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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

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第96話 東和からの内容証明

 翌朝、郵便受けに不在票が入っていた。


 差出人欄には、東和グループ代理人弁護士事務所、と印字されている。


 内容証明郵便。


 その六文字を見た瞬間、胃の奥が小さく縮んだ。


 父の四十七分を聞いた翌朝に、東和から正式な紙が来る。


 偶然だと思うには、順番がきれいすぎた。


 再配達を受け取り、封筒を机の上に置く。


 開ける前に、封筒の表裏と消印を撮った。


 有希さんに送る。


 カナメにも送る。


 ゲン爺には、写真と一緒に短く打った。


「東和から内容証明が来ました」


 返事は早かった。


 有希さんからは、「開封前後を記録してください。原本は折らずに保管を」と来た。


 カナメからは、「一人で返すな。読むのはいい。返すな」と来た。


 ゲン爺からは、一言だけだった。


「来い」


 俺は封を切った。


 紙は三枚。


 法律の言葉は硬い。


 けれど、言いたいことは分かった。


 東和および関連会社の事業活動について、未確認情報を流布するな。


 B5保全対象、最浅層食材記録、故佐々木健次郎氏の事故記録について、第三者への開示を停止しろ。


 一連の動画のうち、当社の権利または信用を害する可能性があるものを削除、または訂正しろ。


 今後の発信前に、当社代理人へ事前確認を取れ。


 手が、一度、止まった。


 父の名前が、東和の紙の中にあった。


 それが、腹の底に一番重かった。


 紙から目を離しても、文字の形だけが、まぶたの裏に残っていた。


* * *


 源田屋の奥の部屋に、四人で集まった。


 俺、カナメ、有希さん、ゲン爺。


 有希さんは葉山食品の名刺入れを閉じたまま、個人の端末で、紹介してくれた弁護士と通話をつないでいた。


 この場で、俺個人として委任する相手だ。


「まず、佐々木ユウトさん個人として受けた通知です。葉山食品の資料や研究機関提出分とは分けます」


 有希さんの声は落ち着いていた。


 落ち着いているからこそ、今がちゃんと危ないのだと分かった。


 スピーカー越しの弁護士が、ゆっくり説明した。


「相手は、公開済み動画そのものより、今後の発信を縛りたい文面にしています。特に、佐々木健次郎氏の事故記録とB5保全対象を結びつけて語られることを嫌がっているように見えます」


