第38話 コラボの準備
水曜日。cave_gourmandの過去動画を六本、見た。
見る前に、DMをもう一度読み返した。
モリヤさんは七変化動画の中で、七番目の濃縮核に手を伸ばす前に止まったところと、概要欄に食用評価前と書いたところを挙げていた。
味だけではなく、止まる手順を見られている。
それが少し意外だった。
B7のケイブクロコダイル肉のステーキ。
B9の光苔ソース。
B10キノコのリゾット。
見終えて、スマホをテーブルに置いた。
しばらく天井を見る。
ピコが画面の縁に止まっていた。
羽を一度広げて、畳む。
* * *
モリヤさんの料理は俺のとは全然違った。
素材が上等だ。
切り方が丁寧だ。
調理器具がプロ仕様。
そして——「美味さ」が見るだけで伝わってくる。
画面からオリーブオイルの香りと肉汁の音が聞こえてくるような気さえした。
一つ、引っかかることがあった。
動画の中でモリヤさんは素材を「計算して」扱っている。
「この素材にはこの調理法が正しい」という、正解に向かっている。
それは上手い。
正確で安定している。
でも——俺の料理は違う。採れたての素材を口に含んで「これ、どうなるんだ」と試しながら、考えている。
正解を知らないまま進んでいる。
その違いがコラボで何かを生むか、それともただの水と油になるか。
六本見た時点ではまだわからなかった。
でも——モリヤさんの深い階層の素材と、俺の最浅層の素材を並べた時に「それぞれが知らない何かがある」という状況が生まれる。
それは料理としてどちらが上とか下とかじゃない。
知らないものを知っている人間と一緒に料理する——それが今回のコラボの核だ。
俺はそこに可能性を感じた。
モリヤさんの六本は、完成形から逆算している。
俺は入口で拾った違和感から組み立てている。
順番が逆だ。
だからこそ、並べる意味がある気がした。
* * *
カナメにメッセージを送った。
「コラボのDMが来た。相手のこと、知ってるか」
三分後。
「誰から?」
「cave_gourmand。B6-B10の食材の人」
「……モリヤ? ちゃんとした人だよ。悪い噂ない」
「そうか」
「ユウ、コラボって、相手のフォロワーも来るからいろんな人が見るようになるよ」
「知ってる」
「……急かすつもりはないけど、準備はしてからね」
「場所と素材の出し方も。集合場所をそのまま出さない。採取位置も細かく言わない。相手が大きいほど、見てる人も増えるから」
「わかった。公開するのは手順と注意だけにする」
「それならいい」
俺はスマホを置いた。
「準備」。
何を準備するべきか。
技術じゃない。
カメラワークでも、台本でもない。
——自分が何を出したいか。
六本のモリヤさんの動画と俺の十本以上の動画の差を頭の中で並べた。
上手さじゃない。
俺が持っているのは「まだ知らない」の感覚だ。
採取Sが動く、その瞬間の指先の「ぴりぴり」。
料理Sが背中を押す、「食材として形にできるかもしれない」という感覚。
それはB6-B10の食材にはたぶんない。
手が一度スマホの上で止まった。
——それが俺の出せるものだった。
俺はDMをもう一度開いた。
* * *
「初めまして、モリヤさん。最浅層ごはんの佐々木です。ご連絡ありがとうございます。コラボ、喜んでお受けしたいと思います。
一つだけ条件があります。配信のスタイルは変えず、最浅層の素材で料理させてください。大がかりな演出はできませんが、それでもよければ。
それと、当日はB1の濃縮核を少量だけ使う案があります。JAGL未記載部位で、毒性と刺激性の一次確認は済んでいますが、食用評価はまだです。
当日説明して、無理なら使いません」
送信した。
十分後、返信が来た。
「もちろんです! むしろ、そのスタイルを見たくて、お声がけしました。こちらこそ、よろしくお願いします」
続いて。
