表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第2章 拡張編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/71

第40話 一万人とピコの異変

 日曜日、朝七時。


 目が覚めた瞬間、スマホを開いた。


 登録者:一万四千三百二十二人。


* * *


 数字を何度も見た。


 一万四千三百二十二。


 最後に見た数字は、九千九百九十九だった。


 寝ている間に四千三百二十三人、増えた。


 コラボ動画の再生数:十八万。


 モリヤさんの動画の再生数:二十二万。


 合わせると四十万再生。


 コメントが千件を超えていた。


「……あ」


 声が出た。


「一万人」を超えた。


 静かだった。


 もっと何か感じるかと思っていた。


 でも、台所の光がいつもと同じで。


 ピコが膝の上で丸くなっていて。


 それが——今まで通りでよかった。


 湯沸かし器の小さな音がした。


 母が朝の味噌汁を温め直している音だった。


 登録者一万人を超えた朝に、家の中で一番大きい音が鍋の蓋の震えだったことが、妙におかしかった。


 俺はスマホを伏せた。


 一万人の数字より先に、今日も朝飯を食べる。


 そう思えたことに、少し救われた。


* * *


 コメントをいくつか、読んだ。


「コラボ神」


「モリヤさんのチャンネルから来た。まじで良い動画だった」


「ピコの三声が好きすぎる」


「佐々木さんの採取S感、すごくよくわかった。説明はできないけど伝わる、ってやつ」


「次の動画も絶対見る」


 俺は一つ一つに「ありがとうございます」とは言えなかった。


 読むだけでじゅうぶんだった。


 読んでいるうちにどこかが温かくなった気がした。


 その中に、昨日の動画から来た人の長いコメントがあった。


「モリヤさんの動画で知りました。派手な素材より、止まるところをちゃんと映しているのが良かったです」


 止まるところ。


 七変化の時も、コラボの時も、俺は食べる前に止まっていた。


 そこを見てくれる人がいる。


 一万人という数字の中に、そういう人が混じっている。


 そのことが、数字そのものより少しだけ重かった。


* * *


 カナメからメッセージが来た。


「おめでとう。一万人超えたね」


「ありがとう」


「やっぱり来たか。コラボ見てたよ、モリヤさんとの会話、よかった。ユウの採取の説明、初めてちゃんと聞いた気がした」


「いつも言ってるだろ」


「動画で聞くと違う感じがした」


 それから少し間があって。


「……最浅層で一万人って、ちゃんとすごいことだから。そこだけは言っておく」


 俺はスマホをしばらく見た。胸の奥が一拍、詰まった。


 カナメがこういうことをストレートに言うのは珍しかった。


「……ありがとう」


「うん」


 そこでやり取りは終わった。


 モリヤさんからも来た。


「佐々木くん、おはよう。えらいことになったね。こちらも倍に近い伸びになった。また一緒にやりたい」


「ありがとうございます。またお願いします」


 母に報告した。


「ユウ、すごいじゃない」


「うん」


「……お父さんに見せてあげたかったね」


 俺は何も言えなかった。胸がひゅっと細くなった。


 でも——父の書斎の、まだ整理していないザックの底。


 いつか、開けようと思った。


 今日じゃなくてもいい。


 でも、いつか。


 父のザックは玄関脇の棚の奥にある。


 そこにあると知っているだけで、部屋の空気が少し変わる。


 今日、開けないと決めることも、逃げることとは少し違う気がした。


* * *


 午後、B2に入った。


 いつも通りの採取。


 パープルモスの追加分とゼリー用にB1も寄る予定だ。


「苔の間」を奥まで歩く。


 ピコが肩の上で静かだった。


 いつも俺が足を止めるとすぐに飛んでくるのに。


 今日はついてくるだけで鳴かない。


「ピコ?」と声をかけると短く「ぴ」と返ってくるがそれだけでまた黙る。


 指先がいつもの作業へ静かに戻っていく。


 グリーンモスを三か所から。


 パープルモスを二か所から。


 岩盤の中ほどの一点。


 ピコが羽を開いた。


 俺は足を止めた。


 ピコの体が——光っていた。


 いつもの青緑の光とは違う。


 もっと白い。


 もっと静かな、光。


