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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第2章 拡張編

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第22話 有希の正体

 火曜日、朝七時。


 昨夜、二十二時四十七分の知らない番号。——スクショをもう一度見た。


 画面のメールアプリに新着。件名、『昨夜は失礼いたしました』。差出人、『葉山食品/山田』。


 ——山田。


 メール本文は短かった。


『佐々木ユウトさん 広報課の高田を通じて、お話をいただいた山田と申します。昨夜二十二時四十七分、個人の携帯からご連絡を差し上げようとしましたが、発信直後に失礼と気づき通話を切りました。


 留守電も残しておりません。非礼をお詫び申し上げます。本来はご挨拶の日程確定後にご連絡する予定でおりました』


 俺はメールを三回、読んだ。


 ——昨夜、個人の携帯から発信して、自分で切った。


 発信した、指の動きと切った、指の動きと両方が一人の人間の中で一分以内に起きていた。たぶん押した瞬間に『これは急ぎすぎた』と気づいた。——急がないルールを相手も持っていた。俺のルールの鏡像がコメント欄の向こうから昨夜、一度触れかけて、引いた。


 返信を打った。


『メール、拝受しました。昨夜のお電話、気になさらず。——ご挨拶できるのを楽しみにしています』


 送信。


 十分ほどして、返信が来た。


『明日、十五時、葉山食品本社近くのカフェ『青の葉』にて。コメント欄での名前も、その場で先に名乗らせていただきます』


 コメント欄での名前。


 メールの署名に初めて、並んだ文字。


 俺はスマホを机の上に置いた。——『最浅層ごはん』のコメント欄で、何度も専門的な言葉を置いてくれた人。名前は明日、カフェで初めて、声で聞くことになる。


* * *


 火曜日の昼と夕方、俺は十四本目の撮影をした。


 スライムゼリーの寒天仕立て。ブルースライムゼリー、三百グラム。寒天、五グラム。水、二百ミリリットル。——ゼリーを一度弱火で溶かして、寒天と混ぜて、型に流す。冷蔵庫で四時間、冷やす。


 弱火にかけると、青い透明感が鍋の底でゆっくりほどけた。


 寒天を入れると、甘い湯気の輪郭が少しだけ硬くなる。


 型に流した表面は、ガラスみたいに静かだった。


 カナメが駅前で言った、『通販できるんじゃない』。——日持ちの実験。冷蔵庫でどのくらい、形と味を保つか。撮影は今日。検証は明日以降、七日間かけて、続ける。


 編集は夜、二十三時までかかった。アップロードは明日の夜七時にスケジュール投稿。


 明日、カフェでコメント欄のあの人に会って、帰ってきてから動画が公開される、順序になった。——偶然の順序ではない気がした。その人は俺の十四本目を『青の葉』のカフェで会った直後に観ることになる。


* * *


 水曜日、十五時、カフェ『青の葉』。


 葉山食品本社から歩いて、三分の角地の小さなカフェ。ドアを押して、入った。店内は静かだった。四つのテーブルの一番奥に一人、座っていた女性が立ち上がった。


「佐々木ユウト、さんですよね」


 落ち着いた、声。——留守電の高田さんとは違う声。もう少し低く、静か。


「……山田、さん?」


「はい。山田有希です。y_yamadaは私です」


 山田有希。


 二十代後半の女性。黒い、シンプルなジャケットに白いインナー。髪は首の下でゆるく、まとめてある。眼鏡。——コメント欄のy_yamadaの短い、正確な文章の書き手の顔だった。姿と文章がきちんと重なった。


 俺たちは向かい合って、座った。コーヒーを二つ、頼んだ。


「昨夜のお電話、申し訳、ありませんでした」


 山田さんは先にそれを言った。


「……いえ。俺も同じことを何度か、しかけました。——返信を書きかけて、消す、って」


「同じですね」


 山田さんは少し笑った。——眼鏡のレンズの奥の目が少し細くなった。


* * *


「今日は仕事の話はしません」


 山田さんはそう、切り出した。


「はい」


「私がユウトさんの最浅層の動画で最初に手を止めたのは、九本目のスライムゼリーパフェでした。——業界の小さな共有で」


「九本目」


「再生がまだ数百の時期です」


 ——九本目のスライムゼリーパフェ。半角の短いアカウントが、初めて父の図に触れた頃。


「そこから、最初のB1動画まで遡りました。——B1の手元カメラの淡い手ブレを見て、私は一度画面の前で立ち上がりました」


「……なぜですか」


「手ブレの理由が、戦闘に慣れていない人の緊張に見えたからです」


 山田さんはコーヒーを一口、飲んだ。——カップを置く、音がテーブルに静かに落ちた。


「私の祖父は元、B級冒険者でした。三十年前、大発現の数年後から最浅層を専門に探索していた人です。祖父も戦闘系ではなく、採取と鑑定の人でした」


 俺は息を止めた。


「——戦闘系じゃない、冒険者の手ブレを私は子供の頃、家のビデオで何度も見ていました。祖父のカメラの手ブレとユウトさんの初期動画の手ブレが同じ種類の震えに見えたんです」


 ——同じ種類の震え。


 胸の奥が静かに詰まった。喉が一度細くなった。


 俺はコーヒーを飲むのを忘れた。


* * *


「それから私は毎晩、一本ずつ、B1の最初の動画まで遡って、十三本目まで順番に見ています。——再生がほとんど動かなかった一週間の動画群が一番、応援したかった、時期です」


