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第35話 嵐の夜に

♪ポエット(現在)♪


 夕方になり、小さな田舎街に到着した。予定では王都までに立ち寄る最後の人里になる。


 今日、ここで宿泊し、山地を登り降りして、野宿、夜が明けた頃には王都という手筈だ。


「宿を探そうか」


「いや、待て。今日中に山に入ろう」


 グロウルが妙な提案をするので僕はすかさず反論する。


「夜の登山は危ない! どうして」


「天気予報によると、明日は嵐が来る。去るまで足止めされる。その間にアレグロがおそらく先に王都に着いてしまう。暗闇の行軍は、確かに危ないが、雷雨よりかはマシだ。距離からみて、道中のどこかで嵐には巻き込まれるかもしれないが、それまでに距離は稼いだ方がいい」


「山の中で嵐に遭うのは危ないよ」


「確かにな。だが、リスクを冒さなきゃ王都に先に着けない。これもまた別の現実だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」


 なるほど。グロウルの言うことには一理あった。体力は消耗するかもしれないがやむを得ない。


「アダージョさん」


「私なら大丈夫よ。心配しないで。アレグロが鍛えてくれた体力があるから」


 敵がコツコツ重ねてきたトレーニングに助けられるなんて皮肉としか言いようがない。


 月明かりを手がかりに夜道を僕たち3人は歩いていた。


 鬱蒼とした道、ほぼ獣道に近いかもしれない。


 アレグロが、これから突き進むであろう街道の大きなトンネルが出来てからは、商人たちも安全のために、そちらに迂回するルートを取ることが多い。


 だが、土地勘のあるものはこの道を利用する。急ぎの場合であれば特に。


 王都は山に囲まれた盆地にあり、この山地には見晴台がある。


 歴史上には、不便は承知で山城をここに築く武装勢力は、たびたび登場する。だが、経済や流通の拠点になり得ないので、首領の死と同時に山城は畳まれてきた。


 歴史の暗黒地帯と言ってもいい。体が震えて身が引き締まる。


「なあ、アダージョの嬢ちゃんよ。詳しく聞かせてくれないか? アレグロのやつのことを。これから、戦うかもしれないやつのことは知っておきたい」


 グロウルのやつが関係のない話を始める。まあいいか。勝手に今は居ない山賊の亡霊に怯えて、神経をすり減らすよりかはなんぼかまともな話題だ。


 アダージョさんは身の上を話し始めた。だいたいは、昨晩、桃の木の下で聞いた話と同じだが、新しく聞く話もあった。


「なるほどな。色々と合点がいったぜ。だが、2つ、気になることがある」


 アレグロはピースサインを揺らしながら語る。


「ひとつは、アレグロってやつは3つの声を同時に操れるって話だな。俺の勘だと、そのうちソプラノがお前さん、アダージョに切り離された。残り2つの声は、まだ、アレグロの体にある」


「確かに、考えてもみなかったけど、言われてみればそうかもしれない」


 アダージョさんは買い物で悩む主婦のようなあごを手で支えるポーズを取る。


「もうひとつは、風呂場で会ったというカノンとかいう女の話だ。アレグロは、他の男にカノンがスカートめくりされたことに対して嫉妬の炎を燃やした。だが、カノンはアレグロに嫌われていると思っていた。そうだな?」


 アダージョさんは深くうなづく。


「その2つの情報はもしかしたら、矛盾していないかもしれない。俺の勘が正しければアレグロは……」


 そう言いかけたとき、小雨がぽつぽつと降り出した。しばらくして、土砂降りになった。


 雨天では錆びてしまうから、楽器は使えない。三重唱で真空を作り、雨露から身を守る。


 だが、隙間から少しずつ水滴は垂れてきては体を冷やしていく。


 前方が見えなくなる。ナビゲーション魔法を唱える余裕もない。


 このままでは、歩けば歩くほど迷子になる。勇足だったか。街で待機すれば良かったか。


「山小屋だわ!」


 アダージョさんが指さす方には確かにロッジがあった。言葉は交わさずとも3人の足の向く先は決まった。


 窓から明かりが漏れている。人間が住んでいるのか?


「すみませーん。雨宿りさせてもらえますか?」


 アダージョさんがノックをすると、ドアノブがガチャリと鳴った。


 中から出てきたのは若い狼族の娘だ。古くよりこの山地に出入りする狼族は山賊と相場は決まっていた。


 だが、近年は失業対策の拡充のため、素行のいい人物を選抜し、木こりをやらせているという。


 土地開発の必要性も相まって、このあたりには杉が多く植林されているのだ。


「どうぞ。雨の中、大変だったでしょう。お入りください」


「帰ってもらえ」


 中から男の声がした。もうひとり住人が居るらしい。


「でも、お父さん。こんな雷雨に雨ざらしなんて、いくら何でもかわいそうだわ」


「勝手にしろ」


 親子喧嘩は終わったようだ。手招きされたので甘んじてなだれこむ。


「ごめんなさいね。きっと、あなたが兄に似ているから」


 と、娘はグロウルの顔を見てコソコソと喋る。


「家の事情を勝手によそ様に喋るんじゃねぇっ!」


 険悪なムードの家族のようだ。居心地は悪いが贅沢は言ってられない。


「お父さん、ご飯もう直ぐできるけど」


「そいつらに食ってもらえ。俺は疲れたから寝る」


 そういうと地べたに寝転がってしまった。


「ごめんなさいね。お父さんなりの優しさの表現なの。不器用な人で」


 お言葉に甘えて食事を分け合って食べていると、父親は寝息を立て始めた。娘さんは家の事情を教えてくれた。


「兄は楽器魔法使いなの。バンジョーっていう珍しい魔法用楽器の腕を買われて、王宮の広報部に勤めることになったんだけど、父は大反対で。木こりを継がせたかっだみたい。でも、この仕事も、大事なインフラを支える仕事でありながらも、時代の変化に置いて行かれる一方で、華やかな仕事をやりたい兄の気持ちもわかるのよね。私たち、時代の流れから置いて行かれてるのよ」


 本当は自分も出ていきたい。言外にそう言っているようにも思えた。稲光りが走り、すぐに轟音が響く。


 親父さんの姿が、まるでソネットお兄ちゃんのように見えた。時代に置いていかれたのは僕たち王族やアレグロのようなエリートばかりではない。


 庶民の世界でも同じように傷ついている人はたくさんいるのだ。


 雨風の音と僕たちの沈黙が場を支配していた。時代の荒波から逃さないと言わんばかりに。

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