第43話 奇跡は起きた!3人目は誰だ?
♪アダージョ(現在)♪
ポエットくんが瀕死の重傷を負っている。そのことは即座に実況を通して耳に届いた。
それが、たとえ、大演奏の中であっても。
いやだ。死んでほしくない。
自分自身がこうして深く傷ついていることで、どれほど、彼が僕の心に深く住み着いた存在なのかを改めて思い知らされた。
死なないで! お願いだから!
『あーあ。ダメかもしれないな。救護班が瞳孔にライト当ててる』
『束の間の天下だったな。異世界のサムライの明智光秀かよ!』
魔法チャットが無責任に煽ってくる。
そんな。そんな。いやあ。
「いやあああああ!! 愛してるのに死んじゃいやああ!」
魂の叫びが堪えきれずに言葉になり、僕の全身がエメラルド色に光った。これはもしかして!
『心の乙女度がマックスになった時に変身するスーパーエメラルドプリンセスだっ! 響素と共鳴して魔法力が爆増するんだ。勝ったな。これはいけるかも!』
そ、そうなのか。はじめて知った! 恥ずかしすぎるプリンセスだ。僕は男なのに。
何はともあれこれは好機だ。水位を下げてみせる。
水位の増量はギリギリのところで完全にストップした。
いや、単に水面の表面張力のおかげで決壊していないだけのようにも見える。ただの物理法則だ。魔法力アップのおかげもあるかもしれないけど。
依然、ピンチには違いない。
小雨が降り出した。楽器を持ち寄っている人々は錆びさせてはいけない大事なものなのに片付けようとはしない。
このままでは、自然現象として、あふれ出てしまう。
『ポエット王子が目を覚ました! 無事だ! 意識もはっきりしている!』
バカ。心配させて。後でお説教なんだから。私たちが生き延びたら、みっちりと注意してやる。
ほっぺたが塩っぽくて痛いなあ。
『兵士がおぶって堤防に向かっているぞ』
『この距離だと決壊まで間に合わないだろ』
『諦めるなよ! やってみてダメなら嘆けば良い!』
みんなよく観察している。
おそらく、みんなの言うとおり、ポエットくんがここに辿り着く前に、堤防は決壊するはずだ。
少しヒビが入っている。
もう少しだったんだけどな。惜しかった。
「王都はこのまま水没するんだなあ。純正律の歌い手が見つかることなく」
諦めるしかなかった。そう思っていた。
「純正律が歌えたらいいのだな?」
背後から声がする。もしかして!? この声はたびたび、ニュースで聞いたことがある!
「ソネット王!」と、群衆がどよめく。
「皆に迷惑をかけたな。邪悪な力が少し抜け始めている。魔法力はどの程度かわからないが、古典を駆使した魔法には自信がある。なにせ、腐っても朕はアルスプリマ学園卒業生だ」
「まさかの母校の大先輩だとはな」とグロウルくんは肩をすくめてみせる。
「皆の者! これから、純正律で魔法を唱えるから、楽器はしまって、全員、手拍子に徹してくれ! 楽器では不協和音が起きるのだ! 我ら3人の合唱の力だけで、堤防の決壊を防ぐ! いいか! 私についてまいれ! 偉大なる弟ポエットからバトンは確かに私が受け取った! 王都を救うのだ!」
拍手喝采が沸き起こる。魔法チャットの量がものすごいことになり、誰が何を言っているかわからない。
しばらくして、静寂。僕たち3人はソネット王のタクトの打点に合わせて合唱を奏でる。
純正律を理想とする時代から、各種の調律法を経て、平均律的の時代へと舵が切られたのは、おおよそ400年前。
背景にあったのは、転調を含む複雑な音楽が求められるようになったことだ。特定の一人が命じて成し遂げた改革ではない。
それでも、象徴となる人物を無理やり一人に絞るなら、バッハという異世界ドイツ人になるだろう。
音楽の歴史は、バッハ以前とバッハ以後で、大きく景色を変えたと言っていい。
変革は豊かさと喪失の両方をもたらした。技術の変遷には常に光と闇がある。
僕たちは、まさに歴史の転換点を象徴する場面で、いにしえから蘇った魔法を今、ここで唱えているのだ。
『ちょっと水位が下がってないか?』
『いや、気のせいだろう?』
『そんなことはない! 表面張力であふれそうだったのが、少しずつ下がっている!』
5分、10分と続けているうちに、明らかに水位が下がり始めた。
物理などでも加速度というものがあるが、響素のエネルギーも減る時は早いものである。
『やったー! みんな助かる!』
「まだ、安心するのは早い! もう少しだ!」
気がついたら、ポエットくんが横に座って微笑んでいた。
良かった。誰も死なないで。悪夢のような出来事が次々と起きているはずなのに。
ほとんど誰も死んでいない。良かった。本当に。
安心したら力が抜けちゃった。エメラルドプリンセスっていうのもなかなか生命力を使うらしい。
ガーネットプリンスがあれだけ危ないのだから、当然か。
ふらりと血の気が引いて倒れる。
あれ? 僕、このまま死んじゃう? うそ?
「アダージョさーん!」
ポエットくんの声が少しづつ遠ざかりながら意識が消えていく。




