第34話 スライムゼリーの七変化
木曜日の朝、black_blade_rのコメントをもう一度読んだ。
返信はしなかった。
昨日B4で会った銀髪のB級配信者だと決めつけるには、まだ早い。
急いで確かめない。
そのあと、B1でブルースライムゼリーをいつもの三倍、採ってきた。
源田屋の密封容器が六つ、並んでいる。
「七変化に挑む」と動画の企画書に書いた。
* * *
台所のテーブルがせまくなった。
ゼリーの重さは約一キロ。
七種類、全部試すには充分だ。
メモを広げる。
一:冷製ゼリー寄せ(定番路線)
二:温スープ仕立て(加熱実験)
三:揚げゼリーチップス(高温調理)
四:酢漬けゼリー(漬け込み)
五:ゼリーグレーズ(ソース)
六:炭酸水割りゼリードリンク(飲み物)
七:——
七番目はまだ空白だった。
何か、誰も思いつかないものを使いたい。
容器の側面には、採取した順番を書いた紙を貼ってある。
多めに採ってきた時ほど、混ぜる前の違いを消したくなかった。
源田屋の密封容器の底だけ、光り方が少し違う。
今はまだ、そこには触れない。
* * *
一番目:冷製ゼリー寄せ。
ゼリーを小鍋で軽く、溶かす。
とろとろとゆっくり動く、液体。
型に流して、冷やす。
三十分後。
きれいに固まった。
断面を切ると——青みがかった、透明な断面。
口に入れる。
ぷるんと崩れる食感。
甘みが柔らかい。
「……うん、これはもう、定番だな」
ピコが肩掛けの通気ケースの中からのぞき込んでいる。
『ぴこ』
短い、一声。
「知ってる」という、鳴き方だった。
* * *
二番目:温スープ仕立て。
ゼリーを大きめの鍋に入れ、少量の水を加えて、弱火にかけた。
ゆっくり溶けていく。
表面に細かな泡が立ち始めた。
香りが——上がってくる。
甘みの中に少しだけ磯の風に似た何か。
塩をひとつまみ。
一分後、器に移した。
スプーンですくう。
透明な薄い青みの液体。
口に含んだ。
——温かい。
甘みが柔らかく広がって、鼻の奥にスープの温もりだけが残る。
「……体があったまる。これ、冬にいいんじゃないか」
ピコが通気ケースの中で鼻先を上げた。
湯気の匂いがケースの穴から届いたらしい。
『ぴ……ぴこ』
半音上がった鳴き方。
温かいものに反応した時の声。
* * *
三番目:揚げゼリーチップス。
JAGLの食用リストには、ゼリーの高温加熱について記載がある。
成分変性の可能性あり、少量で段階的に確認すること。
鑑定Bで確認する。
変性後も毒性なし。
やってみる。
ゼリーを薄く延ばして、低温乾燥させる。
そのまま、揚げ油に入れた。
ジュ——ッ。
予想より激しく跳ねた。
「わっ」
油が少し飛んだ。
ピコが通気ケースの中で羽を広げて、後ずさった。
『ぴ——!』
驚きの声。
でも、三十秒後。
薄い、透明なチップスが浮いてきた。
取り出す。
サクサクと音がする。
噛んだ。
——ほとんど、空気の食感。
でも、口に溶けた瞬間、ゼリー特有の甘みが来る。
「……あ、これ、意外とアリだ」
* * *
四番目:酢漬けゼリー。
酸性環境下でのゼリーの反応——これも鑑定Bで先に確認する。
浸透圧の変化で成分が溶け出す可能性がある。
舌先で少量を試して、五分置く。
しびれも苦みの増え方もない。
そこから本調理に入る。
小さく切ったゼリーを米酢と砂糖少々を合わせた液に漬け込む。
三十分後に取り出すとゼリーが少し締まっていた。
色がやや濁った青みに変わっている。
一口食べると——
甘みと酸味がせめぎ合う。
最初、「合わないかも」と思った。
でも、三秒後に甘みがゆっくり戻ってくる。
「……面白い組み合わせだ。サラダに乗せたら絵になる」
ピコは通気ケースの中で鼻先を引いた。
『ぴ——』
酸っぱいという声。
* * *
五番目:ゼリーグレーズ(ソース)。
残ったゼリーを弱火で丁寧に溶かしながら、砂糖と少量の塩を足して煮詰める。
とろとろと粘度が上がっていく。
木べらですくうと糸を引いて落ちる。
