第二節:盤面精査 ―― 手持ちの確認と物資の調達
サバイバルで重要なのは、言うまでもなく水と食料である。
幸いにも今は腹も減っていないし、喉も渇いていない。だが、肌の感覚や痛覚が非常に鈍くなっている現状を踏まえると、自分自身の「空腹感」や「口渇感」を正常に感じ取れるのかは怪しい。
(この体の状態じゃ、自分の感覚を信用するのは危険すぎるな)
バカでかい植物の葉っぱ、シダ植物、そして天を覆う巨大な樹冠。まわりの植生はどう考えても熱帯雨林のものであり、気温も湿度もものすごく高いはずなのだが、長袖姿でも汗一つかかない自分の体。比較的薄手の生地とはいえパーカーを着ているのに、これはおかしい。
むせ返るような大森林にいるはずなのに、まったく草木の匂いを感じない鼻。試しに腕をまくって、先ほど拾った鋭い石で皮膚を少し引っかいてみるが、痛みはおろか、触れているというまともな感覚すら生じない。
(気がついたら倒れていた、なんていう笑えない事態になりかねないな)
熱中症といった生命の危機すら正常に感知できるか、かなり疑わしい。したがって今すぐにでも水分を補給する必要がある。だが、水に関してはこの場で何とかなるだろう。見るからに湿度が高いこの環境なら、何かしらこの場で水分を補給する方法があるはずだ。木の上から、手の届く範囲を見渡してみる。
たとえば、すぐ近くの枝に絡みついている腕の太さほどあるツル。いかにもたっぷりと水が詰まっていそうである。試しに、日時計の目印を刻むのに使った鋭い石でそのツルに切り込みを入れ、さらに一メートルほど下の部分もガリガリと削り切ってみる。
しばらくすると、上の切断面から透明な液体がポタポタと滴り落ちてくる。かなりの量の水分だ。滴り落ちる液体を片手ですくうと、一分ほどで手から水があふれ、数分でピタリと止まる。おおむね小さいコップ半分くらいの量だろうか。落ちてきた水は限りなく透明である。試しに鼻を近づけて匂いを嗅いでみるが、やはり嗅覚が死んでいるせいで何もわからない。
(しばらく様子を見て、手のひらが炎症などを起こしていなければ飲料にするか)
あるいは、今座っているこの大木そのものも水源になり得る。巨大な樹冠へ向けて大量の水を吸い上げていることを考えれば、幹の内部にかなり水を溜め込んでいてもおかしくないだろう。もしツルの水が有毒で駄目だった場合は、幹を傷つけて安全な樹液や水分を得られないか、後で試してみることにしよう。
「次は食料の問題だけど、これは後回しでいいな」
水は摂取しないと数日で死ぬとどこかで耳にしたことがあるが、食料は一週間くらいなら水だけで十分耐えられるはずだ。この熱帯雨林のような環境である。予言の期間が過ぎてから木を降りて少し探索すれば、何かしら食べられる植物が自生している可能性は高そうだ。見つからなくとも、最悪は虫を焼いて食べれば何とかなるだろう。獣の狩猟は素人にはさすがに無理だが、川を見つけて魚を捕るなどの算段は立つ。
いずれにしても、予言を回避するために丸一日は樹上に引きこもると決めた今の時点で、食料問題はすぐに解決できる問題ではない。そう割り切り、次の準備に移る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは所持品を確認する
着の身着のままここにいるので、手持ちのアイテムとしてはスマホ、財布、それから家と自転車のキーくらいしかない。財布の中身はクレジットカードと、いざという時の支払いのために多少多めに入れているお札と硬貨である。
あとは、木の上へ登る直前に拾った二メートルの細く硬い木の棒と、握りこぶし大の丸石、それに多少拾っておいた小石だけだ。
(生き残るための道具としては、あまりにも心もとないな)
