第117部分 客観テストに物申す⑧…~部分点の採点基準素案~
第117部分 客観テストに物申す⑧…~部分点の採点基準素案 ~
敢て宣言するまでもないが、ニンゲンの生き方や才能そして評価等は、一発の試験結果で決まるワケではない。
まあそれに近い間近なC国やK国といった特異な国家体制もないことはないけど、我が国日本は未だそこまでは落ちぶれてはいないだろう。
しかしなぁ、怪しいかもなぁ… 日本の官僚機構にも前科があったからなぁ…
例えば大日本帝国海軍兵学校(幹部候補生学校)における卒業席次はハンモックナンバーと呼ばれ、海軍にいる限り昇進やコースにも多大な影響を与えたという。無論上位はどんどん昇進出世してゆくワケだ。陸軍だってそんなの当然で、幼年学校とか陸軍大学とかの卒業生はなんでも別格だったらしい。陸軍大学を卒業したら「天保銭組」、そうでない大部分は「無天組」と、呼称までも差別があったらしいしなぁ… そもそも日本人はそういう格付けがキライじゃなさそうな… いや、むしろ大好物っぽい!
いまでも「キャリア」とか「ノンキャリア」など呼称こそ変われど、やっぱり意識構造までは進歩が届かなかったのが現実かな。
意識構造と言えば、結局ゆとりだとか考える過程だ経過だと言う割に、そのくせ試験や採点の方法は従来通りで、結局完全正解のみしか求めていないではないか。実はそういう不満というか、将来への希望を見出したくて… それが拙作の大きな動機になっている。
もし経過や過程を重視するなら、採点にもそれを反映させるべきではないか… でもどうやって?
その答えの1つが「部分点を取り入れる」というアイデアだと思うけど、んんんん、他にどんな方法があるだろうか。
そう、肝腎の記述式答案は共通テスト導入が見送られたとおり、非常に手間を喰う割には報われず、しかも肝腎な公平性さえもが担保され難いのである。正直、字がなんとしても読み取れない場合だってないワケではないのだから…
高校入試での、忖度なしの感想を言うならば、きちんとできる生徒さんの答案は「要点を抑えて漏らさず書けている」し、できない生徒さんの答案は「うふふ、こりゃわかってないな」とすぐわかる。よって正誤判定も一瞬で終わる。それは良い…として。
だけど、そのどちらでもない生徒、つまり審議が必要な生徒さんの答案は「たぶんわかってるんだろうけどな、でもこれじゃ満点はあげたくないんだよな」という微妙な線を、まるで狙ってきたかのように突いてきているのである。
視点を変えてその原因を追うと、結局
・文章表現力の不足(接続詞や助詞「てにをは」の使い方等)
・要点把握力の不足
・見直しの不足
といった要因に収束してくる気がする。
こうした「その科目で要求される知識や理解」はクリアできているのに、「国語的表現力」等が足りないがゆえに満点を与えられないケースに対しては「部分点」として報いる必要があるのではないか。
文章記述式にはそれなりの利点が大きいのに、採点が面倒なうえに公平性に欠ける。
でも現行の客観式には「部分点」の発想自体がない… というか無視… いや封殺されている。加えて全国規模の、そう46万人強ほどの受験者がもれなく5教科7科目おっと、リスニングを忘れてた… 8枚とすると 370万枚弱の答案を手早く採点処理しなければならないので、とにかく「審議とか検討とか」してる余裕はない。
ここに採点者の、そして今の私の矛盾…というか困惑というか、悩みがあるワケだ。
マルではない、でもバツとも言えない。考慮や審議に手間も時間もかかるし、第一面倒くさい… でも切り捨てるには忍びない。
だからそれをあらかじめ「出題者が先回りして熟慮し、選択肢に載せておけば良い」という対策が為されれば良いことになる。そしてそういう回答に対しては「部分点を与える」という救済策をあらかじめ仕組んでおくのである。そしてその準備の時間は充分にあるはずだ。
むろん「科目的知識や理解の不足」とか「題意把握力の不足」ということも有り得るが、これだけは試験で測定したい要素であるから、いかんともしがたい。
ここはやはり「部分点」とか「出題方法」や「採点方法」の工夫を通じて受験生の努力に報い、将来の才能開花を祈る方法が良いのではないか。
繰り返すけど、全然わかってなくても0点で、惜しかったねという場合でも0点ってことは、評価実質は形式上まるで一緒ということだ。現状のように「完璧を求めようとする意識構造」は、大人になってからの「仕事」ではとても大切な心意気だけど、育ち盛りに青少年にも同様に適用しようとするのには大きな疑問符を描いてしまう。
変な例かも知れないけど、失敗から産まれたものとか、視点を変えてみたら成功に結び付いた例とかいくつも知ってるはずなのに…
ほら、あの付箋の接着剤だって、元々は強力な接着剤を作ろうとしたときの失敗作の一つだったワケで… でも視点を変えて「緩いけど何度も張り直せる」特徴を活かすことを考えたら「付箋」の大ヒットに繋がってきたって聞いたような覚えがあるんだよね。はじめから完璧を求めちゃいけないときもあるんじゃないのかな、特に若いうちは、ね。