 俺はすぐにカメラを向けなかった。


 撮れ高にするには、あまりにも静かすぎた。


 まず周囲を見た。


 魔物の気配はない。


 通路の奥から人の足音もない。


 ピコの羽ばたきだけが、小さく空気を震わせている。


 ピコは岩盤の前で宙に浮いたまま、動かなかった。


 俺は指先に何かが来るかと思って、待った。


 何も来なかった。


 でも——ピコが動かない。


* * *


 その場所はB2の「苔の間」の奥から三番目の岩盤の前。


 今まで何十回も通ったことがある、場所。


 何もない、ただの岩。


 この岩の前でピコがこんな風に止まったのは初めてだった。


 一分が過ぎた。


 二分が過ぎた。


 光が少しずつ、強くなっている気がした。


「……ピコ」


 声をかけた。


『ぴ……』


 応えたが動かない。


 俺は岩の表面にそっと手を置いた。


 指先が——微かに反応した。


「ここに何かある」というより、普通の岩に触れた時とは違う静かな重さ。


 素材があるのとは違う。


 もっと静かで深い何かが——この岩の向こうにある。


 俺はスマホで場所を記録した。


 B2・苔の間・奥三番岩盤前。


 三分後、ピコは静かに俺の肩に戻ってきた。


 光は消えていた。


 いつものピコに戻っていた。


 呼吸が乱れている様子はない。


 羽も折れていない。


 ただ、俺の首元に戻ったあと、しばらく体温だけが高かった。


「……今の何だったんだ」


 ピコは何も言わなかった。


 俺はその場所をもう一度見た。


 ただの岩だった。


 でも——指先に、今になって微かな残響があった。


 だから俺は、この場所を記録しておこうと思った。


* * *


 B1でゼリーを追加採取してから地上に戻った。


 光の中で改めて、さっきのメモを確認した。


 何の意味もない、座標。


 でも——ピコがあそこであの光を出したことには、理由がある気がする。


 それだけは確かだった。


* * *


 夜、帰宅。


 スマホを開いた。


 登録者は、朝と同じ数字に見えた。


 再生数とコメントはまだ動いている。


 でも、頭の中にはあの場所があった。


 B2の奥の岩盤。


 ピコが光った、場所。


 理由はまだわからない。


 分からないことを、分かったことにしない。


 今日できるのは、時間、場所、光の色、ピコの様子を残すことだけだ。


 それ以上のことを言えば、たぶん嘘になる。


* * *


 台所でグリーンモスのスープを作った。


 今日の素材はB2の奥で採ったもの。


 あの岩盤のそばで採ったものだとなんとなく、思った。


 鍋に水を入れ、グリーンモスを加えて、弱火にかける。


 ゆっくりと緑が溶け出す。


 香りが立った。


 いつもの清涼な、草と石の匂い。


 でも今日は——その奥にもう一つ何かがある気がした。


 指先がかすかに鳴る。


「……この素材、特別か?」


 ピコが鍋の縁に近づいた。


『ぴ……ぴこ』


 いつもより低い音。


 意味はわからない。


 わからないまま、スープを飲んだ。


 甘くて、温かくて——うまかった。


 食べ終えた後、スマホのメモを開いた。


 昼に残した座標メモ。


 今すぐ、この意味を解明しなくていい。


 でも——記録しておく価値はある。


 指先の違和感を、無視してよかったことは一度もない。


 あの岩盤の前で残った静かな重さは、今夜もまだ指先に残っている。


 ピコがテーブルに降りてきた。


 俺のスマホの画面の光に、鼻先を寄せる。


 文字を読んでいるわけではない。


 でも、その光には反応している。


「……わかるのか」


『ぴこ』


 一声だけ、答えた。


 それがどんな意味なのかはわからない。


 ピコは画面から鼻先を離さなかった。


 電気を消した。


 窓の外の晴海の夜が静かだ。


 昼間ならきっと、一万人の数字だけで胸がいっぱいになっていた。


 でも、今は違う。


 あの岩盤の前で光ったピコの姿が、数字よりも強く残っている。


 一万人が来た日に、次の謎も来た。


 嬉しさだけで終われないのが、少しだけ怖かった。


 それでも、怖いと思えるほど大事なものが増えたのだとも思った。


 今夜は記録だけにする。


 明日届く契約書も、逃げずに読む。


 急がない。


 でも、逃げない。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