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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
起動編

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第20話 バズ

 日曜日、朝七時。


 昨夜、午前三時に画面を伏せて、四時間、眠った。


 目覚ましはセットしていなかった。自然に目が覚めた。——四時間前、机の上に伏せたまま置いた、スマホ。


 身体はまだ布団の中で半分、動かない。でも、指だけが先に動いた。スマホを取って、指紋認証。


 DungeonTubeのアイコンを押した。


 画面が一瞬白く読み込みに入った。


 そして、十三本目の再生数が出た。


 ——十二万八千四百。


 胸の奥がひゅっと細くなった。それから何かがじわっと熱く、広がった。


 俺はスマホを一度布団に落とした。


* * *


 寝起きのぼんやりした頭でもう一度数字を拾い上げた。


 見間違え、じゃなかった。十二万八千四百。六時間で十二万以上。


 ——バズ。


 配信の世界でバズという単語はたぶんこういう夜明けに使われる単語なのだと俺ははじめて、身体で分かった。


 隣に登録者の数字が並んでいた。


 登録者:二千三百六十。——午前三時、六十四人だった。四時間で三十六倍強。


* * *


 布団から起き上がる前にカナメにLINEを打った。


『十二万』


 三文字。それ以上、打てなかった。


 既読が三秒で付いた。返信は二分後。


『見てた』


『見てた?』


『朝、五時半から起きて、数字、一緒に見てた。——あんたが寝てる間に起きた』


 ——カナメが朝早くから俺の画面の向こう側で一緒に数字の増え方を見ていた。起こさないで待っていた。A級ルートの実戦練習明けの日曜の朝五時半に。


『ありがとう』


『うん』


『……十二万って、どういう状態?』


『世界が変わった、っていう状態』


 カナメはそう、打ち足した。一分、置いてもう一通、続いた。


『私ね、朝、六時頃、一回、怖くなった』


『怖くなった?』


『あんたの数字が増えすぎて。——でも、起こさなかった。寝てる間に世界が変わる経験、あんたは一度体験した方がいい気がして』


 俺は画面をしばらく見ていた。


 ——カナメはA級の実戦練習明けの朝五時半から数字を見て、六時頃に俺より先に一度怖くなっていた。


 起こさずに俺にバズの寝覚めを最初に体験させるという選択を彼女は自分一人でしていた。


* * *


 台所で母がもう、起きていた。日曜の朝なのに、早い。


「ユウ、朝、起きてすぐ、スマホ、見たでしょ」


「……うん」


「表情で分かった」


 母は麦茶を一口、飲んだ。


「何本になった?」


「再生、十二万」


 母は麦茶の蓋をゆっくり閉めた。閉める動作が昨日までと同じ速度だった。——母は驚いていない。ように見える。


「父さん、こういう朝、一度だけ、あったよ」


「……え」


「十二年前の春。父さんの論文がどこかの雑誌に載って、朝、玄関で電話が三回、鳴った」


 母は麦茶のキャップを指の腹でしばらく撫でた。——その動作がいつもよりゆっくりで母の中でも、今朝は十二年前とつながっていた。


「三人、違う人。最初は同僚の研究員。次は出版社。三人目はたぶんテレビ局」


 三人目の声はたぶん今も母の耳に残っている。


「父さんね、電話、出ずに母さんに朝ごはんは何か、って訊いた」


 俺はしばらく何も言えなかった。母の手は麦茶のキャップから離れなかった。


「——朝ごはん、何、作ろうか」


 俺が言った。


「納豆と味噌汁。いつもの」


「……じゃあ、いつもので」


 母は頷いた。そして、台所に立った。いつもと同じ朝が今日も始まった。——バズの朝でも、家の台所は動かない。それがたぶん俺の中でひとつ、揺れないものを残してくれる仕組みだった。


* * *


 朝食のあと机の前に戻った。


 コメント欄を開いた。コメントは千件を超えていた。スクロールが止まらない。


 日本語、英語、韓国語、ドイツ語、ポルトガル語。——世界の別々の言語で俺の動画について、書かれていた。


 上から読んでいく。


 コメント —— 「Found this at 3 a.m. local time and couldn't stop watching. That glow...!」


