないか。出てる」
* * *
一皿が仕上がった。
パープルモスは短く火を通し、皿の端に添えた。
濃縮核ソースをB10キノコにかけた。
最浅層とB10の食材が一皿に乗った。
B10キノコの表面に濃縮核のソースがとろりと広がる。
甘みの淡い青みとキノコの焦げ茶が重なる。
湯気の匂いが変わった。
バターの重い香りの奥から、濃縮核の青い甘みが細く立ち上がる。
二人で食べた。
B10キノコは噛むと強い。
水分を抱えた繊維が、歯の奥でゆっくりほどける。
そこへ濃縮核の甘みが入る。
甘いのに、甘いだけじゃない。
キノコの土っぽい旨みの角を丸くして、奥にあった香りを押し上げる。
単独では出せない、この組み合わせだけの味だった。
B10キノコの重さが、舌の上で沈みきる前に少し浮く。
濃縮核の青い甘みが、その重さを持ち上げている。
でも、薄くならない。
むしろ奥の香りが一段、見える場所に出てくる。
手が一度止まった。
「……あ、これ」
俺が言うと、
「これ、キノコの重さが軽くなる。なのに薄くならない」
モリヤさんが続けた。
二人の声が重なった。
カメラがそれを映した。
ピコが通気ケース越しに、鼻先を皿へ近づけた。
『ぴこぴこぴこ』
三声、連続で。
興奮した時の鳴き方だった。
* * *
B2の出口まで歩きながら、モリヤさんが言った。
「佐々木くん、俺、コラボを何回かやってきたけど、今日みたいに料理の話が深くなったのは久しぶりだった」
「そうですか」
「相手の素材を知らないからかな。知らないからちゃんと聞けた」
喉の奥が細くなった。
俺は少し考えた。
「俺もB10の素材なんて、本で読んだことくらいしかなかった。今日、初めて実物の香りをかいだ」
「香り、どうだった?」
「深かったです。最浅層とは全然違う。でも——面白かったです」
モリヤさんはうなずいた。
「また、やろう。次は別の最浅層素材も触ってみたい」
「ぜひ」
* * *
「【コラボ】最浅層×B10食材、全然違う二人が作ったら、どうなった?【最浅層ごはん×洞窟グルメ旅】」。
投稿して、三時間後。
モリヤさんからメッセージが来た。
「再生数、えぐいことになってる。佐々木くん、登録者、確認した?」
俺は管理画面を開こうとして——
眠気に勝てなかった。
明日、見ればいい。
ピコが肩に乗ってきた。
『ぴーこ……ぴこ』
電気を消した。
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