表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/35

外套の縁

 毛布の縁に置かれていたレナの手が、一度、離れた。


 姉さんの瞼は、閉じたまま。寝台の縁の毛布の位置は、もう動かなかった。


 俺は、ハルトの隣を離れた。背中の輪郭と装置の制御部の形の境目には、手も視線も置かなかった。


 視線を、廊下の方角へ移す。


* * *


 二人で、部屋の出口へ歩いた。


 部屋の中の音は、もう鳴らない。


 鉄の扉の手前で、一度だけ振り返った。部屋の中の物理は、止まっていた位置のままだった。


 鉄の扉が、閉まる。扉の重さで、空気が一段、押されたように感じた。


* * *


 廊下の空気は、部屋より、一段、冷たい。


 湿気と古い金属の匂いの中に、足音が落ちた。


 ダリオが、廊下の鉄の扉の手前で立っていた。外套は、脱がない。壁にも、まだもたれない。視線は、廊下の奥の搬入口の方角に向いていた。


 三人が、廊下に立った。声は、誰も出さない。合図もない。


* * *


 搬入口の方角の廊下の奥から、人影が一つ、現れた。


 黒い外套の裾が、長い。腰のあたりまで届く丈。街の冒険者の外套でも、管理局の制服の外套でもない裁ち方だった。


 ある夜に見た外套と、裾の長さだけが同じだった。


 だが、足の運びが違う。歩幅が広い。一定。壁にもたれず、廊下の中ほどで、止まった。


 顔は、外套の縁の影で見えない。


* * *


 裾の縁が、一段、擦れている。糸が短く起き、布の毛羽が朝の光を薄く返した。


 腕の位置は、外套の前で重なる。


 だが、肩の角度が、違った。一段、低い。ある夜の人物の肩の角度ではない。


 搬入口の方角の階段の上の朝の光だけが、廊下の奥に、薄く落ちている。


* * *


 レナが、外套の内側に片手を入れた。武器を抜く動作には、入らない。


 ダリオが、半歩、廊下の壁際に動いた。俺と人物の間には、立たない。少し外れた位置で、視線だけを向けていた。


 俺は、廊下の中ほどに立ったまま。


 人物との距離は、数歩。


* * *


 人物が、外套の内側に片手を入れた。


 手の動きは、速くない。指の腹で、紙の縁を一度だけ確かめてから、外套の外側に取り出した。


 人物が、俺の方へ、半歩、近づいた。距離は、まだ数歩、残っている。


 人物が、片手を伸ばした。紙の縁が、俺の胸の位置に向く。


 紙が、俺の手の届く距離で、止まった。


* * *


 俺は、片手を上げた。


 指の腹が、紙の縁に触れた。


 紙の縁は、薄い。湿気の跡はない。一晩、屋内に置かれていた紙の触感だった。


 俺は、紙を受け取った。声はかけない。うなずきも返さない。


 人物の視線が、俺の方を一度だけ通った気がした。だが、外套の縁の影の奥で、目の輪郭は、確認できない。


* * *


 紙の表面に、文字が薄く書かれていた。


 数字の並びがある。


 筆運びの傾きは、姉さんの手のものではなかった。ハルトの紙の癖でもない。


 別の手の癖だった。


 数字の切れ目だけが、胸の内ポケットのどの紙とも違っていた。


 母さんの名の箱の蓋を開けた、あの一枚の数字の並びだけが、そこで噛み合った。


* * *


 人物が、廊下の搬入口の方角へ、踵を返す。


 足音が、廊下の壁の角度に吸われていく。反響しない。


 一歩、二歩、三歩で、姿は廊下の角の向こうに消えた。


 ある夜、街路で一度だけ姿を見せた人物の消え方の物理と、似ているように思えた。


 だが、ある朝、街路の別の角に姿を見せた人物の足音の消え方とは、違っていた。


* * *


 廊下に、三人が、立っている。


 俺は、受け取った紙を、胸の内ポケットの一番上に滑り込ませた。


 胸の中で、紙の重なりが、一段、増した。


 装置の音は、鳴らない。


 部屋の中の静寂は、扉の内側に止まったまま。


 搬入口の方角の階段の上から、朝の光が、廊下の床に、薄く落ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