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第二節:野工創具【中】 ―― 原始利器の作成

 朝日が昇り、森が明るくなる。幹に刻んだ日時計の基準を再確認しつつ、朝日が差した時点での影の位置も、新たな傷をつけて記録しておく。日の入りの傷の位置と照らし合わせると、太陽が再びあの位置を指すまであと半日のようだ。


(まずは朝の確認完了だな)


 結局、夜の間は風の音を除けば静寂が支配しており、視界が晴れてから開始した槍削りの作業音以外、何もない。今もなお、鳥のさえずりも、虫の羽音すら一つ聞こえない。ならば、あの未知の脅威である『黒い泥』が、まだ近くに潜んでいるのかもしれない。


(不気味だけど、逆に考えれば今は安全かもしれないな)


 あの泥に気づかれたとして、この高さまでは追ってこれない。それは昨日の戦闘から明らかである。近くに小鬼や獣などの敵がいないこの状況は、音を出して作業するには好都合である。


(この先、長距離を移動するにせよ断崖を越えるにせよ、食料や水、道具を持ち運ぶための『かばん』は絶対に必要だ。さっそく、夜の間に計画していたことを実行するか)


 石の尖った部分を太い枝の根元に押し当てて、さらに大きな石でハンマーのように殴りつける。深い切れ込みを入れたところに体重をかけ、強引に枝をへし折る。集めた太めの木の枝は、足場にしている太い枝の上に並べていく。


「よし、材料はこんなものかな」


 一通り集め終えたら、夜中に作った紐を使って、梯子状のフレームを作り始める。紐を枝の交点にX字に巻きつけ、仕上げとして枝と枝の間にロープを巻きつけてギリギリと締め上げる。繊維に滲む樹液が天然の接着剤となり、乾燥するにつれてロープはガチガチに固まっていく。


(思ったよりしっかり固まるな。これならいけるぞ)


 そして、夜中に作りかけていたバッグ部分を取り出すと、梯子状のフレームに固定しつつ、網目を作って仕上げていく。枠組みがあることで特定の場所に重量が偏らず、破れにくくなるはずだ。最後に、四つ編みで作った頑丈な肩紐を木のフレームに取り付ければ、即席のバックパックの完成である。


「背負ってみるか」


 試しに背負ってみるが、思ったより頑丈である。わりと重いものを入れても大丈夫そうだ。肩紐が食い込む感覚も、背中に当たる木枠の硬さもまるで感じないのは不気味だが、今は大して気にならない。


(痛覚がないのが、こんなところで役に立つとはな)


 しかし、ネット部分を構成するロープの太さにはばらつきがある。試しに最も細い部分を引っ張ってみるが、ちぎれる様子はないものの、不安ではある。細い部分に負荷がいかないよう、荷物を入れる位置には気をつける必要があるだろう。


 また、バッグの網目については、下の方はがっちりと五センチ角の菱形となっているが、上の方は腕が入るくらいスカスカの菱形となっている。


(ま、まぁ今日はそんなに入れる荷物はないわけで……)


 そう、いざ網を編んでいくと紐の長さが足りなくなり、木枠に縛り付ける分がなくなってしまったのだ。一応、余っている紐はあるにはある。だが、これはこの後「別に作る道具」のために残しておく必要があり、バッグの延長には使えない。


(もうすこし小さく作るべきだったか)


 急遽、網をほどいたうえで網目を大きくして、木枠に固定する分の長さを確保したのだが、そのせいか木枠への固定がやや甘い。とはいえ、底面はしっかり作っているため、地上に生えている大きな葉っぱを敷き詰めれば、最低限の荷物は入れられるだろう。


(ないよりはマシだ。これでよしとしよう)




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 完成したバックパックを背中に背負いつつ、余った太い枝を手元に持ってくる。太い枝を格子状に組み、交差する節目を、『別に使う予定』として残しておいた頑丈なロープで隙間なく縛り上げる。その格子の表面へ、昨日剥いでおいた手のひら大の分厚い樹皮を、並べていく。固定には、手早く裂いたツタの簡易紐を使う。


 仕上げに、裏面の中央へ太いロープで腕を通す輪と、手で握り込むためのグリップをくくりつける。縦横五十センチ程度の小さな盾(バックラー)の完成である。


(向こう側がはっきりと見えるくらい雑な作りだけど、ないよりはマシだな)


 問題は、この隙間だらけの盾で、あの化け物どもの攻撃をどれだけ防げるのか、という話だ。あのゴブリンたちは、棍棒で狼の頭蓋骨を軽く粉砕し、黒狼を怯ませ、分厚い毛皮と筋肉に突き立つほどの矢勢を放つ。一方の黒狼は、対象の空間を唐突に発火させ、突撃でゴブリンを彼方まで吹き飛ばし、一撃で首を噛み千切る恐るべき牙を持つ。


