第31話 虎の尾を踏む兎達
♪ポエット(現在)♪
「マサヒデー!」
長年、王家に長く仕えてきた老臣が、息も絶え絶えになりながら駆け寄ってきた。背中の傷が痛々しい。
「ポエット様⋯⋯。良かった。ご無事で。お願いがあって参りました。王都を救ってください……」
マサヒデは語った。王都での企みを。兄ソネットの敗北をトリガーとして王都を水の底に鎮める計画を。
体の震えが止まらない。
「なんてひどいことを。国民あっての王家ではないか! こんなことはあってはならない! ご先祖様に申し訳が立たない! 愚かな佞臣たちめ! 国から追い払ってくれよう。そして、必要とあらば兄とて討つ!」
「ポエットくん……」
アダージョさんは潤んだ目で僕を見つめて僕の名前を呼んだ。ごめんね。とんだ争いに巻き込んでしまって。
「それにしても、ひどい傷だ。僕は医者じゃないからわからないが、このまま、放置したらおそらく死んでしまう。早く魔法救急車を⋯⋯」
「ポエット様、おやめください」
「しかし、爺や!」
「救急車を呼んだら官吏が飛んでくるでしょう。身元を話さないといけないかもしれません。官吏が我々に理解のある人物だったらいいですが、反乱軍の息がかかった者かもしれないし、ノアの会の手のものかもしれない」
爺やの言う通りだ。だが、僕の気がすまない。
「でも⋯⋯」
「爺さんの言うとおりだぜ」
「グロウル⋯⋯」
「王都の人口は何人だ? ひとりやふたりってことはないだろう。おそらく数百万のはずだ。命の数を天秤にかけるのは本来よくないかもしれないが、ここで、1人が犠牲になれば多くの命が救われる。理想を守るには、まず、現実を見つめないといけない」
「わ、わかっているさ」
ここでマサヒデを捨て石にしろというのか。理性ではわかっていても、心では受け付けない。
「私は反対だわ! 目の前の1人の命も守れなくて何が国民国家よ!」
心配そうに僕を見つめていたアダージョさんが口火を切る。
「世の中、綺麗事じゃできていないんだ! 生きるためには、清濁併せ呑まなきゃいけない!」
ふたりは睨み合っていたが、その2人の視線は、やがて、僕の方にやってくる。僕が決めろということらしい。
「僕は⋯⋯マサヒデを救いたい。お兄ちゃんと僕の絆を深めてくれた大事な臣下なんだ。捨てておけない」
「勝手にしろ」とグロウルはそっぽを向く。マサヒデは優しい目でこちらを見つめるが言葉は発しない。
ギターのアルペジオで、魔法救急車を呼んだ。マサヒデは運ばれていく。
付き添いを救急隊員に頼まれる。ここで不審がられては運ばれないので、3人ともついていく。
最寄りの街の病院に運ばれた。運のいいことに、王都に近い街だった。うまくショートカットできた。
マサヒデは一命をとりとめたようだ。それだけ確認すると、僕たちはこっそりと去ろうとした。
その時だった。
「すみません。あなたがたの身元についてお聞きしたいのですが」
官吏が2人僕たちの目の前に現れたのだ。
「我々はただの旅する吟遊詩人一座です。いにしえの英雄の伝説を各地の酒場で歌って、まわっていまして。ほら、リュートを奏でながら3人で合唱するのです。カレンダ・マヤを歌ってみせましょうか?」
そ、そんな曲しらない! グロウルのやつ。曲名まで言わなくていいのに!
でも、アダージョさんは知っているようで、ふたりで声を合わせて歌い始める。でも、ちょっとちぐはぐだな。ちょっと、さっき、意見を戦わせてケンカしたからかな。僕もあわてて、リュートでアドリブ伴奏する。知らない曲なりにそれっぽく聞こえる。
バラバラで決して美しい音楽とまではいかないが、とりあえず、アマチュア吟遊詩人であると信じるに足るくらいのクオリティにはなっていた。
「なるほど、確かに旅する吟遊詩人のようですね。我々が足止めしたのは、あなたがたがお尋ねものと同じ構成の3人組でして⋯⋯。あなたがたは、いぬ族、うさぎ族、竜族だとお見受けします。どのようなご関係で?」
びくっと耳が振るえてしまう。だが、グロウルは淡々と答える。
「ああ、俺とこの女は、夫婦デュオです。このうさぎ野郎は、ただの見習いの下人ですよ」
「変だな? 我々の情報だと、うさぎ族の男が高貴な出自のはず」
「へ、へい。ご主人様のおっしゃるとおりです。私は、しがない見習い。さっき、リュートの音を少し外してしまったのも、まだまだ未熟なせいでして」と合わせてみる。わざとらしく小者のように手をスリスリする。
だが、官吏の2人は怪訝そうな顔をする。すると、グロウルはこちらに何やらアイコンタクトをする。
「おい! さっきの山道で足が汚れてしまったではないか。このタオルで拭いてくれ!」
ええっ。さすがに調子に乗りすぎだろ。でも、ばれないためには合わせるしかない。
「す、すみません。ご主人様.奥様。今すぐお拭きいたします。ご容赦を!」
足をふきふき。本当に汚れてるな。長い旅をしてきたことを感じさせる。
「この子は、不器用だけどいい子なんですよ」とアダージョさんがすかさずフォローを入れる。
「こいつのどこがいい子なんだ! ただの気の利かねぇ世間知らずだ。なあ?」
グロウルが頭をぽんぽんと叩いてくる。こいつ。むかつくな。だが、忍耐だ。
「わかった。本当に旅の一座のようだ。見逃してやろう」
官吏の年長の方がそう言うと、釈放された。良かったあ。王都に向けて出発することにした。