「日程は来週末はいかがですか。現地で合流して、B2を第一候補に採取から始めて、即興料理するスタイルにしたいです」
「はい。B2でお願いします」
「ありがとうございます。濃縮核についても了解しました。当日、安全線を確認してから使う形でお願いします。楽しみにしています」
やりとりが終わった。
胸の奥が一拍、軽くなった。
そのスタイルを見たくて声がけした、という言葉が思ったより深いところに届いていた。
上手いからではなく、俺が迷いながら止まるところまで含めて、画面越しに最後までちゃんと見たいと言われた気がした。
俺はその返信を、少し長く見ていた。
指先がかすかに温かくなった。
ピコが画面をのぞき込んだ。
羽の縁がかすかに青緑に光っている。
『ぴこ……ぴ』
何か、新しいことが始まる気配を感じ取った時の鳴き方だった。
* * *
翌日、B2で採取をしながら、コラボの内容を考えた。
モリヤさんはB6-B10の食材が専門だ。
俺はB1-B5の食材しか、扱わない。
「最浅層素材の可能性」を見せられるとしたら——
そうだ。
濃縮核をメインにしたい。
モリヤさんが知らない素材。
俺だけが見つけたもの。
大型のブルースライムの内部にあの半固体の部分がある。
ただし、食用評価はまだ出ていない。
使うとしてもごく少量で、説明してからだ。
それをモリヤさんのB10キノコとどう組み合わせるか。
B2の苔の匂いの中で頭の中に料理の形がゆっくり浮かんでくる。
指先が採取のたびにかすかに鳴る。
その感覚を材料に、俺は料理の形を考えていた。
足元の苔が一度揺れた。内側から光る感じの揺れ方。
胸の奥が静かに温まった。
これだ。
この形で行こう。
来週末のB2、モリヤさんと最初に潜る階層として、これ以上ない場所に思えた。
* * *
B2からの帰り道、ゲン爺の店に寄った。
容器の予備がまだあることは知っていた。
でも、なんとなく、立ち寄りたかった。
引き戸を開けるとゲン爺は帳簿を見ていた。
「何か大きい話でも来たか」
俺は驚いた。
「……なんでそう思うんですか」
「顔に出てる」
「なんですか、その推理」
「見てればわかる」
俺は苦笑いした。
「コラボの話が来ました」
胸の奥が一拍、温かくなった。
ゲン爺は俺のことをちゃんと見ていた。
「来週末、B2でやります」
「そうか」
ゲン爺は帳簿に目を戻した。
「……ゲン爺は見てますか。動画」
「スマホは使えん」
「テレビも?」
「ラジオがある」
答えにならない答えだった。
でも、ゲン爺は続けた。
「坊主が最浅層に来るたびに採取の仕方が変わっている。それが俺の見てるものだ」
俺は何も言わなかった。
それだけでじゅうぶんだった。
* * *
夜、B2の採取記録をメモしていた。
机の端には、分析協力のついでに前日B1で採っておいたゼリーのジップ袋も置いてある。
ピコがその袋に頭を寄せる。
『ぴこ』
ゼリーを食べる直前の一声。
俺はゼリーを一欠片、袋から出して、ピコの前に置いた。
ピコは羽を広げたまま、食べた。
俺も指先でひとかけ取って、口に含んだ。
ぷるりと崩れる弾力。冷たくて、甘い。
袋を開けた瞬間、かすかな青みのある甘い匂いが部屋に漂った。
保存状態はよく、B1で採った時の弾力がまだ残っている。
舌で押すとゆっくり溶け、後味にいつもの軽い甘みが残る。
澄んだ透明の断面が台所の灯りに青白く光っている。
採れたてに近い色だった。
この感触をコラボで言葉にできるかどうか。
ピコの羽の光が濃縮核のあの光と似ていると俺はいつも思う。
同じ色ではない。でも、同じ種類の内側から来る光。
来週末、コラボが終わったあと俺の動画はまた少し変わる気がした。
登録者:九千九百九十九人。
変わっていない。
でも——来週末、何かが変わるかもしれない。
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