第25話 ノアの会
♪セルパン(現在)♪
「ノアの会? 最近は、あまり、私もめっきり顔を出していないが、いったいなんの用事だろう」
うさぎ城の一室で、紅茶を飲んでいたところに、従者が来客を告げる。
空は澄み渡り、小鳥がさえずっている。嵐の前の静けさでなければいいが。
扉を開くと鉄の鎧を来た男がガチャガチャと音を立てながら入ってくる。
「久しぶりだね。セルパンくん」
「船長。ずいぶんと大掛かりなものを⋯⋯」
金持ちクラブ、ノアの会。そのリーダー格は船長と呼ばれている。異世界の神話のノアの方舟の逸話が組織の由来だからだ。一部の選ばれしエリートで組織されたヒーロー組織。悪の組織であるバベルの会と飽くなき闘争をやりあっている。
最初は、本当に、ウォーゲームやサバイバルゲームのように暇な金持ちの学生が、ノアとバベルの2つの陣営に別れて、オフの余暇を楽しむためのものだった。他愛もないものだった。
それが、いつしか、当時の学生たちが社会人となり、社会的地位を得るに従い、保守とリベラルを代表する血なまぐさい争いに取り変わっていった。
「うさぎ国は反乱軍に、ずいぶんと苦しめられいるようだな。協力してやろうかと言うわけだ」
「君の協力はいらない⋯⋯」
「ほほう? どういった風の吹き回しで?」
「私も若い頃は、君たちノア側で参加していたが、そのせいで、色々大事なものを失った。大人のごっこ遊びはもうたくさんだ。いい加減、選民ヒーローごっこを卒業しないか。我々は、善と悪の二元論を信じるには、あまりに年を取りすぎた」
その言葉を私が言い終わるか終わらないかのタイミングで剣先が私の鼻先に突きつけられる。
「残念だが、君は船から降りることはできない。一度、組織に深入りした以上は、毒喰らわば皿までだ。それに⋯⋯」
船長が背を向けたので、私は、脱力して尻込みしつつ聞き返す。
「それに?」
「バベルの会が反乱軍に肩入れしている。このまま、この国が滅びたら、バベルの会の息が掛かった勢力になる」
「お前も、この国をノアの会のものにしようとしている。私は、お前らの闘争にうんざりしているんだ。せっかく、この辺境の国で余生を暮らそうとしていたのに⋯⋯」
鏡にふと自分の顔が映る。普段、朝見る時より、やつれてシワだらけの印象だ。年は取りたくないな。
「これは、君のためでもあるんだ。君がかわいがっているソネット王、彼の血まみれの顔は見たくないだろう」
「ううう⋯⋯」
「そうだ。これを渡そう」
鎧に装着された赤い宝石を手渡す。ガーネット? まさか。
「こ、これは⋯⋯」
「ガーネットプリンス。ソネット王を覚醒させるのだ」
「それは、人間の心身を壊す禁呪のはず! 私の大事な王にそんな、とんでもないものは!」
「これは、王のためでもあるんだ。国が滅んで吊るされたら、元も子もないわけだろ? これは、現実を生き残るためだ。我々は神に選ばれし者なんだ」
「し、しかし⋯⋯」
脳裏にかつて、壊れてしまった歌姫の姿が浮かび上がる。私は、二度も同じ過ちを繰り返そうとしているのか。
♪モデュラート(現在)♪
アレグロの勧誘に失敗してしまった。王城に総攻撃を仕掛けたいが、頭数ベースのどんぶり勘定からみて、やや戦力が足りない。
城攻めは攻撃側の兵力は籠城側の3倍が鉄則。だが、今のところ2倍しか、確保できない。運が良ければ勝てるが、天に任せるのは心許ない。
訓練の練度は低いが、雑兵の割合を増やすか? だが、出自のわからない兵士の割合が増えると指揮系統が乱れる。
どうしたものか。
「大変そうだな」
地下の秘密司令部に、ツカツカと足音を鳴らして、タキシードの男が降りてくる。
「管理官か」
バベルの会の地方リーダーは元ネタの神話になぞらえて管理官と呼ばれる。
反乱への志願者を募ると、思想の純度が低い分子もまざってしまう。彼らのような金持ちクラブの連中が入り込む隙を作ってしまったとも言える。
「面白い情報を持ってきてやった。有力筋の情報によるとノアの会の連中がガーネットプリンスの技術をうさぎ王国に持ち込んでいるらしい」
「なんだって!?」
ガーネットプリンス。それは、人を生物兵器へと改造する技術。理性を失わせ、心を壊すのと引き換えに、一騎当千の響素エネルギーを得るという。
「君たちサイドもガーネットプリンス作らないかね。このままだと負けるよ?」
「魔法国際条約でそれの研究は禁止されていたはずだ」
「ルールなんてものは、下々の人間を統治するためのものだよ、きみ。我々は高みにのぼり神の叡智に近づく者。君たち、新エリートにならないかね。我々も年老いて、次の世代に精神的後継者候補を立てたかったところなのだよ」
「俺自身に生物兵器になれというのか」
ガーネットプリンスは、人間の深い絶望が、響素に影響を与え、エネルギーを極大化する技術。
確かに時代に絶望している私にはもってこいかもしれないが。
私は新古典学派の連中に辛酸を舐めさせられてきた。
その起死回生の策として、今、目前に突きつけられているのが、ガーネットプリンス。
これしか手はないのか? あまりに巡り合わせが皮肉すぎる。
ガーネットプリンスが気に食わないのは単に、兵器としての破壊力や人心を破壊することの道徳性だけではない。
そもそもの思想として、響素資源の消費量を極大化することにより、目下の豊かさをひたすら追い求める一つの微分方程式から生まれた。
今日さえ大きな花火が打ち上げられればいい。それを毎日繰り返すことにより、社会は均衡し、そして、栄えていく。そんな思想が内包された方程式だ。
これが多用されれば響素資源が枯渇し、次世代にツケを残すことになることは学会でも再三、指摘されている。
新古典楽派の傲慢さの象徴とも言える技術と言ってもいい。
こんなものに頼るとなると私の信条に反する。だが⋯⋯。
「黙ったりしてどうかしたのかね? このまま、負けてもうちとしては、大した損害じゃないんだ」
私は⋯⋯。






