第二節:死闘残滓 ―― 錯誤の墓標
泥にまみれた斜面を滑り降り、黒狼のもとにたどりつく。巨躯は力なく横たわっており、喉元深くには折れた長い十字槍が突き刺さっている。
相当ぬかるんだ地面を滑り落ちたためか、全身にまとっていた炎はわずかに残るのみで、毛はほとんど焼け落ちている。やはり炎に耐性はあっても、全く効かないというわけではなかったらしい。
すでに何度かもがいたのだろう。喉に突き刺さった槍の折れた側が、周囲の泥に半円を描く無数の跡を残している。そうこうしていると、荒い息の合間に前足を使って起き上がろうとする。だがすぐにその動きは中断される。
十字槍の長い枝が首に突き刺さっているせいで、起き上がる途中で槍の折れた先が地面にひっかかり、首を持ち上げるのを完全に阻害しているのだ。激突と滑落の衝撃で十字の横木自体は半ば粉砕されており、これ以上めり込むのを押しとどめる力はほとんど残っていない。下手に首を動かすと傷口がえぐれ、自重でより深く刺さっていく。
そして破壊された木製の十字のささくれが簡易的な返しとなって、より強固に喉の生肉をつかんでいる。それでもなお、横に倒れたまま槍を取ろうと身をよじろぎ、激しくもがいている。
しかし全く意味がないどころか、あがけばあがくほど槍による傷は広がっていく。喉の隙間からヒューヒューと掠れた空気の漏れる音が響き、肺腑から押し出された血の泡が破裂する。あまりにも無残な光景に、つい目を背けてしまう。すでに息も絶え絶えであり、このまま放置すれば助からない。
あらためて状態を確認するが、地面に広がる血痕はほぼ全身に広がっている。泥水と混ざり合って黒ずんだ濁流を作り、血だまりとまでは言えないが、まさに血の中に横たわっているという表現がふさわしい。ここに来るまでにその量が出血したのだとすれば、あと五分もしないうちに出血多量で死ぬのではないだろうか。
出血のせいか、痛みのせいか、それとも行動の無意味さを悟ったのか。やがて黒狼はもがくのやめ、こちらをじっと見つめてくる。濁った瞳の奥に、かつて森で向けられた憎悪の光は宿っていない。獲物を見る目でもない。
弱々しく濡れたその視線と合致した瞬間、これからやろうとしている損耗分の回収を考えると、つい目を逸らしたくなってしまう。目を逸らしたその時、ふと周囲の状況に意識が向く。
回収作業において懸念するべきことが二つあるのだ。
一つは、戦闘開始直前に北西にいたであろうゴブリンである。だが戦闘中に横槍が入らなかったこと、戦闘開始後もその方角の草むらが一切動かなかったことから、この付近にはもういないのだろう。激しい炎と戦闘の轟音に怯えて真っ先に逃げたのか、ただの見間違いだったのか。もとより姿を肉眼で捉えたわけではなく、草の揺れ方でそう判断しただけである。見間違いの可能性も高い。
もう一つは、他の獣がこの濃厚な血の匂いに誘われる可能性である。だがここに歩いてくる間も草むらは風以外で揺れることはなかったし、鳥の声、動物の鳴き声も一切聞こえていない。肉食・草食問わずこの付近に動物はいないのだろう。それにこの異常な湿度だ。重く湿った大気の中では、血の匂いが周囲に拡散されるには相当時間はかかるはずだ。
したがって多少の懸念はあるが、現状リスクは極めて低い。回収する時間は十分にあるだろう。
下手に回収を焦って近づけば、残った最後の力を使って太い前足の爪で切り裂いてくる可能性がある。あの質量だ。軽く手を振られただけで致命傷になる。最善は、このまま息絶えるのを距離を保って待つことである。
そのうえでこの戦いの損耗分を回収する。毛皮を剥ぎ、肉を削ぎ、骨を道具にする。それだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ただ立って待っていればいい。そう決めたはずだ。だが足は自然と黒狼の方に向かう。いったい自分は何をしているのだろうか。泥を踏みしめて黒狼の鼻先へと歩み寄っている。
まったくもって正気の沙汰ではない。理解できない。非合理的である。どう考えてもやる必要のないことをしようとしている。しいて言えば先ほどのわずかな懸念点があるから、息の根を止めて早急に処理しようということか。
