第34話
その日のうちに、重島さんの言ったとおり、ジイサンは神白を採用した。
ジイサンが決めたなら、俺に口を出す権限はない。
店のパソコンから、履歴書に書いてあったメールアドレスに採用の連絡を入れる。
すぐに返信が来た。
まるで待ち構えてたみたいに。
ルカの彼氏だからってわけじゃなく、俺は神白が気に入らない。
たぶん、根本的に相性が悪い。
あの真面目が滲みすぎてるお坊ちゃんぽい外見も、真っ直ぐすぎる性格も、何もかもが俺と合わない。
でも仕事だから、これからは上手く付き合っていかないといけない。
面倒くさいけど。
ハァと漏れる溜息を、たまたま事務室に入ってきた赤羽さんに拾われる。
「悩み事か?」
口数少ない調理師の赤羽さんは、俺にとっては付き合いやすい人だ。
余計なことを言わないから。
この店には、余計なことを言うヤツが多すぎるんだよ。
石島と赤羽さんの二人だけが、この店のオアシスだ。
「いえ、なんでもないです」
「そうか」
赤羽さんは何も追求することなく、すぐに事務所から出て行った。布巾のストックを取りに来ただけらしい。
重島さんだったら、ここで神白のことをツッコんで来るんだろう。
赤羽さんは、重島さんの同い年の友人で、二人は腐れ縁らしい。
既婚者で、小学生二人の父親。
重島さんと違って、真っ当な人生を歩んでる大人のお手本みたいな人だ。
だから俺は、赤羽さんの言葉は真摯に聞くことにしてる。
一息置いて、事務室の扉を出て調理場に入ると、赤羽さんと石島が並んで調理してるのが見える。
身長差は30センチ近く。
それでも石島は赤羽さんを尊敬してるから、絶対に不遜な態度を取ったりしない。
まー昔と違って、大人だから当たり前なんだけど。
調理場を通り過ぎて、ホールに出る。
カウンター席に二人と、テーブルが6席分。
客数を確認して、カウンターに立つ重島さんと、配膳をするアラタの動きを見る。
平日の夜は今でも十分回ってる。
問題は休日。休日は一日中働きっぱなしになる。
アラタには負担をかけてる。若さで何とか乗り切ってる感がある。
そこに神白が入れば、随分楽になりそうだ。
目の前ではイチャモンつけたけど、本当のところ、神白のシフト希望は店側としては丁度いい。
休日に集中して入ってくれれば、余計な人件費を抑えられる。
実は募集を始めてから今までに、志望者はかなりいた。
でも、全部ジイサンが蹴った。若い女だからっていう理由で。
『女が入ると、商売に支障が出る』
――たぶん、それは俺のせい。言われなくても分かる。
神白は、志望者の中の数少ない男だった。
人員が補充されれば、店もますます軌道に乗りそうだ。俺は憂鬱だけど。
それもこれも、ジイサンへの恩返しだと思えば、我慢出来なくはない。
調理場に戻る。
ネッビオーロの香りに惹かれて、大鍋を覗きに行く。
グツグツと、牛肉が赤茶色いマグマの中を暴れまわってる。
まるで、俺の心の中みたいだ――――。
土曜日。
結局、神白には休日のみ入ってもらうことになった。
「精一杯頑張りますので、これからどうぞ宜しくお願いします!」
朝の仕込みが終わった開店前。
神白は店の連中に礼儀正しい挨拶をして、早速アラタと一緒にテーブルの準備に取り掛かる。
「まー、がんばって」
やる気なく声をかけたけど、横目ではしっかり仕事を見てた。
思ったとおり、仕事の覚えが異常に早い。
客が入った後も、難なく仕事をこなしてる。
(使えるな)
思わず、思った。
正直、アラタより数倍仕事が早い。アラタが使えないって意味じゃなく、コイツが有能すぎるんだ。
頭の回転が速いんだろう。数手先まで先読みして、最小限の動きで最大限の働きをしてる。
あっという間にランチタイムが終わって、仕込み時間に入る。
「休憩入っていーよ。お疲れ」
わざと素っ気なく、神白を労う。
「はい。ありがとうございます」
忙殺される休日のランチタイム後でも、息一つ乱れてない。
(憎たらし)
神白はアラタに連れられて、調理場に入っていく。中では、余り物で作った賄いが用意されてるはずだ。
「ほんと、すごいです! 神白さん!」
アラタの声が調理場から聞こえてくる。
俺は気が進まないながらも、調理場へ入った。
賄いの置かれた台の前に座るアラタと神白の周りに、皆が集まってる。
「めちゃくちゃ要領がいいんですよ! 僕、感心しちゃいました!」
アラタが興奮気味に語ってる。
要領がいい。
そのとおり。
認めたくないけど、コイツはとんでもなく仕事がデキるやつだ。初日の仕事を見ただけで、百人中百人がそう思うだろう。
同じ仕事をしても、人によって出来は全然違う。
「珈琲に詳しいって聞きましたけど、ちょっと飲んでみたいなぁ。神白さんの淹れた珈琲!」
アラタが持ち前の図々しさを発揮している。
それに便乗して、俺は一歩前へ歩く。
「今度、淹れてみて。使えそうなら、メニューに加える」
ウチで出す珈琲は、市販のものと、せいぜいドリップ。
そこに本格派珈琲が加わるなら、ジイサンも喜ぶだろう。
神白は満更でもない顔をする。
「分かりました。まあ、ドリップに毛が生えた程度なんですけど……やってみます」
アラタが「珈琲の試飲会ですね!」と一人で盛り上がってる。
無言で仁王立ちしてる石島は、賄いの感想を待ってるんだろーな。
完全に脅しにいってる顔だけど。
その横で、赤羽さんが仕込みの材料を取り出して、早くも作業を始めようとしてる。
重島さんはまだ来てない。
あの人が来たらいろいろ煩く言われるんだろなと思いながら、俺は置かれた賄いを取って、それを片手に事務室へ向かった。