 八本目の頃。——再生数が一週間、一本も動かなかった、あの頃。


「y_yamadaの名前で最初にコメントを書いたのは十本目でした。——それより前に、一度だけ、名前を出さない短いアカウントで反応しています」


「覚えてます。半角の、あのアカウント」


「あれが、勇気を出した最初の書き込みです」


 俺はしばらく言葉を探した。——y_yamada は、バズる前から俺の動画の手順を見ていた人だった。


「おじい様は、今も」


「もう亡くなっています。けれど、記録と古い映像が残っています。引退してから二十年分、祖父は細かく整理していました」


「……俺の父と会ったことは」


 聞いていいか、迷った、問いだった。でも、言葉が先に出た。


 山田さんはしばらく考えた。——コーヒーカップの縁を指で一度触れた。


「祖父が若い頃、最浅層のB4で一度だけ、別の探索者と並んで調査をしたという話を聞いたことがあります。相手の名前は——祖父は『佐々木さん』とだけ、呼んでいました」


 佐々木さん。


 ——父の苗字。


 俺はしばらく父と言うか、父さんと言うか、迷った。——迷った末、下の名前を出した。山田さんの祖父の記憶の「佐々木さん」に、もう一つだけ輪郭を足したかった。


「父の下の名前、健次郎です」


 山田さんは頷いた。


「……祖父の記録を確認してみます。ただ、今日の話は確定ではなく、一度だけ並んだ、可能性の話までです」


 山田さんはそこで一度語りを止めた。——急がないルールが彼女の中にもあった。


* * *


 俺たちはしばらく黙って、コーヒーを飲んだ。


 山田さんはやがて、一つのキーワードを口にした。


「ユウトさん、お父様のレシピ帳の話、配信で何度か、されていましたよね」


「……はい」


「祖父が一度古い話をしていました。——最浅層の昔の探索者の間で食べ継がれていた、シンプルな料理があったと」


「どんな」


「塩と苔のスープ」


 塩と苔のスープ。


 ——俺はカップを持ったまま、指先が一度止まった。胸の奥が一拍、きつく詰まった。父のレシピ帳の文字と山田さんの声がテーブルの上で重なった。


 父のレシピ帳の革表紙の日本語で読める、数少ないページ。『塩と苔のスープ。B2グリーンモス、岩塩、水。シンプルが一番、長く、残る』。——父の書き込み。


 山田さんはその行を読んだことはない。祖父から聞いた、キーワードを口にしただけ。でも、それがテーブルの真ん中で重なった。


「……父のレシピ帳にほぼ同じ、名前の料理があります。ただ、父の手で書かれているのは材料だけです。作り方はありません」


 山田さんは頷いた。驚かなかった。


「やっぱり」


「おじい様の記録にも作り方はありますか」


「ないと言っていました。——『食べたと思う。でも、自分で作った覚えはない』とだけ」


 ——ないと言っていた。父のレシピ帳にも作り方はない。山田さんの祖父の記録にも作った形跡はない。食べた記憶だけが二人の間に残っている。料理はたぶんもう一人、別の作り手がいたはずだった。


「仕事の話ではなく、今日お伝えしたかったのはそこまでです。ユウトさんのチャンネルが祖父の世代の記憶の一部と触れているかもしれないという、ご報告だけ」


* * *


 カフェを出たのは十六時半。


 山田さんは葉山食品の本社に戻って、いった。小さく、会釈して、別れた。——仕事の話は次回。それは二人の共通のルールに既になっていた。


 駅のホームで電車を待ちながら、俺はスマホのメモを開いた。


『塩と苔のスープ。父のレシピ帳、日本語で読める数少ないページ。シンプルが一番、長く、残る』


『山田さんの祖父、元B級、採取と鑑定、三十年前から最浅層。「佐々木さん」と一度並んで調査』


『可能性、確定ではない』


 書きながら、俺は父のレシピ帳の中盤にある、日本語ではない図と記号のページを思い出した。


 あそこにもしかすると、山田さんの祖父の記号と同じ何かが書かれているかもしれない。


 でも、それは今調べない。急がない。父のレシピ帳は今日、急ぎたい人間に読み取らせない種類の深さに置かれている。


* * *


 家に帰ってから父の書斎に上がった。


 レシピ帳を開いた。最後のページの俺の書き込みの下に新しい一行を足した。


『水曜日、y_yamada と対面。山田有希。祖父、元B級、採取と鑑定。——「塩と苔のスープ」、食べた人、二人。作り方、どちらにも無い』


 鉛筆を置いた。冷蔵庫の白い筋のゼリーは今夜、二十八本。——昨日と同じ数。


 スケジュール投稿で十四本目が十九時ちょうどに公開されていた。再生数:一。——でも、そこから一時間で千二百まで上がっていた。


 いつもの新着、初日の伸び方ではない。十三本目のバズの余波がまだ動いていた。登録者はもう、六千を超えている。


 コメント欄に一件。


 mi_kana —— 『寒天、賢いね。日持ち、想定でしょ』


 ——カナメ。駅前での会話の一部を彼女が公開コメントの形で安全な言葉に変え、先に俺の答えを半分、書いた。「想定」に俺は苦笑した。——バレている。


 そして、メールアプリに着信が一通。差出人、『葉山食品/山田』。


『今夜、祖父の記録を確認しました。少しだけ話をします。——「佐々木さん」と読める箇所がありました。ただ、確定には祖父の古いノートを直接お見せして話す必要があります。私が橋渡しできるか、相談させてください』


 俺はメールを二回、読んだ。


 ——続きは祖父の古いノートを直接見せて、話したい。


 俺のチャンネルは今日、一つ、古い時代の誰かの記録に触れた。それが確かだった。


 祖父のノートを見る順番は、カナメと母に話してからでいい。


 ——急がないルールは今日もう一人、共有する相手を持った。そして、その先にもう一人、会う予定のない人の名前が並び始めた。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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