表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/35

白い橋とその家族

 俺の足は、その場で止まったままだった。


 ダリオも動かない。雪が肩の上で重みを足していく。帽子の縁の雪が、内側に溶け始めて、額の縁が冷たい。胸の内ポケットの軽さは、家を出る前のままだった。


 街灯は半分だけ点いている。道の先は雪で滲んで、街の輪郭が一段遠い。


 雪の街路の角から、人影が現れた。


 黒い外套。歩幅は軽い。雪の上で音を立てない。外套の縁に、雪と泥と、五日分の重みがついている。


 レナだった。


 レナは俺の三歩前で止まった。


「資料、持ってきた」


 短く、それだけだった。


* * *


 ダリオが先に動いた。上がり口に向き直る、靴のままで。家の中に戻る順序が、来た時と入れ替わった。


 俺が続いた。レナが最後に入る。


 玄関の戸を閉めた。雪の音が遠くなる。廊下のランプは、まだ点いていた。


 ダリオが上がり口に座り直した。書斎には入らない。


 俺は廊下の中ほどで、父の書斎の戸の前で立ち止まった。レナが廊下の床にしゃがんだ。外套は脱がない。膝の下で板が一度きしむ。


* * *


 レナが外套の内側から包みを取り出した。油紙で巻かれている。雪と泥で汚れている。


 包みを開く。中から厚い紙の束が出てきた。写しの紙、公文書の書式。


 レナが床の板の上に紙を広げた。三枚重ね。


 一枚目は、王都ギルド本部の通達文書の写し。処分名簿。


 二枚目は、申請者控え。レナの判が押されていた。


 三枚目は、北辺管理事務所跡地の地下調査メモ。レナの手書きだった。


「閲覧申請、王都ギルドの通達。北辺の地下、一日歩いて確認」


 短く、それだけ。


* * *


 俺は胸の内ポケットから姉さんの手帳を出した。革の表紙は冷たい。姉さんの手の体温は、もう残っていない。


 通達文書の脇に、レナの手が触れない位置に、手帳を置く。


 最後の頁ではなく、中ほどの頁を開いた。


 姉さんの私製注釈が並んでいた。日付と、短い記号と、名前。


 指で頁を撫でた。古い紙のざらつきが、指の腹に残る。


* * *


 俺は通達文書の処分名簿に指を置いた。一番上から、順に下りる。


 一。読めない名。


 二。読めない名。


 三。


 指が止まった。


 三の行に、姉さんの手帳の私製注釈と一致する記号があった。三角と、横棒と、点が二つ。姉さんの頁の同じ位置に、同じ三つの形が、同じ順序で書かれている。


 通達文書側の正式表記には、こう並んでいる。


『三 / ハルト・ヒナ / 妻 / 申請消失』


 ハルト所長の名と並ぶ、二音。


 姉さんの頁の注釈には、その二音はない。記号だけがある。


 指が、紙の上で動かない。


* * *


 玄関の方から、ダリオの息が止まった気配が伝わった。


 廊下の床の板を、玄関側の重さが伝ってくる。座っているダリオの方の板が、一瞬だけ、別の重さに変わったような気がした。


 ダリオは何も言わなかった。


 俺は振り返らなかった。レナも振り返らなかった。


* * *


 俺は指を四に下ろした。


 四から十二までは、紙の上を指が下りる動作だけだった。日付と記号と読めない名が並んでいる。


 十三で、指が止まった。


 十三の行に、姉さんの頁にだけある線が引かれていた。


『十三 / 白い橋 / 五名 / 十二月十二日 / 消失』


 以前、姉さんのノートで引いた指の跡と、紙の上で重なった。


* * *


 俺は指を十四に下ろした。


 十四から十八までも、紙の上を下りる動作だけだった。


 十九で、指が紙から離れた。


『十九 / ミオ / 申請消失 / 三月七日』


 姉さんの頁の中ほどの注釈の、最後の一行と、日付が一致した。三月七日。姉さんが消えた日だ。


 指の腹が紙の冷たさを離した時、冷えているのが紙なのか指なのか、一瞬分からなかった。


* * *


 俺は胸の内ポケットの一番上から、解読の紙を取り出した。


 折り畳んだまま、開かない。


 三と十九の間に、置いた。


 紙の畳んだ縁が、見えていた。最後の一行が、リストの中央あたりで止まっている。


 レナが解読の紙を一瞥した。手で触らない。姉さんの手帳、開いた頁、折り畳んだ紙を順に見た。


「これ、手帳の続きで読んだ?」


「ああ」


 短く、それだけだった。


* * *


 レナの手が、俺の手の上に置かれた。手のひらの体温が、紙越しに来た。


 手のひらが触れている時間は、短い。


「明日だけだ、の続き、いる?」


「いる」


 レナの手が離れた。


* * *


 玄関の方から、戸口の外で雪を踏む音がした。


 一人分。歩幅は重い。


 ダリオの肩が一拍揺れた。


 レナが立ち上がった。手が外套の内側に動く。


 俺は解読の紙をリストの間からそっと抜いた。胸の内ポケットに戻す。


 戸口の音が、玄関の戸の前で止まった。


 戸が、外側から押される音がした。


* * *


 玄関の戸が開いた。


 屋根の三角に積もっていた雪が、肩の脇に音を立てて落ちた。


 戸口に立つのは、外套の男だった。歩き方は、廊下から事務室まで靴音を聞かせなかった、あの男のものとは違う。重さがある。


「迎えに来た」


 短く、それだけ。


 男の靴は、外で雪を払わなかった。


 戸も、閉めなかった。


 外の雪が、開いた戸口から廊下の床に三角の影を落とす。男の足は、まだ上がり口を踏まない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