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第32話 パンダのぬいぐるみ

♪ポエット(現在)♪


 官吏から解放され山道を行く。ここからの距離ならば、今日中に山を超えて次の街の宿に行ける。そう判断して道を急ぐ。


 「すまねぇ。あそこまで徹底した芝居をやらないとやつら、見逃してくれそうもなかったんでな」


 グロウルが素直に謝るので耳と頬を引きつらせながらも僕も返答する。


「いいよ。別に足を拭くくらい。なんてことはないさ。くだらないプライドなんて旅の邪魔になるだけさ」


「ごめんね。勝手に知らない歌うたっちゃって」


 アダージョさんも謝る。ここで、許さないと人間としての器を疑われる。しかも、お尋ね者といっても、王族なのだから。


 なのに、怒りの感情が収まらない。キーッ! 馬鹿にされてくやしいーっ! とりあえず、落ち着くんだ。そう。素数を数えるんだ。2、3、5、えーっと次は⋯…。


 って思ったその時、手裏剣と呼ばれる日本の忍者の武器が目の前の木に刺さる。数は7つ。あ、そうか、7だった。


「敵襲だーっ!」


 グロウルが叫んで我に返る。そ、そうだ。素数なんて数えている場合ではなーいっ。


「その場から離れないで!」


 アダージョさんが手早く指示をして、バリアを貼る女声魔法を歌う。こちらに飛んでくる手裏剣は、力なく落下する。


 グロウルがチューバで低音を奏でると、1人の黒服が木の上から落下する。


 反撃としてさらに手裏剣が飛んでくるのでアダージョさんが再びバリアを貼る。


 何人いるんだ? このまま、漫然と戦うだけじゃ、人数に押されてやられてしまう!


「ポエット! 俺がチューバで低音域を支えるから、アドバンスウィンドできるか? 名付けて即席魔法ワイドウィンドだ!」


 なるほど、360度、全方位攻撃というわけか。考えたな。少し、木々を傷つけるかもしれないことに心が痛む。


「わかった。いくよ!」


 グロウルの演奏と僕の声が重なる……。はずだった。


「リズムが合わねえっ! 100BPMだ! リズムは、もうちょっとスウィングを意識しろ! 音程も半音高い!」


 わ、わかってる。わかってるよ。わかってるのに、さっきまでのことで頭がピキピキして感情が歌に乗らない。歌は感情が命だ。理性でわかってても感情が追いつかない。


「行くよ!」


 再び、魔法を唱えようとするがうまくいかない。


「どうして、声が合わさらないんだっ! くそっ! ここまでか!」


 アダージョさんのバリア魔法も目の前の矢継ぎ早の攻撃に追いつきそうにない。万事休す。王都にたどり着けないのか。


 そう思った時だった。

 

「撃ち方やめーっ!」


「し、しかし! 後、少しで仕留められるのですよ! 褒美がもらえるのですよ! 我々も家族を食わせないと!」


 遠くの方で口論が聞こえる。内輪揉めか。


「大局をみるのだ! 大義を見よ! どちらにつけば、長い目で見たときに、家族を食わせられるかわかるだろう!」


「しかし、目の前の現実を守るには⋯⋯」


 少しずつ声の大きさが小さくなっていく。話し合いモードになったようだ。


「建前と本音の角度が僅かな時、傾斜角で言うと30度くらいならば、目の前の現実を守るために建前を飲んだ方が世がうまく回ることはあるだろう。だが、今の世はどうだ? 45度、60度と開いていき、90度を超えて、今は135度を越えようとしている。そうなると、現実を守るためだったはずの建前を守れば守るほど、現実が壊れていく。夢見がちに見えた理想主義者が現実を語るようになり、厳しい現実を語ろうとする者がただの夢想家になる。とっちゃん坊や役の演者が時の流れによって反転する」


 静寂が訪れた。どうやら、話し合いの決着がついたようだ。


 目の前に現れたのは、二人組の官吏のうち、年長者の方だ。うさぎ特有の鼻髭だけじゃなく、あごひげも蓄えている。


「申し訳ございませんでした。王族に弓を引くなど我らの行いは万死に値します。ポエット様。ご処罰を⋯⋯」


 官吏の後に、10名の兎が膝をついて頭を下げる。


「顔をあげよ」


「はっ!」


 こちらをキッと見つめてくる。こちらも、礼には礼を返さねばならない。


「今の朕は、そなたたちに処罰も褒美も与えられない無力な存在だ。だが、いつか国に平安が戻った時、そなたたちの家族を食わせられる、農業政策の推進を約束する。この地域の治水工事が後回しになっているのは気に留めてはいたんだ。すまないな。口約束で⋯⋯」


「もったいなきお言葉! ははーっ!」


 全員が、土下座する。


「ポエット様。こちらをマサヒデ様がから預かっています」


 音楽記号のターンのような形をしたオブジェを手渡される。ララ研究所のロゴマークが入っている。音響魔法の最新アイテムか?


「なんだこれ?」


「ミラーコードです。響素の流れを反転させることができる装置」


 こんなものをなぜ? と、はたりと思索にふけると思い当たる節があった。これがあれば、たとえ、ノアの会によって響素の暴走で川を氾濫させられたとしても、もしかしたら、食い止めることができるかもしれない。これは、救国の兵器だ!



♪スナイパー(現在)♪


 うさぎ王国なんかに呼ばれちまった。なんでも、政変が起きてるらしいが俺の知ったことじゃない。こんな牧歌的な国にも争いはあるもんだな。


 おおかみ族の特有の耳を軽くたなびかせなら、獲物を待つ。なんでも、ポエットってやつが一騎当千で、平野の戦いを突破して、山地を今、走っているとかで、必ず通らなくてはいけないポイントがここらしくて待ち伏せをしている。


 俺様は999人を仕留めたプロだ。この仕事で1000人目というわけだ。記念日と言って良い。ケーキは家に発注してある。娘と愛妻が家で待っている。


 葉巻を口に咥えハードボイルドな感傷に浸り、ハットを被る。こういうのが、男の美学ってもんよ。


 澄み渡る青空。小鳥たちが飛び交う。青々と野草が茂る。


 平和だ。こんなところにそんなやばめのやつなんて来るもんかねえ。どんなやつでも仕留めるけど。


 何かが農道を走っている。なんだ? あれは? 遊園地の馬? 


 事前に聞いてはいたがアホすぎるだろ。まあいい⋯⋯。


 愛器のコントラファゴットを構える。どんなやつだろうと仕留められばいいのだ。息を吹き込もうとしたその時だ。


 敵がトランペットをこちらに向ける! くそっ! この距離で気づいただと? まるで竜族並の視力じゃないか!

 

 まあいい。考える前にShoot! はあ⋯⋯はあ⋯⋯どうだ。


 なに? 楽器のベルにパンダのぬいぐるみが挟まっている? くそっ! なめやがって!


 今度こそ仕留める! パンダを抜いたベルを再び、獲物の方に向ける。


 だが、次の瞬間、額に強い圧力を感じ、後ろに倒れる。


 ふっ。ここで俺は死ぬんだな。まあ、男の生き様ってやつよ。


 だが、ふらりと倒れて、しばらくして異変に気づく。俺、眉間撃ち抜かれてなくない?


 眉間にこびりついているもののが鉄の鉛ではないことに気づく。たんぽぽの綿毛だと!?


 野郎⋯⋯俺のハードボイルドな生き様を愚弄するつもりか!


 だが、やつはすでに走り去っていった。男の美学をもごもご鼻で嘲笑うかのように。

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