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第29話 痛快逆転!アレグロが復讐を果たす序章

♪モデュラート(現在)♪

 

 れんが造りの地下室にふたりいた。俺と管理官だ。蝋燭が赤々と辺りを照らし出している。


「心の準備はどうかね? ガーネットプリンスになる前の最後のコーヒーでもいっぱい飲むかね?」


「遠慮させてもらおう」


 ヘッドギアを目の前に差し出される。


「これを頭に装着すると、今までの人生の負の記憶が頭の中を駆け巡り、心は空っぽになり、やがて、闇堕ちする。そして、貴様は目の前の敵をひたすら、殺戮するだけのマシーンになるのだ。響素の消費量を極大化したエネルギーを得ることができる」


「そして、そのまま、兵士と共に突撃というわけか」


「そうだ。それが現実を生きるということだ」


 戦争が終わったら、俺は死んでしまうかもしれない。生き残れたとしても健康な余生は暮らせないだろう。だが、それでいい。時代の徒花として墓標に刻まれるのも悪くない。


 これも運命だ。ヘッドギアを頭に装着したその時だった。


「待ちな! その役割、俺にやらさせてもらおうか」


「アレグロ!」


 竜族の男が大胆にも入り口に現れた。不適な笑みを浮かべている。管理官は狼狽している。


「バカな! 警備兵に厳重に守らせたはずだ。一体、どうやって!?」


「俺様のトランペットにかかれば警備兵なんざ、目じゃないぜ」


「邪魔立てする気か!?」


「そういうわけだ。貴様ら時代遅れのロートルごときに反乱軍の理念乗っ取られてたまるかってんだ。次の時代を切り開くための反乱軍だろ? それなら、いっそのこと、俺の私怨のために乗っ取らせてもらう。この組織は今日から、反乱軍改め、アレグロの復讐を果たす会だ」


「無茶苦茶だ。こんなこと許されるわけがない!」


 管理官はつぶやく。本当に無茶苦茶だ。


「確かに許されないだろうな」


 アレグロはトランペットに息を吹き込むと、管理官に向けて吹く。


 すると、管理官は意識朦朧となる。


「貴様、ろくな死に方はせんぞ。地獄に堕ちろ……」


 膝から崩れ落ちた。直近の命には別状はなさそうだが昏睡状態だ。


「とっくに地獄に堕ちてるんだよ。そして、こうして這い上がってきた。そして、死の覚悟はできている」


 アレグロはキッと鋭い眼光をこちらに投げかける。


「な、なんだね」


「気が変わった。お前の代わりにガーネットプリンスとやらになってやろうじゃないか。反乱軍の兵士になってやる。そして、セルパンに尋問する」


「こ、こんな暴挙を働いた、お前を信用しろというのか?」


「俺がいなくても、この男に反乱軍の理念を乗っ取られてただろ? 感謝してもらわないとな」


「⋯⋯」


 うまく言い返せない。


「この赤い宝石がついたヘッドギアをつければいいのかな? 試させてもらうぜ」


「心を闇に落とす装置だぞ。心身を壊すような」


「ふん。上等だ。もともと、俺の人生なんて終わっていたようなもんだ」


 俺は蝋燭の火が消えようとしていたことに気が付かなかった。眼の前の男の鋭い眼光に気圧されるばかりだった。


「うぐぐく、ぎゃああああ! 過去を乗り越えてやる! 復讐するんだあ!」


 夜更けすぎ、アレグロの悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。ガーネットプリンスは相当な頭痛を伴う。


 普通の人間は途中でヘッドギアを外すのが通例だが、アレグロは耐え切った。恐ろしき執念だ。


 簡易ベッドに横たわった彼は大きないびきをかぎながら泥のように眠った。


 昼になった。私は高台にある作戦本部に出向いた。本当は朝の方が良かったが、アレグロの体調を気遣ってのことだ。


 警備兵が私とアレグロに敬礼をする。


「意外と統率の取れた軍隊じゃないか」


「さすがにこの辺りをうろついているのは、ほぼ私兵だからな。前線に送る部隊はここまで士気は高くない」


 軍用テントに入ると、このあたりの地形を模った模型にアレグロを案内する。


 指示棒で地形を指差す。


「このあたりは山地だ。2列で荒れた道を行軍するしかない。前線が伸び切っている以上兵站は重要だ。チモシーのような草型ラビットフードはかさばるから、なるべく固形のペレットにしないと。前線と街を分断されたないよう注意を払わないといけない。戦争はとにかく金がかかるものだ。斥候に調査させているが、敵軍が会戦を予定している平野に辿り着くまでしばらく時間がある。猶予があるとはいえ、油断は無用だ。斥候には、敵が高地から奇襲してこないか見回りを」


