第14話 悩む投稿頻度
撮影データが、四本、机の上に溜まっていた。
撮れば撮るほど、次の動画が、待ち行列に並んでいく。これは、配信者にとって、たぶん、いい状態だ。でも、いい状態、が、正しいリズムと同じかは、分からなかった。
——それを考えたのは、午前のB3から帰って、午後の机に座った時だった。でも、話は、今朝の、B3現地撮影から、始まる。
* * *
木曜日、朝十時、B3「熱だまりのキッチン」。
昨日、小片で試した要領を、今日は、本番の動画として、撮る。
ゴブリン肉三百グラム、塩揉み済み、一時間放置したのを、家から、クーラーバッグで持ち込んだ。桜チップ、アルミホイル、予備の塩。
地熱石の上に、アルミホイルを広げる。桜チップを敷く。肉を、置く。蓋をする。——撮影は、手元カメラと、固定ポジションのミニ三脚、二台で回した。
十分。
開けた瞬間の、煙の立ち上がり。桜色の層が、肉の表面に、薄く、巻いていく。カメラは、二台とも、止めなかった。
一口、カメラの前で、食べた。
「……美味いです。B3の熱だまりの石で、十分焼きました。塩は、一時間前に揉み込みました」
声は、昨日の家の試作の時より、少しだけ、自然に出た。カメラ二台の前でも、口の中の肉の味は、嘘にならなかった。
桜色の皮のすぐ下、じわっと広がる肉汁と、桜チップの香りが、鼻の奥を抜けた。喉の奥が、細く、なった。——美味い、という言葉より先に、身体が、言っていた。
それが、今日、いちばん、確かめたかったことだった。
* * *
帰宅。十六時。
机の上に、冒頭で見た、撮影データ。SDカードを、三枚、並べた。それぞれに、ラベルの小さな紙が、貼ってある。
十本目:ゴブリン肉の燻製(B3現地+家比較)——今日撮影完了。
十一本目予定:熟成ブルースライムゼリー——先週の日曜に、冷蔵庫の前で撮った素材。未編集のまま置いてある。
十二本目予定:グリーンモス味噌汁——昨日の朝、試作済み、未撮影。(白味噌と合わせると苦味が丸くなる。青い香りが出汁に溶けて、磯と土の中間の匂いがした。悪くない。)
十三本目予定:ピンクゼリー寒天の第二案——構想だけ。
ストックが、四本、重なっていた。
俺は、机の前で、しばらく、腕を組んだ。
毎日上げるか、週三本に絞るか、週一本の濃い動画でいくか。
——気のせい、ではない。ここ最近、撮る、という動作が、観察する、という動作と、切り離せなくなっている。撮れば、観察が増える。観察が増えると、次に撮るものが、増える。増え続ける、次の素材を、どういうペースで、世に出すか。
* * *
DungeonTubeの管理画面を、開いた。
登録者:十七人。
直近七日の総再生数:八百四十二。
最新動画(九本目・パフェ)再生:四百十二。
七日前の、登録者一人・再生数ほぼゼロから、ここまで、来た。
管理画面の下の方に、新しい機能の通知があった。『視聴者アンケートを設置できます』。
試しに、問いの下書きを、一つ、打ち込んでみた。『動画、どの頻度で観たいですか?』——打ってから、止めた。俺が、決める。結果で、返す。——カナメの「それが、ユウの仕事」は、そっち側の言葉だ。
下書きを、閉じた。
* * *
代わりに、父の書斎に、上がった。
レシピ帳を、開いた。——父の書き込みの日付を、見直した。
二〇一三年、四月十二日。二〇一三年、四月十五日。二〇一三年、四月十七日。
日付の間隔が、二日から、三日、あいている。毎日では、ない。
「父さん、毎日、書いてた?」
母が、扉のところに、立っていた。いつから、いたのか、分からない。——昨日から、母は、書斎の扉を、少しだけ、開けた時間を、増やしている。
「書いてた日と、書かない日、あったよ」
「どれくらい?」
「週に、三回くらい。あと、取材に行った日の翌日は、必ず。書けない日は、無理に書かなかった」
取材。——父は、それを、取材、と呼んでいた。B2の苔を採ってくる、B3でゴブリンを見てくる、B5の石碑の写真を撮ってくる、全部、取材。
俺の今の言葉だと、採取と撮影の、中間くらいだ。
「書けない日は、無理に書かない、っていうのが、父さんのルールだった」
「……書けない日、って、どう見分けてたの?」
「『書けない』と思ったら、書かない。『書ける』と思った日だけ、書く。——父さんの言い方は、だいたい、それだけ」
「毎日、書こうとして、書けなかった、っていう顔、してた日もあった」
母は、そう、付け足した。
「でも、三日、書かない日が続くと、父さん、本棚の前で、一時間、背中、丸めて、本を読んでた」