それならわかる。いや分からない。懸念はほとんど考える必要が無いと判断したはずだ。瀕死の猛獣の間合いに身を晒すなどという莫大なリスクを負ってまでやるべきことではない。まるで意味のない行為で、リスクに対してリターンがゼロの行為だ。
だが、このまま黙って苦しむ姿を見ていることはできない。あまりに哀れな様子を見かねたためか。結果的ではあるが、ゴブリンに発見された窮地を救ってくれた黒狼に恩を感じたためか。何かを懇願するような視線を向けられたためか。
それとも世界の贄になるという予言を受け追いつめられた自分自身の境遇を重ねたのか。昔、実家で飼っていた老犬が息を引き取ったときのことを思い出したためか。
いや、どれも正しく理由なのだ。
目の前の黒狼はもはや助からないし、今後も脅威となる可能性がある以上、助ける理由は全くない。だとしても、無為に長く苦しむ必要はない。せめて命を奪い合った者として介錯するべきだろう。
喉を塞ぎ続ける異物を抜き去り、失血を早めて一気に苦痛を終わらせてやる。黒狼の頭部へゆっくりと近づくと、荒い呼気とともに獣の生臭い熱風が頬を撫でる。
警戒しながら折れた十字槍の柄を両手で固くつかむ。苦しみが続かないよう全身の体重をかけて一気に引き抜く。肉を裂き骨を削る生々しい振動が掌に伝わり、傷口から温かい大量の血が泥の上へと勢いよく流れ出る。
これで終わりか。だが、抜いた直後、黒狼の全身が爆発音とともに激しい炎に包まれる。あまりの熱量と轟音に、一瞬何が起こったのかと咄嗟に槍を握り締めたまま後方へ飛び退いて身構える。
紅蓮の火柱が吹き荒れ、黒狼の全身を包み込んでいく。だが瞬時に気づく。
「ふはははは!」
思わず乾いた笑いが口から漏れる。この誇り高い獣は、死して尊厳を汚されるのを良しとせず、自ら命を絶つ道を選んだのだ。
これほどの力が残っていれば、近づいた自分を道連れに簡単に殺すこともできただろう。その最後の力を自らを害した敵に向けず、自らの誇りを守るために放ったのだ。
対して自分はどうだ。これほど礼節あるいは誇りを持った相手に対して、死ぬのを待って肉の一片に至るまで解体しようとしていたのだ。畜生にも劣るとはこのことである。サバイバルなら命に感謝しろというのか。そんなものクソくらえだ。
家畜やただの野生動物を殺して食べるのとはわけが違う。確かに見た目は獣である。だが間違いなく高度な知性のある生命体で、正に武人であった。
相手にとって自分は「敵」である。死してなお、肉は「敵」の栄養となり、骨は同胞を狩るかもしれない武器やツールとして利用され、皮膚は「敵」を守る鎧として利用される。まさに魂の尊厳を踏みにじる行為だろう。
もし自分がゴブリンにそれをされたらどうか。完全に想像の話になるが、例えば自分の肉はミンチにされて家畜のエサにされ、自分の骨は使い捨ての武器や家具に使われ、自分から剥がされた皮膚が洞窟の絨毯にされたらどうなのか。そんな無残な末路を辿って、死した魂や思いはどこに向かえばよいのか。
程度の違いはあれど、自分も同じことをしようとしていた。いやもっとひどいかもしれない。死して敵から感謝されるなど、知性ある死者からすれば煽り以外の何物でもない。おぞましい解体をしようとしていた自らを恥じる。もう迷わない。
(生きるためとはいえ手段は選ぶべきだ)
そもそもだ。生きるためとはいえ、なぜ自分を曲げなければならんのだ。まるであの声に屈服したみたいではないか。そんな生き方ができるなら会社など辞めていない。理不尽を押し付けられて自らの在り方を曲げるなど絶対に間違っている。
仮に自分の意地を貫いてそれで死んだとしても、後悔はしない。いや、嘘だ。死ぬのは怖い。だが虚勢を張れるうちは最後まで頑張る。今そう決めた。
ふと、手元の血に塗れた十字槍を見る。折れて1メートルほどになったとはいえ、先端の鋭さは健在でまだ武器として使えるだろう。だが、折れた柄の部分を両手で持ち、ぬかるんだ地面に深く突き刺す。これは戦った獣への墓標であり、自分自身の覚悟の決意である。
(このまま焼けて何も残らないのならせめて……いや、ただの自己満足だな)
そして未だ激しく燃えつつある黒狼を横目に、背を向けてこの場を静かに去る。最後に業火の中で揺らめいた黒狼の目は、なんとなく感謝をしている気がした。




