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戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


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装置の音

 街路を進む足音は、雪のない地面の音だった。三人分の影が、濡れた跡の上に伸びている。


 先頭の影だけが、半歩、長い。


 空の縁は白く、街灯は消えている。朝の光は、街路の壁に、低い角度で当たっていた。


 街路の遠くから、人の声は、まだ聞こえない。鐘楼の予兆音も、まだ立っていなかった。


 街の縁の方角の建物の影が、地面の濡れた跡の上に、低く伸びている。


* * *


 街路を進んでいた途中で、音が一つ、立ち上ったように聞こえた。


 低い。鈍い。間隔が一定だった。


 地中の方から、建物の壁を伝って届くような音だった。耳の奥に、低く重い振動が残る。


 俺は足を止めた。胸の中で、息が一拍だけ、止まった気がした。


 ダリオが半歩、振り返る。首が傾き、横顔が俺の方を向く。耳の方向が、変わった。


 レナが街路の角の方を、一度だけ確認した。それから街路の地面に視線を落とした。


* * *


 レナが踵で地面を一度、叩いた。


 踵の音と、街路の壁から届く音の周期が、ほぼ一致した。間隔は、一秒に満たなかった。


 レナが壁の角度に肩を寄せる。耳の位置が、壁に近づく。それから半歩退いて、別の壁の側に耳を向けた。


 壁の角度が変わると、音の届く強さも変わった。低い角度では音の輪郭が鈍く、高い角度では一段、鋭くなる。


 街の縁の方角に向かう壁の角度で、音の強さが、一段、増えるように聞こえた。


 俺は街路の壁の表面に、指の腹を触れた。壁の凹凸の上に、細かい振動が、一定の間隔で伝わってくるように感じた。指の腹の冷たさの下で、振動が一拍ごとに、同じ強さで戻ってくる。


* * *


 街の縁の方角の建物の影は、低く立ったままだった。


 音は、その影の方角から、地中を通って届いていた。


 木の箱の擦れは、その影の足元へ続いていた。二人分の足跡の沈みも、壁の低い踵の傷も、戸口の紙の薄い文字も、同じ角度でそこを向いている。


* * *


 街路の別の角の壁の影から、人影が一つ、現れた。


 外套の裾は短い。冒険者の装束だった。袖口に古い擦れがある。


 足の運びが速い。重心が低い。踵から地面に降りない歩き方だった。


 顔の輪郭は、街路の壁の朝の光で、半分だけ照らされていた。目尻の皺の刻みが深く、その上に光と影が、一本だけ落ちている。


 俺は視線を上げた。ゼノの輪郭が、視線の高さで止まる。


 ダリオが半歩、ゼノの方向に位置を変える。レナが外套の内側に、片手を入れた。


* * *


 ゼノが、街路の角から半歩、姿を見せたまま、口を開いた。


「止めてたのが、揺れてる」


 俺は答えなかった。うなずきも返さなかった。


 ゼノの視線が、俺の方を一度だけ通った。それから街の縁の方角に、視線が一度、流れたように見えた。


* * *


 ゼノが、街路の角の向こうに、姿を消した。


 足音が、街路の壁の角度に吸われるように、反響しなかった。一歩、二歩、三歩。音は消えた。歩幅は、最初から最後まで揃っていた。


 角の壁の低い位置に、靴の踵で残した記号が一つ、残っていた。壁の高さは膝より少し下、踵の角度は浅い。傷の長さは指二本分だった。


 これまでに見た四つと、同じ形をしていた。左足の角度も、同じようだった。


 印は、雪解け跡の脇に、新しく乾きかけている。土の色が、印の周りだけ、まだ濃い。


* * *


 三人が立ったまま、音に耳を澄ました。


 音の周期が、一拍だけ早く動いた。


 次の一拍は、元の間隔に戻った。


 もう一拍は、また一拍、早い。その次は、二拍分、間が空いた。


 一定だった間隔が、そこで初めて崩れた。早い一拍のあとに空いた間が、次の一拍でも消えない。


* * *


 街の縁の方角の建物の影が、朝の光で、輪郭を一段くっきりさせた。


 音は、その影の方角から、続いている。


 俺の足が、街の縁の方角に向かって、一歩、出た。


 レナが続く。ダリオが続く。


 三人の足音が、街路の地面で、音の周期に合わせて落ちた。


 だが、一歩ごとに、音の周期は、揺れる。


 俺の足は、もう一歩、進む。靴の底が、地面の濡れた跡を、一度、押した。


 三人の影は、街の縁の方角に向かって、長くなっていた。


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