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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
起動編

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第19話 深夜投稿の実験

 土曜日、午後三時。


 ホタルトンボの発光器官を冷蔵庫から取り出した。冷えても弱く、光っていた。——十五時間、生きた光のまま。


 午前中にJAGL資料を確認した。


 発光器官は装飾素材として流通例あり。


 毒性報告なし。


 ただし食用欄は空白に近い。


 鑑定Bで匂いと光の濁りを見る。


 重い金属臭はない。


 光も濁っていない。


 試食は一粒の半分からにする。


 天ぷら粉を水で薄く溶いた。


 胡麻油を鍋に半分ほど。


 温度計が百八十度を示したところで、手元を一秒だけ撮った。


 動画には「B4素材・JAGL資料確認・毒性報告なし・鑑定B確認・油温百八十度・少量試験」とテロップを入れる。


 ——発光器官を光ったまま、揚げる。


 資料の食用欄にも父のノートにも書かれていない領域。


 発光器官は親指の爪くらい、三粒。


 まず一粒を半分に切った。


 衣を軽く、絡める。


 油に落とす。


 じゅわっと音が上がった。衣が一瞬で狐色になる。


 そして——衣の下で光が続いていた。


 揚げ終わって、引き上げた瞬間、光は一度消えた。


 けれど、皿に並べて、三秒、待ったあと——もう一度薄く光った。


 一瞬だけ。


 蛍の最後の点滅のように。


 俺は息を止めた。


 手が一度止まった。


 指先に光の残りがかすかにあった。


* * *


 カメラは固定で三十秒、回し続けていた。


 揚げる前。


 揚げている最中。


 揚げた後。


 皿の上での再発光。


 ——すべて撮れた。


 試食は半粒だけ。


 塩だけ。


 発光器官の食感は海老の頭に少し似ていた。


 サクッとした衣の下でふわっと崩れる、薄い旨味。


 塩で輪郭がつく。


 変な癖はない。


 五分、待った。


 舌の痺れも、喉の熱もない。


 鑑定Bの違和感も動かない。


 ……美味い。


 残りの二粒半も同じ温度で揚げた。


 ただ、これは味で勝負する動画じゃない。


 映像で勝負する動画だ。


 皿の上での三秒後の再発光——これを見せる。


 この一瞬を見逃さずに撮った。


 それが今日の仕事だった。


* * *


 編集は十六時から二十時半まで。


 四時間半。


 ——過去最長。


 映像のカットを秒単位で詰めた。


 発光器官が光ったまま衣に包まれる瞬間。


 油に落ちた瞬間の衣の透過光。


 皿の上、三秒の静寂のあとの再発光。


 温度計の百八十度表示。


 安全確認と少量試験のテロップ。


 音はほぼ無音。


 唯一、油の音だけ、低く、残した。


 BGMは入れない。


 ——入れたら、発光の緊張が崩れる。


 ナレーションは一行だけ。


「ホタルトンボの天ぷら。——揚げても光ります」


 それだけ、入れた。映像の前に一度。映像の後ろには何も足さない。


 概要欄の先頭には、B4は同行許可が必要、未確認素材の採取や調理は真似しないで、と入れた。


 タイトル:『B4、蛍火の天ぷら。揚げても光る』。


 サムネは皿の上の再発光の瞬間。黒い背景に淡い青の粒。


* * *


 二十一時、母が帰宅した。


「ユウ、光ってる、匂いするね」


「……光ってる匂い、って、何」


「ホタルトンボ、昨日、カナメちゃんから聞いた。揚げたんでしょ」


 母に一切れ、皿に分けた。


 一口、食べて、母は少しだけ目を閉じた。


「海老の頭に似てる」


「……俺もそう、思った」


 母と俺は同じ語彙で同じ皿を表現した。


 ——十二年、食卓を共にした親子の語彙の共有。


 父はこのやり取りのどこに立っていただろうか。


 立ったまま、笑っていたか。


 台所の入口から覗き込んでいたか。


 母はそれ以上、何も言わなかった。


 ただもう一切れ、食べて、皿を空にした。


* * *


 二十二時。


 机の前で動画のアップロード画面を開いた。公開ボタンを押す前にスケジュール投稿を選んだ。


 時刻:午前一時ちょうど。


 ——カナメの時差の話。


 日本の深夜一時はニューヨークの正午。


 ロサンゼルスの午前九時。


 ロンドンの午後五時。


 ベルリンの午後六時。


 パリも同じく。