「……続かないと、不安だったの?」
「不安、じゃなくて。続けるリズムを、探してた」
母は、それだけ言って、扉を閉めた。閉める直前、もう一言、聞こえた。
「ユウの今日のリズム、父さんのと、近いかもね」
扉が、閉まった。廊下に、静けさが、戻った。手が、一度、レシピ帳の角を、握りしめた。
* * *
書斎の椅子に、座った。
父の日付を、もう一度、指でなぞった。四月十二日、十五日、十七日。月曜、木曜、土曜、みたいな、三日おきの、不規則な規則。
——俺の今の状況に、変換してみた。
木曜(十本目、撮影完了)。金曜(十本目、編集→公開)。日曜(十一本目、熟成ゼリー、編集のみでいける)。火曜(十二本目、グリーンモス味噌汁、撮影+編集)。
週三本。金曜、日曜、火曜。——今週のリズムは、ここで決めた。来週以降は、編集の進み具合で、週ごとに、少しずつ、ずらす。父の日付が、そうだったのと、同じように。
毎日は、撮れない。撮るだけなら、できるかもしれない。でも、自分が一口食べた時に、嘘をつかない動画を、毎日、出せるかは、分からない。父の、三日おきの書き込みは、たぶん、同じ基準だった。書ける日に、書く。嘘を、書かない。
それが、俺のリズムでもある。——そして、視聴者のリズムでも、あるかもしれない。毎日届く声より、三日に一度届く声の方が、聞こえる、こともある。
* * *
夜、母が帰宅の前に、もう一度、机で、メモを開いた。
『投稿頻度:週三本。曜日は、編集の進み具合で、週ごとに決める』
『ルール:一口食べて、嘘がないと思った日だけ、上げる』
下に、一行。
『毎日は、撮らない。撮った分のうち、上げるのは、半分以下』
父の「書かない日」も、ちゃんと、書いてあった。俺の場合は、「上げない日」。撮ったけど、上げない。それが、あっていい。
カナメに、LINEを打った。
『頻度、週三本に決めた』
返信は、三分後。実戦練習の合間、たぶん、走り終わって呼吸を整えている、その三分。
『うん、いいんじゃない』
『ストック、溜まってるんでしょ?』
『全部、上げようとしなくていい』
『地味な配信者の、地味なペースで、地味に届け』
最後の一行は、冗談めかしていたが、本気だった。カナメは、昔から、本気の時ほど、冗談の語尾で、包む。
——カナメは、気づいていた。俺が連投に傾きかけていたことを。たぶん、ストックの本数の話から、読んだ。A級の練習で走りながら、向こう側で、俺の机の上が、見えていた気がする。
『ありがとう』
『続けて』
それだけ、だった。
* * *
夜、二十時。
動画編集ソフトを開いた。十本目、ゴブリン肉の燻製。B3熱だまりの映像と、家のフライパンの映像を、並べて、比較する構成にした。
タイトルは、決めた。
『B3の地熱石で、ゴブリン肉を燻した。家のコンロより、美味かった』
断言型。タイトルで、結論を、言い切る。中の動画は、その結論を、映像で、二つ並べて、視聴者に見せる。
公開は、明日、金曜の夜。今日ではない、明日、金曜。
——明日は、今週の、一本目の投稿日。金日火、の、最初の日。
スマホのメモに、最後の一行を、足した。
『週三本、リズム開始。今週の投稿:金曜(十本目)、日曜(十一本目)、火曜(十二本目)。来週以降の曜日は、編集の進みで決める』
* * *
編集の合間に、コメント欄を、開いた。九本目パフェの新しいコメントが、三件、増えていた。
> `家で真似してみました! ブルースライム、スーパーで買えるとこ少ないけど、頑張って探します`
> `父さんの話、二回目見た時に、泣きました`
> `次の動画、いつですか?`
最後の一件の下で、指が、止まった。
——『いつですか』に、週三本と、返信を、書きかけた。書いて、消した。動画で、明日、金曜の夜に、答える。
冷蔵庫の白い筋のゼリーは、今夜、十九本。熟成は、続いている。十一本目の編集は、明後日の日曜。
その下に、もう一件、新しいコメントが、付いていた。短い一行。詳しすぎる一行。——明日以降、誰だろう、と、考える時間が、増えそうだ。でも、今夜は、考えない。
父の三日おきのリズムが、いま、俺の机の上で、十二年越しの、再生を、始めている。俺の仕事は、明日、金曜。十本目を、上げる。
ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。
楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!




