第37話 ボレロの演奏が終わるまで
♪アレグロ(現在)♪
おもちゃの馬から降り、正門に立つ。
静かだ。城下町とは思えないほど静かだ。人っ子ひとりもいない。
全員避難しているかもしれないな。だが、こんな巨大な都市から、そう軽快に身動き取れる住人ばかりではないはずだ。
黄色い空気の抜けたゴムボールが転がってくる。ぶつけても痛くないよう柔らかく加工してある幼児用だ。
男の子が路地裏から出てこようとするのを母親らしき女が手を引き、制止をはかる。
なるほどな。息をひそめてやり過ごそうとしているわけか。生活音すらしないってことは、相当な緊張感だな。
今日は王宮なので、少しいい革靴を履いてきたんだ。石畳にカツカツと歩行音が空虚に鳴り響く。まるで、俺の半生のようだな。ははっ。
城門にたどり着く。門が閉まっているわけではない。それどころか、レッドカーペットが敷かれている。
なるほど。城壁を使った防御は諦めたか。竜族の俺なら、空からでも入れるからな。
土橋に一歩踏み入れると、スネアドラムの音からはじまり遅れてフルートの音がそれぞれスピーカーから鳴り響いた。
スピーカーを仲介した音楽は通常は魔法の効果はない。シンセ魔法とか、エレキギター、エレキベースのようなリアルタイムの演奏を反映した出力先が一つしかない電気音楽ならば、また、話は違ってくるが。
つまり、この曲は、戦いのための曲じゃない。場のムードを盛り立てる純粋な音楽である。
奏でているのは、おそらく、うさぎ王立管弦楽団。曲目はボレロ。粋なことをしてくれるじゃないか。
フルートのソロが終わると続いてクラリネットのソロ、同じ旋律を奏でる。そして、それと同時に、矢が三本降り注ぐので、俺は慌てて魔法でガード、短曲で反撃する。
うさぎ近衛兵は、高所から落下する。変わり果てたぬいぐるみのフォルムになって……。
俺はなるべく不殺を貫いている。だが、これだけ多くの相手と同時に神経を尖らせて戦っている以上は、死人ゼロというわけにはいかないだろう。
自分自身の偽善っぷりに反吐が出る。
オーボエ、サックスなど次々と楽器が切り替わるごとに攻撃が少しずつ激しくなってくる。徐々に視界に入る兵士の数が増える。
飛び道具だけでなく、鎧を着込んだエレキベースを構えた重装兵と近接の斬り合いになる。
ボレロはソロパートが終わると合奏パートになり、参加する楽器の数が徐々に増えていきボルテージを上げていく。
近接武器も遠距離武器も飛び交い視界が、鈍器と刃物で埋め尽くされていく。
だが、俺は心を乱されずに、また、歩調を一切乱さずに対処していく。
曲は終盤に向けて、演奏に力が入っていく。
そして、俺は、レッドカーペットの終点を確認する。そこには、ソネット王が鎮座していた。
王は赤いオーラを纏っていた。そうか。俺と同じだ。ガーネットプリンスになったのか。
ある程度、理性をコントロールできている俺と違い意識を失っているようだな。哀れなやつだ。
歩を進めると王は立ち上がった。時代の荒波に揉まれた哀れな旧時代を象徴する道化はゆらゆらと揺れている。
新時代を象徴する道化の俺様にとって、不足はない相手だ。
そして、石の階段を挟んで向き合ったその瞬間、ボレロの演奏は高いテンションを保ったまま終焉を迎えた。
王立管弦楽団が王の前に集まり俺に立ち塞がる。どうやら、自分たちを倒してから進めと言いたいようだ。
俺は鮮やかに、トランペットを奏でると、やつらを全て人形に変えた。
一応、ポエット王子のふりをするか。
「派手なお出迎えありがとうな。ソネット兄さんよお。俺はあんたにも用事がある。どうやら、宿命の相手のようだ。だが、セルパンって重臣にも用件があるんだ。ちょっくら呼んでくれないか?」
「朕を倒してからにせよ」
「なるほどな。王様にガードマンさせるとは太い臣下だ。末代まで栄えそうだ。わはは。ならば、お言葉に甘えて、倒させてもらうぜ!」
声楽魔法と器楽魔法が鳴り響き、俺と王の体が宙を舞う。
宿命の戦いが開演した。