「なあ」と、アレグロが話をさえぎる。


「なんだね」


「細かい話はよく分からんのだが、とりあえず、二つ質問させてもらおう。まず、兵站ってのはなんだ?」


「食糧や軍用楽器、その他装備を運ぶ作戦だ。歴戦の叩き上げでもこれにはしばしば失敗する。異世界の歴史だとナポレオンのロシア遠征が、兵站をうまくやれなかった失敗例だな」


「斥候は?」


「先に戦地に赴き、調査をする兵士だ。敵の動き、罠がないか、待ち伏せ、どこから攻めてくるか、響素の流れ、戦争に必要な情報を報告してくれる」


「命がけじゃないか」


「戦争は全ての兵士が命がけだ」


「なあ、これって、大人数の運用を前提としているから、こんな大変なことになってるんだよな」


「そりゃ戦争だからな。どんなに独善的な独裁者であってもやらずに済むならやらんものさ」


「よく分からんが、俺一人だとダメなのか?」


「む?」


 よく分からないことを言い始める。


「異世界香港のカンフー映画みたことあるか? アメリカやイタリアの西部劇でもいい。日本のチャンバラ時代劇でも。シンプルで古典的なビデオゲーム、シューティングや横スクロールアクションでも」


「1人で片っ端からやっつけるというのか」


「そうだ。あ、いいこと考えた。異世界三国志の張飛って知ってるか、馬で駆け抜けて敵をばったばったと薙ぎ倒す巨漢。やっぱ、戦争は強いだけじゃなく機動力も大事だよな」


「呆れた」


 ここまで突き抜けられると、唖然とするしかない。


 アレグロは意に介せず亜空間から何かを取り出した。ウマのようだが、ぬいぐるみのような質感。コインを入れるような穴に100というアラビア数字が書いてある。


「異世界のテーマパークから乗り物を拝借した。やっぱ、本物の生き物を危険に晒すのはかわいそうだからな」


「そいつをトランペットで動かすつもりか?」


「いや、手が塞がったら、戦えないじゃないか。こんな時のために、足で鳴らすフットタンバリン買ったのよ。どう?」


「だ、ダサいっ!」


 命がけの戦いである以上、見栄えにこだわってはいられんがとにかくダサい! かっこ悪い! いい年した大人がすることではなーい!


「戦争なんてやつはしかめっつらしてかっこつけようとしたやつが口火を切るもんよ。これくらいカッコ悪いくらいがちょうどいい」


「しかし、アホなのにも限度があるだろう!」


「黒澤明の羅生門って知ってるか? 大きな戦争が終わって10年も経たないうちに作られた映画だ。西ドイツの橋って映画でもいい。西部戦線異常なしでもいい。作中に殺し合いは登場するが、カッコつけようとしたところで無様な逃げ腰同士の争いになる。殺し合いの惨めさを知っている連中の戦争観なんてそんなものだ」


「我らの理念を愚弄するのか」


「そんなハードボイルド映画の主役なんて気取るもんじゃないぜ。ガチの食糧難で資源確保の必要に迫られての戦争なら、同調はしないが気持ちはわかる。だが、そうでもないタイミングでカッコよく生きようとして戦争になるのは無様なもんだぜ。もっと、日曜ほんわか日常シットコムアニメのもじもじおじいさんみたいにゆるく生きればいいのよ。カフェインで目を血走らせてばかりいないでもっと寝ろ。そのナポレオンとかも寝ないから、勝てないとこまで戦線を拡大するんだろ」


「お前、歴史解釈雑すぎだろ。歴史家に笑われるわっ。いい加減にしろ! 好き勝手いいやがって! そんな唯我独尊だから、官僚機構から弾かれたんだろ! お前みたいな自由なインテリは、ガレージでベンチャー起業でもやってりゃキャリア狂わなかったんだよ! 仕事選び間違えやがって! このすっとこどっこい!」


 アレグロを睨みつけると、向こうも遠慮がちに苦笑いをする。


「わかった。わかったよ。怒るなよ。ちょっとは戦争の大義名分に協力してやればいいんでしょ。要するにポエットの姿をして戦場を駆け抜ける姿を見せるとプロパガンダ成功だろ? こっちも、一応は、元若手官僚なんだ。市民オンブズマン向けに意見交換会の資料とか作ってたんだ。ステークホルダーの利害調整は得意中の得意。な、それで、手打ちにしよう」


 この野郎。調子に乗りおってからに。


 だが、これでいい。泳がせておくのだ。ガーネットプリンスに対しては、パイプオルガンを使った魔法で洗脳するという手段がある。


 好きなようにさせておいて、ここぞと言うときに駒として殉死してもらうことにしよう。くっくっくっ。

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