姉の位置
俺は、廊下の中ほどから、鉄の扉の方角へ向き直った。
レナの視線が、俺の動きを追う。
ダリオは、廊下の鉄の扉の手前の位置で立ったまま。視線は、廊下の奥の搬入口の方角に向いていた。
* * *
鉄の扉の取っ手に、手をかけた。
扉の重さが、指の腹に伝わる。
扉が、開いた。部屋の中の空気が、廊下に流れ出る。
空気の重さは、机の縁の高さで止まったままだった。
装置の音は、鳴らない。
* * *
俺が部屋に入る。レナが続いた。
ハルトの背中の輪郭は、装置の制御部の形と一体のままだった。肩は戻らない。指は、針受けの内側で動かない。
姉さんが、部屋の隅の寝台で、眠っていた。毛布の位置は、半寸、寝台の脇に滑った位置のまま。
* * *
俺は、姉さんの寝台の前まで歩いた。
靴音は、低い。
レナが、寝台の脇に立つ。俺より、半歩、後ろの位置だった。
俺は、寝台の足元の方に立った。姉さんの頭の方角は、視線から外した。
* * *
姉さんの呼吸の音が、聞こえる。
浅く切れていた息が、今は少し長い。
胸の上の毛布が、ゆっくり上下する。
俺の息は、その間隔に半拍ずれて続いた。
* * *
俺は、姉さんの手首に、指を当てた。
脈が、指の腹の下に、伝わる。
体温は、家にいた頃と大きく違わなかった。指先の冷えだけが、自分の方に残る。
髪の手触りも、家にいた頃と同じだった。柔らかさだけが、指の腹に残る。
俺は、姉さんの体を動かさない。連れ出す動作には、入らなかった。
* * *
俺の視線が、姉さんの手の位置へ下りた。
毛布の縁から、紙の縁が、半寸、覗いている。
姉さんの指が、紙の縁を、軽く握っていた。
紙の縁の厚みは、ある夜、自宅の戸口に置かれていた紙と、同じくらい。
だが、縁の擦れ方が、違う。
文字は、見えなかった。毛布の影と、姉さんの指の影が、紙の表面を半分隠していた。
紙の縁の繊維が、毛布の織り目に、軽く引っ掛かっていた。
俺は、紙を取り出さない。
* * *
レナが、寝台の脇から、毛布の縁の動いた位置に、片手を置いた。
手の重みは、毛布の上で、ほとんど沈まない。
レナの指が、毛布の縁の上で、一度だけ、紙の縁の方角を確かめた。
レナの視線が、姉さんの顔の方角に、一度、向く。
それから、俺の方角に、視線が戻った。
レナは、声をかけない。
* * *
俺は、姉さんの手首から、指を離した。
寝台の縁に置いた手も、引いた。
姉さんの体を抱える動作には、入らない。
俺の位置は、寝台の足元のまま。
姉さんの頭の位置から、距離は変わらなかった。
* * *
姉さんの呼吸が、一拍、止まった気がした。
姉さんの瞼が、一瞬、上がった。
瞼の縁が、寝台の天井の方角に向いたように見えた。
それから、瞼が、また閉じた。
開いていたのは、一拍だった。
瞼の動きの間に、視線の方向は、判らない。
* * *
姉さんの手の中の紙の縁が、毛布の縁から、半寸、覗いていた。
姉さんの指は、紙の縁を、軽く握ったまま。
毛布の上下は、さっきと同じ速さで続いていた。
俺は、寝台の足元に立っていた。
レナの手は、毛布の縁の動いた位置に、置かれたまま。
部屋の中の空気は、机の縁の高さで、重く止まっていた。
装置の音は、鳴らない。
廊下の奥のダリオの足音は、聞こえなかった。




