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戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


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32/35

内側で潰す

 街の縁の方角の建物の前に、三人で立った。


 壁は低い屋根の下まで続いていた。鉄の荷印が、雪に半分埋もれていた跡を残して、壁の表面にあった。雪はもう消えている。朝の光が、壁の表面に、低い角度で当たっていた。


 地中から建物の壁を伝う音は、まだ揺れていた。


* * *


 搬入口の木の扉を、押した。


 扉の奥に、十二段の石階段が下りていた。


 階段の石は、片側だけ、湿っているように見えた。


 階段を下りる足音が、湿気と古い金属の匂いの中に落ちる。廊下が長く伸びていた。壁の表面は、冷たい。


 廊下の奥に、鉄の重い扉があった。


* * *


 ダリオが、廊下の鉄の扉の手前で足を止めた。


 外套の襟を、一度だけ直す。


「ここで待つ」


 俺とレナが、鉄の扉に進んだ。


 ダリオは外套を脱がない。壁にもたれない。立ったまま、廊下の奥に視線を向けていた。


* * *


 鉄の扉が開いた。中の空気が、外に流れる。部屋の中の空気は、廊下より、一段、冷たかった。


 部屋の中央に、装置の制御部があった。金属の卓のような形をしていた。日付盤、名簿、起動窓、側面盤面の歯車が、その上に並ぶ。


 装置の歯車の音が、部屋の中で、大きく響いていた。一定だった周期が、揺れている。早い一拍のあとに空いた間が、次の一拍でも消えない。


 ハルトが、いた。


 部屋の中央、装置の制御部の前。背中の輪郭は、ある朝の事務所の机の前に立っていたときの輪郭と、同じだった。指は針受けに押し当てられていた。肩の高さは、変わっていない。


 姉さんが、部屋の隅の寝台で、眠っていた。


 俺の息が、一拍、止まった。


* * *


 レナが、姉さんの寝台の方へ歩く。靴音は、低い。


 俺は、ハルトの方へ歩いた。数歩の距離で、足を止める。


 俺の足が床に着く音が、装置の音の周期の隙間に、紛れたように感じた。


 声をかけなかった。


 ハルトは、振り返らなかった。視線は、俺の方を向かない。


 ハルトの右肩と背中の輪郭が、俺の位置から見えた。指は針受けに押し当てられたまま。肩の高さは、変わらなかった。


* * *


 ハルトの指が、針受けに、さらに深く押し込まれた。


 日付盤は止まった。名簿の上のペン先も、動かない。


 針受けの開口部から、指の根元までが、見えなくなった。押し込まれた指だけが、機構の内側へ沈んでいった。


 装置の歯車の音が、一拍、止まりかけた。また鳴り出した。だが、間隔は、乱れている。


* * *


 ハルトの手首が、針受けの開口部の縁に触れた。


 縁の金属が、手首の皮膚を、一段、押し込んだ。


 手首が、開口部の中に消えた。指の関節は、もう見えない。


 ハルトは、振り返らなかった。視線は、俺の方を向かない。肩の高さは、変わらない。


 装置の音が、一段、低くなったように聞こえた。音の輪郭が、鈍くなる。


* * *


 ハルトの前腕が、装置の機構の中に入っていった。


 肘が、針受けの開口部の縁に到達した。


 肘の関節が、一度だけ折れた。機構の内側の形に合わせて、畳まれたように見えた。


 ハルトは、振り返らない。


 装置の側面盤面の歯車が、一段、回らなくなった。


 音の周期が、もう一段、揺れた。


* * *


 ハルトの上腕が、装置の機構の中に組み込まれていった。


 肩が、針受けの開口部の縁に触れた。


 肩の高さが、ここで、一段、下がった。


 ある朝の事務所の机の前から、ずっと変わらなかった高さの、その位置が、ずれた。


 装置の歯車の音が、一拍、完全に止まった。


 次の一拍が、来なかった。


* * *


 ハルトの上半身が、装置の機構の中に組み込まれていった。


 肩から胸まで、機構の内側の形に合わせて、押し込まれた。


 背中の輪郭が、装置の制御部の形と、一体になった。


 装置の歯車の音は、もう鳴らない。


 鈍い音が一つ、装置の内側で、落ちたように聞こえた。


* * *


 部屋の中に、音が一つも、なくなった。


 俺の息が、もう一拍、止まった。


 レナの動作が、姉さんの寝台の傍で、一度、止まった。


 廊下の奥のダリオの足音は、聞こえなかった。


 街路で聞こえていた周期音も、もう届かない。


 部屋の空気の重さだけが、残っていた。


* * *


 姉さんの寝台で、毛布の位置が、一度だけ、動いた。


 毛布の縁が、半寸、寝台の脇に滑った。


 それから止まった。


 姉さんの瞼は、閉じたままだった。


 レナの手が、毛布の縁の動いた位置に、一度だけ、置かれた。


* * *


 ハルトの肩は、戻らなかった。


 指は、針受けの内側で、動かない。


 機構の一点で、上半身の形が、止まっていた。


 呼吸が見える間隔は、消えていた。


 俺は、ハルトの隣に、立ったままだった。


 視線をハルトの背中から、装置の制御部の輪郭へ移しても、境目がすぐには分からない。


 部屋の空気は、机の縁の高さで、重く止まっていた。


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