(まともに食らえば一瞬でミンチになるな……)


 コルク質の分厚い樹皮はかなりの衝撃を吸収するはずだ。不意打ちされたときに、致命傷を負わないくらいの防御は可能だろう。とはいえ、直接攻撃を受ければ耐えられるのは一撃か、よくて二撃か。そういう意味では、物理的な防御力はおそらく気休め程度と言わざるを得ない。


 だが、ここにあの大きなシダや植物の葉をかぶせたらどうだろうか。地上へ降り立った後、周りの大きなシダや植物の葉を分厚くかぶせれば、移動中において相当なカモフラージュ効果が得られるだろう。背中のバックパックにもかぶせれば、遠目から発見される可能性はかなり低くなるに違いない。


 もっとも、相手は鼻の利く狼だ。自身の嗅覚が完全に死んでいる以上、地上に降りたら泥を身体に塗るなどして匂いを消す対策も別途必要になる。


(泥だらけになるのは嫌だけど、背に腹は代えられないか)


 つまりこの盾は物理的な防御というよりは、カモフラージュが主目的である。そして同時にこの盾は、黒狼のあの『発火攻撃』に対する答えでもあるのだ。これまでの観察から、あの発火能力は視界に捉えた対象の周囲を燃焼させる効果がある。だが、どこまで正確に発火位置を指定できるのだろうか。


(もしピンポイントで指定できるなら、わざわざ全身を発火させる意味がない)


 たとえば眼だけ焼いて失明させる、あるいはゲラゲラと笑うゴブリンの口の中や鼻の付近に火力を集中して焼いて窒息させる、といった効率的な殺し方ができるはずだ。それがなかったということは、おそらく発火の位置は大まかにしか指定できないのではないだろうか。


 一見隙間だらけのこの盾も、上からシダをかぶせれば、遠目から見れば完全に視線を遮る壁になるだろう。敵からの直接的な発火攻撃のターゲット指定を防ぎつつ、こちらはシダのスリット越しに相手を見ることができる。仮にバックラー表面が燃やされても、シダに含まれる多量の水分が延焼を阻止してくれるはずだ。さらに、盾でこちらの次の動きを隠し、敵に予測させないことで、攻撃を避けたり、こちらの攻撃を通せる可能性が上がるかもしれない。


(机上の空論かもしれないけど、やれることは全部やるしかない)


 逆に、攻撃手段となる武器はどうだろうか。夜が明けて視界が確保できてから削り進めた槍を見てみる。先端はそれなりに鋭利に仕上がっている。さらに、樹皮を剥いだときに出た粘り気のある樹脂を槍の先端に塗布し、乾燥させて貫通力を底上げしている。持ってきた二メートルの木の棒はかなりの硬度だ。自分が全力を出しても、そう簡単に折れることはないだろう。


 だが、あれらの化け物に対して、素人が全力を出して突き刺したところで、決定的な致命傷になるとは思えない。ゴブリンならあの皮膚の頑丈さと体の軽さで、後ろに回避され、まったく傷がつかないのではないか。狼なら多少は傷が入る気はするが、その前に素早い動きを捉えて当てられるのかという根源的な問題がある。


(仮にそれを乗り越えて突き刺せたところで、痛みなど構わずこちらへ襲いかかってくるだけだろうな。――そう、この槍はそもそも攻撃を目的にしていない)


 表面は摩擦がないよう滑らかに削り、穂先の反対側は石突として、深さ三から五センチほどの縦のスリットを作り、そこに平たい小石を挟み込んで細紐で巻きつけ、硬く強化している。通常は登るための杖や、断崖を降りるときの補助道具として活用しつつ、戦闘時はあくまで相手の動きを牽制するのに使用するのだ。


 仮に武器として使う場合はどうだろうか。ゴブリンくらいなら、飛びかかろうとしてきたところに突き出せば、体格差と体重差を利用して近づかせないことくらいはできるのではないだろうか。黒狼については、いざという時に投げ槍として使うくらいしか思いつかない。


 いずれにせよ牽制が限界。それだけで敵を退散させることは難しく、長引けばジリ貧となる。決定打となる武器を用意できなければ打開は難しいだろう。だが、そんな高性能な武器をこの森の素材で作ることができるのだろうか。


「……前途多難だな」


 絶望的な状況に、まだため息の在庫は尽きないようである。



明日の更新は19-20時を予定しています。

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