「……いい粘り方だ」
小皿に盛った苔の葉の上にかけてみる。
半透明の青みが緑の苔の上でしっとりと広がった。
口に含む。
ゼリーが醤油の代わりみたいな役割をしている。
甘みと薄い塩気と素材の重さが苔の清涼感を引き立てた。
「これ——素材に合わせると変わるな」
ピコが通気ケースの中で、ソースの皿の方へ鼻先を向けた。
『ぴ……ぴこ』
半音上がった鳴き方。満足しているという声。
* * *
六番目:炭酸水割りゼリードリンク。
溶かしたゼリーを冷えた炭酸水にそっと加える。
泡立ちが増した。
鑑定Bで見る。
刺激臭なし。
泡の増え方も、炭酸の範囲内。
青みがかった、透明な液体。
グラスで飲む。
シュワと舌の上ではじける。
後味にゼリーの甘みが残る。
「最浅層のゼリーソーダ、か」
ピコが通気ケースの中からグラスをのぞき込んだ。
泡がはじけた。
『ぴ……ぴ!』
驚いている。
炭酸を初めて見たみたいな顔だった。
* * *
七番目。
六つの料理を作り終えた、夕方。
源田屋の密封容器の底に、色の濃い部分が残っていた。
B1の大きめのブルースライムから採ったゼリーだ。
いつもは混ぜて使っていた。
でも今日は、底の部分だけ、指先に返ってくる温度が違った。
採取Sは答えを言わない。
ただ、そこだけ重い。
小さなスプーンでそっと分ける。
半固体の青いかたまり。
ゼリーよりも深い色をしている。
鑑定Bを通す。
毒性反応なし。
刺激性なし。
ただし、JAGL資料に該当名はない。
「……濃縮核」
そう呼ぶしかない形だった。
未記載部位だ。
食用確定ではない。
俺はピコの通気ケースを調理台から少し離した。
『ぴ……』
ピコの羽が低く震えた。
まず、爪楊枝の先ほどの量を下唇に触れさせる。
しびれなし。
五分待つ。
喉の違和感なし。
次に、小さじ四分の一だけを小鍋に入れて、弱火。
三分。
蒸気が少し青みを帯びた。
台所に今まで嗅いだことのない、甘くて重い匂いが漂った。
ゼリーの軽い甘みとは違う。
煮詰めた果実と、海藻の奥にある旨みが、細い糸みたいに絡んでいる。
冷ます。
爪の先ほどを口に入れた。
甘みが、舌の上でほどけるまでに時間がかかった。
最初は水飴みたいに丸い。
そのあとで、青い香りが鼻の奥へ抜ける。
最後に、スライムゼリーの淡い甘みが遅れて戻ってきた。
「……あ、これ」
手が震えた。
胸の奥が一拍、強く詰まった。
いつものゼリーじゃない。
同じB1の素材なのに、まるで底だけ別の時間を持っている。
「……意外と本当に別物だ」
それ以上は食べなかった。
残りは分析用に分ける。
料理用に使うとしても、次からは少量だけだ。
ピコが通気ケースの中で、長く低く鳴いた。
『ぴ——こ……ぴ——こ……』
今まで聞いたことがない、震えるような鳴き声。
料理が完成した時の「ぴこ」とも違う。
俺は少し背中が冷えた。
ただの食材じゃない。
この濃縮核には——何かがある。
* * *
「【七変化】スライムゼリーを全部試したら、最後に未知の素材が出てきた【最浅層ごはん】」を投稿した。
概要欄の最初に、濃縮核はJAGL未記載部位で、少量確認のみ、真似しないこと、分析用に保管中であることを追記した。
翌朝、通知を開く。
登録者:九千八百。
コメントが溢れていた。
「七番目で手が震えるの見てるこっちも震えた」
「濃縮核、初めて聞いた」
「ピコのあの鳴き声が忘れられない」
「B1の食材でここまでやるのやばすぎる」
「次の動画、絶対見る」
北条さんからメッセージが来た。
「濃縮核のサンプルを優先的に分析させてください。食用評価ではなく、まず成分確認として扱います」
俺は返信した。
「分析用は分けてあります。明日、JAGL窓口に預けます。料理用とは別にします」
俺はスマホを置いた。
B1の一番ありふれた素材が——まだ知らない顔をしていた。
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