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戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


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30/35

動き出す

 雪のない地面に、三人分の足音が落ちた。


 足の裏で踏む音は、湿った土と踏み固められた地面の音だった。雪の音はもう、街路のどこにもない。


 ダリオが先頭、俺が続き、レナが最後尾だった。三人の歩幅は、ばらばらだった。


 空の縁が白く、街灯は消えている。朝の光は、街路の壁に、低い角度で当たっていた。空気は冷たいが、雪のときほどではない。


 街路の遠くから、人の声は聞こえなかった。鐘楼の予兆音も、まだ立っていない。


* * *


 俺は街路の壁際で足を止めた。


 ダリオが半歩、振り返る形で位置を変える。レナが街路の角の方を、一度だけ確認した。


 俺は胸の内ポケットに手を入れ、戸口の紙を取り出した。


 紙の縁の触感が、昨夜と違っていた。湿気が、片側だけ乾いている。指の腹に当たる紙の繊維の感じが、夜のうちに変わっていた。


* * *


 もう一度、ポケットに手を入れる。写しの紙を三枚、取り出した。


 戸口の紙の上に、家の中の素数を写した一枚を重ねた。数字の位置は合わない。


 次に事務所の頁数を写した一枚を載せる。位置は合わなかった。


 最後に街路の時刻を写した一枚を、その上に重ねた。


 紙の中ほどで、数字の位置だけが、戸口の紙の数字の位置と、揃った。


 朝の光が、街路の壁の角度で、重ねた紙の表面に当たる。


 光の角度で、薄い文字の輪郭が、紙の上に立ち上がった。輪郭は薄く、見える角度を逃すと、また紙の白さに沈んだように見えた。


 俺は紙の角度を、指で少しだけ変えた。輪郭が、もう一度、同じ形で浮かぶ。


* * *


 文字は短い。ペンの圧は一定だった。止まりが少ない。


 ペンの腹が紙の繊維に長く触れた跡もない。書き終わりの位置は、紙の縁から指一本分、内側に収まっていた。


 筆運びの傾きは、姉さんの手のものではなかった。


 ハルトの紙の癖でもない。


 別の手の癖だった。


 俺の指が、紙の上を一度だけなぞる。指の腹に、薄く乾いた紙の繊維が当たる。


 紙の中で、文字は、ある方角を指していた。


* * *


 俺は紙を胸の内ポケットに戻した。


 ダリオが、街路の地面を一度、目で追った。


 雪解けで濡れた地面に、浅い擦れがあった。木の箱の角が、濡れた土の上を引いた跡。角の幅は、押収のときにガンスが机の縁に置いた箱の側面と、同じ幅だった。


 土の中に、押し出された筋が、片側だけに残っている。重い物が、片側に偏って運ばれた形に見えた。


 擦れは断続的に、街の縁の方角に向かって続いていた。


* * *


 擦れの脇に、足跡が二人分。


 片方の足跡は深く沈み、もう片方は浅い。二人分の体重の差ではなかった。片方の足の重みに、別の重さが乗っていた。荷物を腕で抱え直したときの、重みの偏り。


 戸口前の地面には、雪を払わなかった靴跡が残っていた。靴の縁の雪解け跡が、朝の光で乾きかけている。靴の底の刻みが、一段、地面に押し込まれた形のまま残っていた。


 レナが、街の縁の方角に視線を上げた。視線は街路の先まで一度延びて、それから角の手前で止まった。


* * *


 俺は街路の別の角に視線を移した。


 壁の低い位置に、靴の踵で残した記号が一つ。壁の高さは膝より少し下、踵の角度は浅い。傷の長さは指二本分だった。


 これまで街路で見つけたものと、同じ形をしていた。


 踵の角度から、左足で残した形のようだった。これまでの三つも、左足の角度だった。


 印は、雪解け跡の脇に、新しく残っていた。いつ残されたかは、地面の上では確かめられない。


* * *


 俺は胸の内ポケットの上に、もう一度、手を当てた。


 戸口の紙の縁が、布越しに指の腹に当たる。重なった紙の厚みが、その奥で動かずに残っていた。


 足が、街路の縁の方角に向かって、一歩、出た。


 ダリオは声をかけなかった。


 レナの歩幅が変わる。俺の後ろの位置に動いた。


 ダリオがレナのさらに後ろに動いた。だが、声は、まだ出さなかった。


* * *


 街の縁の方角に、建物の影が、低く立っていた。


 影の縁は、第三系統の徽章の形ではなかった。別の何か。


 木の箱の擦れ跡と、二人分の足跡が、同じ方角に続いている。


 ゼノの印の位置と、紙の上の数字の指す方角も、同じだった。


 俺の足が、もう一歩、進む。


 ダリオとレナが続く。


 朝の光が、三人の影を、地面の濡れた跡の上に落とした。


 三つの影の長さは、同じではなかった。


 俺の影だけが、街の縁の方角に、一歩分、先に伸びていた。


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