表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/35

再接続

 夜十時、家を出た。


 外套の襟を立てる。胸の内ポケットに二枚。鞄は持たない。今夜は紙より、自分の足で行く。


 ダンジョン入口の広場を、裏手から回り込む。広場の灯りは届かない。物見櫓の脚が、月の光だけで黒い線になっている。


 梯子に手をかけた。横木が冷たい。一段ずつ上る。十段目で足音が頭の上から落ちてきた。


 俺より先に、誰かいる。


 踊り場に出た。


 レナだった。装備のまま、膝の上に地図帳を広げている。月の光で、紙の白さだけが先に目に入る。


「来たか」


「はい」


 レナの隣に座る。手のひら一つ分の距離。マントの裾に泥が乗っていた。事務所で見た夕方の泥より、もっと古い泥だ。


 顔を見る。痩せていた。頬の骨の角度が、五日前と違う。


「ダリオさんに引き継ぎました。明日、机の上には何もない」


 レナが頷いた。


「あんた一人で読ませると、危ないと思った」


 短い声だった。視線は地図帳の上にある。俺の方を、見ない。


「五日間、どこに」


「北辺管理事務所の跡地。三日かけて往復した。残りの二日は、王都の冒険者ギルド本部。過去の管理局通達を閲覧申請した」


 北辺。三年前に「人員総入れ替え」の記録があった事務所だ。


 レナが地図帳をめくった。北辺の周辺地図が広がる。


「跡地の地下に、側溝がある」


 指でなぞる。建物の北側を、細い線が走っている。


「閉鎖されてるはずなのに、側溝の蓋が一箇所だけ、新しい」


 指がその一点で止まった。


「管理局の地下が、跡地の地下と繋がっている。たぶん、同じ側溝で」


 頭の中で、ハイフン版の三件が並ぶ。第七、北辺、第三。事務所が消えた後、地下だけが残って、繋がっている。


「ハイフン版の事務所は、消えたんじゃない」


 声が漏れた。レナが俺を見た。


「地下に、繋ぎ替えられた」


 梯子を上る靴音が、踊り場の下から立った。


 レナの目が鋭くなる。手が短剣の柄に伸びた。


「俺だよ」


 ゼノの声だった。レナの手が止まる。けれど鞘から離れない。


 ゼノが踊り場に上がってくる。派手な上着のまま、月明かりで色は分からない。手袋もそのままだ。


「事務員くんが伝言板に書いてただろ。十時、櫓って」


 夕方、事務所を出る前に伝言板の裏に短く書いた。レナとゼノ宛て。読めるのは、二人だけが知っている略号だ。


「あいつを呼んだのか」


 レナの声が低い。


「俺一人だと、地下の道筋は追えません。レナさんは管理局側、ゼノさんはダンジョン側」


「ダンジョン側?」


 ゼノが踊り場の床に一枚の紙を広げた。手書きの走り書き。十一階の側壁の図。


「壁壊さなくても、ここから入れるかもしれない。十一階の側壁、北の隅。叩くと音が違う場所がある。北辺の側溝と、そこに線を引くと、二日歩けば管理局地下に出る」


「お前の足で二日か」


「俺の足で二日」


 ゼノが笑った。レナは笑わない。


 俺は踊り場に三枚の紙を並べた。


 左にレナの北辺地図、真ん中にゼノの十一階側壁の走り書き、右に姉の手紙の控えと過去通知書の書式メモ。


 月の光は弱い。指先で紙の上の線をなぞる。


 北辺の側溝の蓋で、新しい一箇所を確認する。位置は北辺事務所の北側の角だ。


 ゼノの十一階側壁では、叩いて音が違う場所を見る。位置はダンジョン地図で北の隅だ。


 北辺の地図と、ダンジョン十一階の地図を重ねる。比例尺が違う。だが北辺の側溝の蓋と、ダンジョン側壁の音違いの位置を、地上の同じ場所に置き直してみる。


 二点を線で結ぶ。


 線の中間点に、王都の管理局本部がある。


 レナが息を吸った。ゼノは口笛を吹く真似をして、音は出さなかった。


「……管理局の点検路、か」


 俺の声が低くなった。


「管理局本部の地下から、北辺の側溝へ、ダンジョンの十一階側壁へ。三点を結ぶ通路がある」


 姉の手紙の控えに目を戻す。「装置の本体」の四文字。線の真ん中、管理局本部地下。装置の本体は、そこにある。


 装置の本体に直接触る人間だけが、ここを使うのかもしれない。冒険者でも管理局職員でもない、別の誰か。もしそうなら、姉さんが行った先は、その誰かが連れて行く外側だ。


 レナが地図帳を閉じた。膝の上で、表紙の革が一度だけ鳴る。


「私は、姉のためには動かない」


 俺はレナを見た。


「あんたのためなら、明日だけは組む」


「……はい」


「明日だけだ」


 風が踊り場を抜けた。冷気で目が乾く。


 ゼノが立ち上がった。


「で、誰が先に行く?」


「明日の昼、私が事務所側から地下を当たる」


 レナが地図帳を脇に挟む。


「俺は朝、北辺から入る。二日歩く」


「俺は」


 俺が言いかけた。ゼノが先に手を振った。


「事務員くんは、事務所で読む側だろ。読み手がいないと、地下のメモは紙屑だ」


 レナが頷いた。


「明日、俺が先に入る」


 三人の影が、踊り場の床に落ちていた。月が斜めに傾いて、影だけが長い。


 ゼノが先に梯子を下りる。靴音が遠ざかる。レナがその後に続く。地図帳が腰の革帯に挟まれる音だけ、一度だけ聞こえた。


 俺は最後に残った。


 三枚の紙を畳む。鞄に戻すのではなく、胸の内ポケットの隣に滑り込ませた。姉さんの紙、今朝の通知書、そして三人で一枚にした地図。


 明日、俺は事務所にいる。読む側にいる。レナとゼノが地下に潜る間、空にした机で、来るかもしれない伝言を待つ。


 梯子を下りた。広場の灯りが、遠くに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