「父の話を、動画で話すつもりはありません」


「それで正しいです。現時点では、事故記録は遺族と記録協力者に示された黒塗り範囲です。公開の道筋を作るなら、弁護士、JAGL、研究機関を通してください」


 俺は頷いた。


 昨日、ゲン爺に言われたことと同じだった。


 父の真相は、切って皿に出すものではない。


「返信は」


「本人からは返さないでください。こちらで受任通知と、動画削除要求の根拠照会、資料保全の申し入れを出します。原本は封筒ごと保管。画面で晒すのも避けましょう」


 カナメが腕を組んだ。


「つまり、動画にして戦うな、ということですね」


「はい。法的な紙には法的な紙で返します」


 ゲン爺が低く笑った。


「当たり前だ。皿で殴るな。皿には飯を載せろ」


 その言い方で、少しだけ息が戻った。


 怖さは消えない。


 でも、やることは分かれた。


 紙は弁護士へ。


 記録はJAGLへ。


 父の話は、出せる形が整うまで出さない。


 俺の動画は、今日も食材と手順だけを映す。


* * *


 有希さんが、提出済み資料の一覧を確認した。


 JAGL保全対象確認申請。


 B5現地記録の原本提出控え。


 研究機関の仮受領番号。


 葉山食品の共有許可済み分析要約。


 ゲン爺の第一世代記録抜粋。


 どれも、日付と受付番号がついていた。


「東和が今から独自の話にしようとしても、少なくとも佐々木ユウトさんたちの記録が先に公的ルートへ入った事実は残っています」


「勝ちですか」


 俺が聞くと、有希さんは首を振った。


「まだです。相手が止まったわけではありません。ただ、こちらも一人の配信者が感情で騒いでいる状態ではない、と示せます」


 カナメが俺を見た。


「ユウ、怖いなら怖いと言え」


 少し迷った。


 言わなくてもいい気がした。


 でも、カナメがそう言う時は、言った方がいい時だった。


「怖い」


 声にすると、思ったより軽くなかった。


「父さんの名前が東和の紙に入ってるのが、きつい」


 カナメは頷いた。


「それでいい。怖いまま動け」


「止まるな、じゃないんだな」


「止まるな、は雑だ。怖いなら、怖いと分かって動け」


 ゲン爺が奥の台所へ立った。


「そういう時は、腹に入れてから考えろ」


 しばらくして、小さな器が四つ出てきた。


 B1のスライムゼリーを薄く切り、塩と柚子で冷やしたものだった。


 透明なゼリーの端が、器の白に重なって、淡く青く見える。


 箸で持つと、ぷるりと震えた。


 口に入れる。


 冷たい。


 塩が先に来て、その後ろから、ゼリーの甘みが戻ってくる。


 柚子の匂いが鼻に抜けると、朝から固まっていた胃の奥が、少しだけほどけた。


 肩の力が、一拍遅れて落ちた。


「……美味い」


「だろうが」


 ゲン爺が当たり前みたいに言った。


 紙の上では、最浅層食材記録という硬い言葉になる。


 でも、口の中では、冷たくて、甘くて、少し塩気がある。


 俺が守りたいものは、まずこの感覚だった。


* * *


 帰宅して、カメラを台所に置いた。


 内容証明の封筒は、透明なファイルに入れて、画角の外へしまってある。


 映すものではない。


 今日映すのは、B1のスライムゼリーだ。


 ピコがカウンターに乗って、器を見た。


「ぴこ」


 一声。


 低い。


「今日は普通に撮る」


「ぴこぴこ」


 二声。


 半音、上がった。


 俺は手を洗い、JAGLの食用安全リストを確認した。


 B1ブルースライム。


 通常ゼリー部位。


 白い筋や未確認変色部位は使用しない。


 湯通し推奨。


 体調記録。


 概要欄にも同じことを書く。


 初心者が真似するなら、JAGL講習、入場区分、食用リスト、撤退基準を先に確認すること。


 B4以深、B5保全対象、未確認物は、動画を見て行く場所ではない。


 録画ボタンを押した。


「今日は、B1スライムゼリーの冷やし鉢です」


 声は少し硬かった。


 でも、止まらなかった。


 透明なゼリーを湯にくぐらせる。


 表面が一瞬だけ白く曇り、すぐに澄んだ。


 氷水に落とすと、器の中で、ころん、と小さな音がした。


 塩を指でひとつまみ。


 柚子皮を細く削る。


 包丁の刃が皮を撫でるたび、黄色い香りが立った。


 ゼリーに絡める。


 青白い透明の上に、細い黄色が乗った。


 食べる。


 冷たさで舌が一度止まり、噛むと弾力が返ってくる。


 塩で甘みが締まり、柚子の香りが最後に残る。


「……あ、これ、美味い」


 いつもの言葉が出た。


 その瞬間、少しだけ胸が軽くなった。


* * *


 動画を上げる前に、固定コメントを書いた。


 法的な件については確認中です。


 公開できることが整理されるまで、個別の書面や事故記録には触れません。


 この動画はB1食用登録済み素材の調理記録です。


 採取や調理を真似する場合は、JAGL資料、入場区分、食用部位、体調記録、異常時撤退を必ず確認してください。


 投稿ボタンを押した。


 コメントは、最初の一分から流れた。


「法的な件ってマジだったのか」


「固定コメント落ち着いてる」


「普通に飯作ってるのが逆に強い」


「柚子スライムゼリーうまそう」


「法務は法務、飯は飯ってことか」


「B1なら行けるかなって思ったけど、固定コメ見て講習予約した」


「B5行こうとしてるやつ、マジでやめろ。本人も書いてる」


「父親の話をすぐ動画にしないの、信用できる」


 全部に返事はしなかった。


 けれど、危なそうなコメントには、固定コメントを案内する短い返信だけを入れた。


 煽らない。


 急がない。


 隠さないけれど、出してはいけないものを出さない。


 それは、思っていたより難しい。


 でも、今日やるべきことだった。


* * *


 夜、有希さんから連絡が来た。


「受任通知と根拠照会、送付完了です。東和側は、槇原総一氏本人を含む面談を求めています」


 画面を見て、息が一度止まった。


 槇原総一。


 父を見殺しにした担当系統に名があった、槇原太郎の息子。


 東和グループの専務。


 昨日聞いた四十七分が、急に、今日の画面の明るさとつながった。


 有希さんの次の文が続く。


「条件は詰めます。弁護士同席、記録化、単独接触なし。返事はまだしないでください」


 俺は、はい、とだけ返した。


 カナメへ転送する。


 すぐに返ってきた。


「一人で行くな」


「分かってる」


「分かってるならいい」


 短いやり取りだった。


 台所には、さっき食べたスライムゼリーの器が残っている。


 冷たさと甘さが、まだ舌の奥にある。


 東和の紙は、俺の父の名前を使ってきた。


 俺は、今日もB1のゼリーを料理した。


 どちらが強いかは、まだ分からない。


 でも、俺がどちら側に立つかは、もう分かっている。


 登録者:四十六万八千人。

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