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戦えない事務員の俺がダンジョンの報告書を整理してたら、古代文明の暗号で世界の秘密に辿り着いてしまった  作者: どみさん


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監査

 早朝、事務所には俺しかいなかった。


 机の上の書類を、ダリオの机側に積む。背表紙の年号順に並べる手間は省いた。ダリオが朝に並べ直す前提だ。私物の鞄を椅子の脚の脇に置く。革が椅子の脚に触れて、重さだけが残る。胸の内ポケットには昨日と同じ二枚。


 ダリオが出勤した。俺の机を一瞥して、自分の机の上に重なった書類を引き寄せた。背表紙が机の縁で揃う音がした。


 所長室の扉が開いた。ハルトが俺の机とダリオの机を順に見て、何も言わずに所長室に戻った。


 俺の机に残ったのは、ペンとインク壺だけだった。


 業務開始から一時間後、事務所の扉が開いた。


 二人だった。長身の年配と、小柄な中年。二人とも管理局の制服。腕章は新しい。


 年配の方が口を開いた。


「定例監査である。過去三年分の報告書、保管庫の閲覧を求める」


 ハルトが鍵束を持って受付に出た。小柄な方は、俺の机の前を通り過ぎる時に視線を落とし、空の机を一拍だけ見て、何も言わずに保管庫の方へ歩いた。


 ハルトとダリオが補佐に付いて、保管庫の扉が閉まった。


 事務室に俺一人になった。ペンを構える振りをしたが、書く書類がない。


 一時間ほどして、年配の方が事務室に戻ってきた。冊子を一冊、抱えている。


「事務員、お前か」


「……はい」


「三年前から去年までの七階の報告書、いま保管庫にあるのが全部か」


「全部、だと思います」


「七階の十二月分。特に十二月十日から二十日の間。詳しく聞きたい」


 年配は質問の答えを待たずに、メモを取った。それから出ていった。


 俺は机の引き出しから空の手帳を出した。ペンを動かす振りをして、年配が口にした順序を書き留めた。


 七階。十二月十日から二十日。


 一時間後、年配がまた戻ってきた。


「七階の同じ期間。冒険者の名簿。Bランク以上のパーティ」


「保管庫の登録課の棚にあります」


 年配が出ていった。手帳に二行目を加えた。


 七階、十二月十日から二十日、Bランク以上。


 さらに三十分後、また扉が開いた。


「七階。同じ期間。帰還報告のない隊はあるか」


 年配は今度も答えを待たなかった。保管庫に戻る足音だけが残る。


 手帳の三行目に書き足す。


 七階、十二月十日から二十日、帰還報告なし。


 昼前、ダリオが事務室に戻ってきた。手の平で額を拭いていた。


「あいつら、七階ばかり聞いてくる」


「……他は」


「三階までは早めに確認した。八階を少し。九階以上は、今のところ触っていない」


 ダリオは自分の机の脇で水を飲んだ。


 俺は手帳の下に、六行を書いた。


 三階以下 確認済み

 四階五階六階 空白

 七階十二月十日〜二十日 Bランク以上ばかり

 七階十二月十日〜二十日 帰還報告なし

 八階 少しだけ

 九階以上 触っていない


 集中点は七階、十二月十日から二十日、Bランク以上、帰還報告なし。


 俺は鞄から、姉さんの控えノートを引き出した。表紙の角が擦れて、そこだけ白い。保管庫の公式書類にはない私的な転記が混じっている一冊だ。


 七階の頁を開く。十二月。十日から二十日。


 十日の欄に、Bランク。「白い橋」。


 指を二つ右へ滑らせる。十二日。帰還欄が空白になって、その横に「消失」。


 ノートの欄外に、姉さんの字で短い注がある。


 〈調べる〉


 その注の下、一行空けて、別の日付。姉さんが消えた日。


 俺はノートを閉じた。


 正午前、事務所の扉が開いた。


 装備のベルト、汚れたマント、伸びた髪。レナだった。


 扉と保管庫の扉が、同じ拍で開いた。年配の方が出てきた。


 三人の視線が重なった。


「冒険者か」


「登録更新だ」


 年配は視線を外した。保管庫に戻った。扉が閉じた。


 レナが受付の方へ歩いた。俺の机の前で、足が止まった。


「机、空だな」


「……整理中です」


 レナは何も返さなかった。受付の窓口で、登録票を出した。判が押される音が、二度。


 帰り際、レナは俺の机の脇に来た。机の縁に指を一本だけ置いた。


「夜、いつもの場所」


 返事を待たずに、レナは扉を出た。


 夕方近く、保管庫の扉が開いた。年配と小柄、ハルト、ダリオの順で出てきた。


「最後に一つ、聞きたい」


 年配は、俺の方に向き直った。ハルトの方ではなかった。


「九階の壁文字について、何か報告は?」


 ハルトが先に答えた。


「九階の壁文字。そういう報告は、上がっていないはずですが」


「九階十一区画の北面。壁に文字が刻まれている。本日見つかったとは限らない」


 俺はペンを置こうとした。机の上に置きそうになった。動きを途中で止めた。


 ダリオが、息を吸う音を、一度だけ立てた。


 俺は答えなかった。


 年配は答えを待たずに、次のメモを取り出した。


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