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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
起動編

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第13話 B3でゴブリン肉

 今日は、肉を、獲って、食う日だ。


 B3「骨の洞窟」への階段は、B2の森の西の端にあった。


 光柱の落ちない、いちばん奥。苔の壁が、途中から、石灰岩のざらざらに変わる。空気が、湿度の森から、乾いた熱に変わる。一段下りるごとに、足の裏が、地面から熱を吸い始めた。


 F級推奨階層の、最後の階段。相良さんの声が、オリエンの日の記憶で、背中に届いた気がした。「B4以深に単独で入る場合、登録の一時停止対象になります」。B3は、境目。踏み外さない側の、崖の縁だ。


 階段を下りきった。


 目の前が、一度、暗くなった。ヘッドライトをつける。買って、まだ一度しか使っていない、千円の安いやつ。光の輪が、洞窟の壁を舐めた。


* * *


 B3「骨の洞窟」。


 場所によって、気温が違う、と資料にはあった。いちばん涼しいところで二十五度、熱だまりの近くで三十五度。今、ヘッドライトの光の中で見ている壁は、乾いた灰色の石灰岩。床の砂利に、ところどころ、黒い玉石が混じる。——地熱石。


 空気の匂いは、鉱物と、かすかな硫黄。B2の湿った青さは、ここまで降りると、全部、消える。


 光源は、自然光ではなく、壁の奥の噴出孔から、時おり漏れる、薄い緑のガス。そのガスが、空気中で、数秒だけ、蛍光する。洞窟の広さは、ヘッドライトの光では、測れない。


 録画ボタンを、押した。


「『最浅層ごはん』、十本目、予定。B3『骨の洞窟』、初回。今日は、ゴブリン肉、取りに来ました」


 声は、今までで、いちばん、乾いていた。緊張、ではない気がする。——湿度が、ない。湿度のない空気の中での、俺の声は、こんな質感、だった。


* * *


 ベビーゴブリンは、すぐに見つかった。


 壁の亀裂の中、三十センチくらいの、緑灰色の影。ヘッドライトを向けると、まぶしそうに、目を細めた。ゴブリンの眼は、赤い。よく見ると、口元に、小さな牙が、二本。


 折り畳みナイフは、昨日までと同じ八センチ。


 資料では、ベビーゴブリンは「最弱」扱い。でも、肉を持つ相手だ。今までのスライムや苔と、生き物としての抵抗が、違う。


 俺は、息を止めた。


 近づく前に、一度、ヘッドライトの光の輪を、壁にゆっくり動かして、ゴブリンの注意を引きつけた。光を追うように、ゴブリンの目が、動いた。——のろい、と、資料の通り、反応が遅い。


 一歩、踏み込んだ。刃を、首の側面に、当てた。


 ゴブリンが、短く、一度だけ、鳴いた。子供の声に近い。——俺の手が、半拍、止まった。


 カナメの声が、頭の中に、来た。地味じゃない肉を、地味に調理して。それが、ユウの仕事。


 刃を、引いた。一度で、終わるように。


 ゴブリンの身体が、壁の亀裂の中で、一度、震えて、止まった。


 俺は、しばらく、動けなかった。——倒したことより、鳴き声の、最後の一秒を、耳の奥で、聞き返していた。


* * *


 肉を、採取した。


 ベビーゴブリン一体で、使える肉は、三百グラムくらい。資料通り。皮膚を、ナイフで剥ぎ、筋肉だけを、ジップ袋に。血は、洞窟の床の砂利に、染みた。拭かなかった。拭いても、洞窟の自然が、たぶん、すぐに消す。


 手袋が、鉄の匂いで、濡れた。


 ——これが、肉の、はじめての採取だった。スライムの、ぷるりとした膜でも、苔の、薄緑の樹液でもない。もっと、重い、身体の中身。


 ジップ袋の中で、温度が、まだ、少し、残っていた。俺の指先で、それを、感じた。


 録画は、回り続けていた。——でも、採取の瞬間の、刃を引く一秒は、たぶん、動画に使わない。編集で、切る。視聴者に見せるのは、その前と、その後、だけでいい。俺が、カメラを意識せずに、見届けた一秒は、俺の中にだけ、置いておく。


 父のレシピ帳に、肉の項が、無かった理由が、今、少しだけ、分かった気がした。


* * *


 次、地熱石。


 床の黒い玉石を、拾った。片手に、熱い。軍手の上からでも、じんわり、温度が伝わる。温度計は、持ってきていない。でも、焼き網の上に近い温度だ、と、指先が、判定した。


 「熱だまりのキッチン」——資料で、そう呼ばれている場所が、洞窟の中央付近にあった。噴出孔のガスが、上に抜ける縦穴の下。周囲の石が、常に温かい。即席の、調理場。


 誰が、そう名付けたか、分からない。父ではない。父は、ここに、料理を書かなかった。——たぶん、別の誰かが、ゲンさんみたいな人が、七年前か、それ以前に、ここで、何かを焼いて、その人がいなくなった後、地名だけが、残った。


 俺は、熱だまりの前で、ヘッドライトを、一度だけ、消した。


 噴出孔のガスが、壁の奥で、薄い緑に、呼吸していた。B2の苔の揺らぎと、少しだけ、似ていた。光の性質は違う。でも、生き物のような呼吸の仕方は、似ている。


 ——最浅層の、全部の階層で、何かが、呼吸している。


 気のせい、では、ない。でも、今日、その話は、書かない。今日は、肉を、燻すだけだ。


 熱だまりの、いちばん温度の高い石の上に、アルミホイルを広げた。桜チップを、家から持ってきた分の、ほんの一つまみ。その上に、塩を、事前に揉み込んだ小さな肉片を一つ——帰路の試食用ではなく、現地で、今、試す分として切り分けた一切れを、置く。別のアルミホイルで、蓋をする。