とりあえず両手を空けるため、木の棒を枝と葉っぱの間に挟み込むようにして寝かせ、まわりの利用できる資源を調べる。先ほど切断したツルが真っ先に目に入る。断面からはすでに水が枯れているようだ。中には硬い芯が入っているため、無理に曲げようとすると折れてしまう。
(このままロープとして使うのは無理そうだな……)
だが、表面の繊維だけを剥いで爪を立てて裂いていくと、途中で切れることなく繊維を取ることができる。これらを編み込めば紐を作ることはできそうである。ただ、強度の面ではやや不安が残る。
(もう少し丈夫な材料があればいいんだけどな)
上の方から垂れ下がっている葉っぱに視線を移す。葉は手のひらの半分ほどのサイズである。厚みは地球の一般的な植物とは異なり明らかに分厚く、表面はプラスチックのように硬くつるつるとコーティングされている。少し折り曲げただけでパキリと割れてしまうため、加工して使うのは不可能だろう。
(さすがに、これは使い道がなさそうだな)
一方、枝の方はかなり頑丈である。試しに折ってみるが、小指の太さであれば何とかなるものの、親指ほどの太さの枝になると腕の力だけでは到底折れない。
(この頑丈な枝と、さっきの繊維を組み合わせれば道具になりそうだな)
続いて幹の方に目を向ける。表皮はワニ革のような見た目をしており、表面を強くなぞるとボロボロと剥がれてくるコルクのような質感がある。平らな小石を表面の溝に押し当て、こぶし大の石をハンマーの要領で打ち込む。そして、てこの原理でこじ開けて剥がす。
表皮がボロボロと剥がれる。大きくきれいに取れた部分は器などに使えそうなので、裏返して枝と葉っぱの上に乗せておく。そうして横十センチ、縦百センチほどの範囲の表皮を削り取る。むき出しになった白い内皮は繊維質である。
鋭い石で縦に傷をつけたうえで、試しに爪でつまんで下へ引っ張ってみるが、十センチほどですぐにちぎれてしまう。これをよじれば何とか紐を作れるだろうか。だが、一本一本細かく剥いていくのはあまりに手間だ。
(なんとか一気に剥ける方法はないか……)
そこで、幹の内皮に幅三センチほどの横の切れ目を入れ、シールめくりの要領で端を少しずつめくっていく。そうして浮いた内皮の端を両手でしっかりと掴む。体重をかけて一気に真下へ引くと、湿った生木が裂ける音とともに、百センチほどの分厚く平たい帯がベリベリと長く剥がれ落ちる。
(よし、うまくいったぞ)
試しに、今度は爪を立てて縦に細かく裂いていく。水分を含んだ内皮は、驚くほど素直に細い糸状の束へと分かれていく。
「これで紐やロープは作れそうかな」
帯には強い粘りと湿り気がある。この粘りは樹脂だろうか。なんとなく、接着剤の感触にも似ている。乾いたらどうなるのか、確認する必要がある。
(もし接着剤として使えるなら、かなり役立つはずだ)
一通り作業を終え、時間を置いて先ほどツルから採取した水をつけておいた皮膚表面を見る。赤く変色したり、皮膚が溶けたりといった異常は出ていないようだ。問題ないと判断し、近くの新たなツルを切り取り、滴り落ちる水を直接口に含む。
やはり味覚を感じないどころか、口の中に何かが入っている感覚すらしない。歯医者で強烈な麻酔をかけられたときを思い出す。仮に水に毒があっても、倒れる直前まで気がつかないかもしれない。
「まぁ、賭けだな」
どうせ内科的な症状は感知できないのだ。これ以上、時間経過を待つ必要もあるまい。思い切って水を飲み込む。
(死にはしないだろうけど、気持ちのいいもんじゃないな)
喉仏が動いたことだけは外から手で触れてわかるが、胃に水が落ちていく感覚は一切ない。水を飲んだというより、水を虚空に流し込んだという表現の方が近い。
「これ、ちゃんと治るのか?」
今は悩んでいても仕方がない。思考を切り替え、道具作りを始めるのであった。