 コメント —— 「揚げても光る映像、三回見た。本当に現地光なの?」


 コメント —— 「他の動画も全部観た。B3のゴブリン肉、塩の粒サムネ、全部丁寧」


 y_yamada —— 「百八十度の揚げ温度、再確認。低温帯の反応も気になりますが、未確認素材なので安全確認優先ですね」


 mi_kana —— 「うん、世界が変わった」


 y_yamada のコメントは五件に増えていた。


 一つ一つ、短い。


 でも、どれも専門的。


 ——誰かが俺のチャンネルを業界のフィルターで通すつもりで丁寧に書き込んでいる。


 そして、コメント欄に、ゲン_zero の新しい一行が増えていた。


 ゲン_zero —— 「続けてきたな」


 ——七年越しの二件目のコメント。


『続けてみなさい』の返事の形だった。


* * *


 俺はしばらくその一行を見ていた。


 左手が前髪に向かって、動いていた。気づいたらもう触れていた。


 続けてきた。——過去形で肯定された。


 七年前、『最浅層のおじさん』のチャンネルで動画が止まった人。登録者二百、再生三桁、コメントゼロのあの人。俺が数週間前にはじめてコメント欄で見つけた人が今朝、七年前の自分への返事みたいに俺に一行、送ってきた。


 返信はまだ書かない。——いつか、会う気がする。


* * *


 十時、再生数:十九万。


 十一時、再生数:二十四万。


 午前のうちに二十万を超えた。


 ——グラフの形を見た。


 朝七時から十一時までの四時間で十一万強増。


 急峻な、右上がり。


 日本の午前帯とアメリカの夕方から夜が重なっている時間帯だった。


 十一時を過ぎて、傾きが緩くなる。


 日本は昼、欧州は深夜、アメリカ東海岸は夜遅く、西海岸は夜。


 波の一つ目の山の下り坂。


 でも、止まらない。——下り坂でも、上がっている。たぶん日本の夜の時間帯に二つ目の山が来る。


 スマホが鳴った。知らない番号。


 番号そのものは公開していない。


 ただ、DungeonTubeの事業者向け問い合わせは、番号非公開のまま、登録済みの連絡先へ転送される設定にしていた。


 ——出るか、出ないか、迷って、留守電にさせた。一分後、メッセージが入っていた。


 葉山食品・高田 —— 「ユウト様の動画について、ご相談したいことがございます。お手すきの際に折り返し、ご連絡をいただけますでしょうか」


 葉山食品。——ダンジョン食材の記事を検索したとき、何度か見たことのある名前。——本物の会社が、俺に電話をかけてきた。


 俺は留守電を三回、聞き直した。


 落ち着いた、女性の声。


 丁寧な、ビジネス用語。


 こういう電話が配信者にかかってくることがあるのだと俺は今日はじめて、知った。


 ——折り返すか、どうか。


 今日は折り返さないと俺は自分で決めた。


 カナメに相談する。母にも話す。父の書斎で一度考える。それから折り返す。


 急がない。


 急がないと決めるのは今日、初めて、業界相手に適用する、俺のルールだった。


 急いで決めた答えはたぶん声が嘘になる。


 ——y_yamada の問いに自分で決めたルール。


 今日も同じ。


 ただし、相手が違う。


 相手が違うと同じルールが重さを変える。


* * *


 夜、十九時。再生数:三十八万七千。登録者:四千百。


 ——登録者四千人。午前三時の六十四人から一夜で六十四倍。収益化ラインの五百人を通り越して、桁が二つ、動いた。


 俺は書斎の父の椅子に座った。レシピ帳を開いた。最後のページの下、俺の鉛筆の書き込みが並んでいる。


 九十二(火曜朝)。三百十七(水曜夜)。四百十二(金曜朝)。百四十八(十本目、公開四時間、金曜夜二十三時)。


 そして、今日、新しい一行を書き足した。


『十三本目、公開十八時間。再生三十八万七千。——最浅層ごはんが、動き出した夜』


 母が夕飯の片づけをする音が下の階から聞こえていた。いつもと同じ皿の音。バズの夜でも、家の台所は動かなかった。その音に重ねるように俺は鉛筆を置いた。


* * *


 二十三時、寝る前にスマホを確認した。


 再生数:四十九万五千。一夜で五十万に届きそう。


 葉山食品の留守電はまだ折り返していない。


 カナメからLINEが一通。


『明日、会える?』


『うん』


『十二時、駅前のコンビニ』


『分かった』


 ——冒険者登録の朝にカナメが栄養バーを差し出した、あの駅前のコンビニ。数週間前。あれから俺の最浅層が十三本の動画になり、世界の別々の時間帯に届いた。


 画面を閉じた。


 窓の外、五月の新緑の街路樹が夜の風に軽く揺れていた。——気のせいではもうない。俺の最浅層は俺の手を離れて、誰かの朝と昼と夜に入り始めている。


 明日、カナメとコンビニで会う。


 ——俺の最浅層が、ひとつ先へ進む、日曜の夜だった。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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