 待つ。二分。三分。ヘッドライトを点け直すと、アルミホイルの隙間から、薄い煙が、上に抜けていく。桜の香りが、鉱物と硫黄の匂いの中で、一本だけ、別の筋を、立てた。B3の、乾いた空気に、桜の甘い煙だけが、混じった。


 開ける。


 肉の表面が、桜色に、変わっていた。一口。


 ……いける。地熱の石は、焼き網の温度とは違う、芯からゆっくり火が入る温度だった。表面は桜色、噛むと、じわっと肉汁が広がる。中は、生に近い赤が、残っている。塩と、桜の香り、そして、B3の鉱物の乾いた空気。——この三つが、家の台所では、たぶん、出ない。


 録画は、回り続けていた。——地熱石で焼いた肉は、視聴者に見せる価値が、ある。それを、俺は、確かめた。


* * *


 家に帰ったのは、十五時半。


 ゴブリン肉の表面を、塩で、軽く揉んだ。塩の粒が、肉の表面に、薄い層をつくる。一時間、常温で、置く。余分な水分を、塩が、引き出す。


 その間に、桜チップを、キッチンのフライパンで、軽く炒って、香りを立てた。B3の熱だまりで、さっき、小片だけ現地燻製を済ませたが、本番動画は、明日、もう一度、B3に行って、最初から撮る。今日の家の作業は、比較対照用だ。地熱石と、家のコンロ、どっちが美味いか、視聴者に並べて見せる。


 試食用の、小さな肉片を、フライパンに、桜チップを下に敷き、蓋をして、中火で十分。煙が、立つ。


 開けた。


 ゴブリン肉の表面が、薄く、桜色の層を、纏っていた。


 一口。


 ……美味い。でも、味は、安くない。


 鶏と豚の中間、脂は豚より軽く、鶏よりは濃い。桜チップの香りが、鼻に抜ける。筋肉の繊維は、しっかり残っていて、噛むと、じわっと、肉の汁が、広がる。表面は、薄い桜色の層。光に透かすと、中心まで、均一に、火が入っている。


 ——でも、B3の熱だまりで焼いた方が、美味かった。家のフライパンは、表面だけ焦げて、中は、脂の抜け方が、やや雑。地熱石のほうが、芯からの火入れが、穏やかだった。誰もやらなかった調理場が、いちばん優秀だった。


* * *


 スマホのメモに、打ち込んだ。


 『ゴブリン肉。塩揉み一時間→桜チップ燻製十分。鶏と豚の中間。脂、軽め。塩と桜で、完成。』


 一行、空けて、もう一行。


 『明日、B3の熱だまりの石で、現地燻製。動画、本番。』


 父のレシピ帳を、開いて、最後のページの下に、鉛筆で書いた。


 『十本目:ゴブリン肉の燻製(家・試作)。明日、B3現地で、地熱石。』


 父の図は、ここから、俺の図、に変わる。——肉の項は、父が書かなかった部分だ。だから、書き始めるのは、俺でいい。


* * *


 夜、母が帰宅した。


 今夜は、繁忙期のピークを越えて、早かった。二十時過ぎ。


「ユウ、肉、撮れた?」


「撮れた。試食、ある」


 母は、台所に来て、皿の上の燻製肉を、覗き込んだ。三秒、見ていた。


「……桜色」


「桜チップで、燻した」


 母は、箸で、小さく一切れ、摘んだ。口に入れた。咀嚼、五回。


 喉が、動いた。


 母は、しばらく、何も、言わなかった。麦茶を一口、飲んで、それから、静かに、言った。


「父さんね、昔、一度だけ、肉を焼いた日があった」


 俺は、箸を持ったまま、動きを、止めた。


「B3の肉、じゃない。たぶん、スーパーの、豚バラ。でも、焼き方が、いつもと違った。塩を、肉に揉み込んでから、しばらく置いて、それから、焼いた」


「……それ、今日の俺のと、同じ手順」


「うん。あんた、父さんに、教わってないのに、同じ手順に、たどり着いた」


 母は、皿の上の肉を、もう一切れ、箸で、摘んだ。


「これ、父さんに、食べさせたい」


 現在形だった。


 俺は、何も、言わなかった。言葉を、持っていなかった。——気のせい、では、もう、ない、という感覚が、胸の、真ん中で、小さく、硬く、なった。


* * *


 夜、十一時。


 動画の編集は、明日の本番分と合わせて、明後日にまとめる。今日の試作動画は、上げない。——カナメの、二行を、頭の中で、もう一度、読み直した。


 『地味じゃない肉を、地味に調理して』『それが、ユウの仕事』


 カナメの苦言の、答えを、俺は、今日、食べた。B3の熱だまりで、一度。家の台所で、もう一度。同じ肉が、二回、違う顔になった。明日、それを、並べて撮る。


 DungeonTubeを、開いた。九本目のパフェ動画は、再生三百十七、登録者十三。mi_kanaとゲン_zeroを除く、十一人が、俺のチャンネルを、登録している。——十一人の、知らない人が、次の動画を、待っている。


 冷蔵庫の白い筋のゼリーは、今夜、十七本。明日、本番のB3動画を撮ったら、この熟成ゼリーの動画も、そろそろ、編集を再開する。


 明日、もう一度、B3。地熱の石の上で、桜チップを燻す。——父さんに、食べさせたい、と、母が言った肉を、カメラの前で、もう一度、焼く。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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