 海外の午前から午後の視聴時間帯に俺の動画が日本からの新着として、届く。


 それがカナメの仮説。


 深夜一時投稿——俺が過去十二本、一度もやったことのない時間帯。


 いつもの金日火のリズムは夜七時。


 次の通常枠は、明日の日曜夜七時。


 視聴者も明日の夜を待っていたかもしれない。


 でも、今夜はそれを前倒しする。


 ただの前倒しではなく、実験。


 カナメと共同の。


 スケジュール投稿のボタンを押した。


 画面が『午前一時投稿で設定しました』に変わった。


 ——ここから三時間、俺は寝ない。実験の結果を見る。


* * *


 二十三時。


 書斎に上がった。


 父の革表紙のノートを開いた。


 ——図と記号の中盤のページ。


 三角と点。


 そこにあるのは『沈黙。記録。』。


 そして、昨日俺が書き足した『書ける日も記録』。


 今夜、俺はもう一行、書き足した。


『実験の日も記録。深夜一時投稿。海外時差の実験。——結果は明日の朝、ここに書く』


 鉛筆を置いた。


 父の書斎の椅子はもう、俺の椅子にもなっていた。


 木の座面が俺の体重に慣れている音を立てた。


 ——父の書斎が今、生きている。


* * *


 午前零時五十分。


 冷蔵庫の前で麦茶を一口、飲んだ。


 白い筋のゼリーは今夜、二十八本。


 数えた。


 今夜は数えても痛くない。


 画面の前に戻った。


 午前一時、ちょうど。アップロード完了。十三本目、『B4、蛍火の天ぷら。揚げても光る』、公開。


 視聴者:ゼロ。


 でも、数秒後、再生が一、動いた。


 俺の自動カウントかもしれない。


* * *


 午前一時十分。再生:三。


 午前一時二十五分。再生:九。


 ——昼間の伸び方と違う。


 十本目(ゴブリン肉)の公開直後、二時間で二十八、四時間で百四十八まで跳ねた階段とは違う。


 ゆっくりだが、止まらない上り方。


 一分に一人、二人が押している。


 ちょうど、カナメの言っていた、『炎と焚き火』の焚き火の側の燃え方。


 午前一時四十分。再生:二十二。コメント、一件。


 moss_tokyo —— 「深夜アップ、ありがとうございます。時差でやっと追いつけた」


 時差で追いつけた——海外からの視聴者の一件目。


 moss_tokyo のプロフィールは空。


 どこにいるかは分からない。


 でも、日本時間の深夜が誰かの昼に届いた。


 カナメの仮説が当たり始めた。


* * *


 午前二時。再生:四十五。コメント、四件。


 コメント —— 「This glow after frying is insane」


 コメント —— 「English subtitles please — I want to share this」


 コメント —— 「こんな映像、見たことない。共有します」


 y_yamada —— 「深夜一時投稿、戦略ですね。温度テロップの百八十度は正解。変な癖が出ないぎりぎりの温度です」


 ——英語のコメント、二件。


 y_yamada は深夜一時に通知を開いてくれた。


 ここまで深く、俺の配信を見ている人がいる。


 カナメにLINEを打ちかけた。


 ありがとう。当たり始めた、と打つ。


 ——打って、消した。


 明日の朝、改めて、数字で報告する。


 ありがとうだけの一言は今夜の実験の重さに見合わない。


* * *


 午前二時半。再生:八十。コメント、九件。


 画面の上で数字が動き続けていた。


 俺は椅子に深くもたれた。


 ——眠らないで何を見ているんだろう。


 再生数の増え方を見ている。


 でも、たぶん数字じゃない。


 俺の動画を世界のどこかで誰かが今、観ている、その時間を見ている。


 窓の外、新緑の街路樹の向こうに月が薄く、光っていた。


 ——月も発光器官と同じくらい、淡く光る、種類の光だった。


 気のせいではもうない。


 世界の別の時間帯で俺の動画が昼になりかけている。


* * *


 午前三時。再生:百二十六。登録者:六十四(夜中で十二人、増えた)。


 コメント十三件のうち、英語のが五件。


 俺は画面を保存して、机の上にスマホを伏せた。


 今夜もう、寝る。


 ——明日の朝、数字がどこまで動いているか。


 それは明日の俺が最初に見る光景だ。


 実験は続いている。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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