ともあれ… この場では「客観テスト」に焦点を当てているだけに、皆様には多少お見苦しい…というかお読み苦しく感じられる部分もあるかもしれない。
まあ、ふつつかながら、そこんとこよろしく… (エイちゃんか?)ってことで、すでにさっそくではないけど前回予告したテーマに行ってみよう。
今度は登録販売者試験か。
ならば… うん、こんな出し方ならどうだろう。
【問1】細胞小器官に関する以下の文章の正誤について、正しいものはどれか。選択肢から1つ選んでマークせよ。
a, 細胞膜はリン脂質とタンパク質でできており、能動輸送はおこなえるが、受動輸送(拡散)をおこなうことはない
b, 葉緑体は独自のDNAを持ち、植物体すべての細胞で光合成をおこなっている
c, ミトコンドリアは独自のDNAを持ち、動物体の全ての細胞で呼吸作用をおこなっている
d, 液胞は主に古くなった植物細胞で発達することが多く、糖や有機酸、アントシアンなどを含むことがある
選択肢 a b c d
① 誤 誤 誤 正
② 誤 誤 誤 誤
③ 誤 正 正 正
④ 誤 正 誤 正
⑤ 正 正 正 誤
解説
a, 細胞膜は、たとえば水は受動輸送(エナジーを必要としない輸送、意図しない通過)で通過するので、誤
b, たとえば根は通常光合成をしないので、すべては、誤
c, 一見正しそうだけど、例えばヒトの赤血球にはそもそもミトコンドリアがないので、誤
じゃあミトコンはどうやって生命活動のエナジーを調達しているかというと…
細胞質基質での「解糖」作用によるものだ。少々効率は悪くても酸素なしで必要なATPを合成できる全生物共通の仕組みである。
d, これは正
ゆえに正答は①なのだが…
このタイプは、パッととみて、答えはコレ! と決まらず、1つ1つの文章を吟味し検討し、例外まで考える必要があるのでなかなか厄介に思える。こういった出題方式だと、ちょっと部分点を… という採点方法をとるワケにはいかない気がする。きちんと見分ける知識と判断力がなければ解けない問題型式だと思うけどな。
ちなみにこういった類題を高校の定期テスト等で出題する場合は、「誤っている部分を正しく訂正して記述せよ」と要求することも多い。
ではもういっちょ、似てるけど別のタイプを検討してみよう。これもなかなかいやらしい。
【問2】ATPに関する以下の記述のうち、正しいものの組み合わせはどれか。選択肢から1つ選んでマークせよ。
a, ATPは糖とアミノ酸が結合したアデノシンに、リン酸が3つ結合した物質である
b, ATP分子内のリン酸同士の結合は「高エナジーリン酸結合」と呼ばれる 注:きっとまだ「高エネルギー」表記だろな…
c, ATPは呼吸によりAMPとリン酸にまで分解される
d, ATPは全生物が共通して用いている物質で、「エナジーの通貨」と呼ばれることもある
選択肢
①( a、b ) ②( a、c ) ③( b、c) ④ ( b、d) ⑤ (c、d)
解説
a, ATPは糖と塩基アデニンが結合したのがアデノシンゆえ、誤
b, 正
c, 一部が解糖系でADPとリン酸に分解されるが、得るATPの方が多い。またAMPまで分解されないので、誤
d, 正
即ち答えは ④ ということになる。これも部分点は差し上げ難いが、受験生には大いに考えていただく出題の仕方だと思う。
しかし複数回答が可としておいて、正しい、または誤った記述の番号を「2つ」とか「すべて」マークせよ、とすれば事情は変わる。
「2つ」と限定した場合には部分点を出す根拠に乏しいように思えるが、「すべて」の場合には答えの数がわからないので、一層難易度が増すワケだ。
仮に配点が3点だった場合、bとdを答えれば無論3点を与えることになる。しかし
・bまたはdのみだった場合 ・bとd2つに誤り1つが混じった場合 などには1点与えることを考慮しても悪くないだろう。
じゃあ2点を与える場合はあるだろうか。そうだな… bとd だけでなく a または c を答えてしまった場合だろうか。つまり a,b,d または a,c,d という2つのケースだが、どっちもどっち…まあ×で良いか… みたいな協議結果になるかもしれないなww
本当はこういう検討は、もっと複雑で長ったらしい文章記述でやってみたいんだけど、ちょっと面倒くさくなってきちゃった。
あらららら…
でも、
・基本的知識の誤りはバツで零点、ひどいものは「減点」
・途中までの経過や推理が正しいのに、ちょっと詰めが甘かったとかそういうのは部分点
・さらに「記述式試験」の場合、整合しない記述ミスとか派手な漢字の誤字は減点
とか、そういう基本路線を定めておけば、さほど問題なくできそうな気がする。
ちなみに…
運行管理者は国土交通省が、登録販売者は厚生労働省は主管している資格だけど、それぞれこれだけ頑張って工夫してるんだぞ!
おマイラ、そういうプロじゃなきゃアカンのにさ、ちゃんと仕事してるのか、おい、モンカ省! …とモンクを言う私。
ヘンな妥協政策ばかり打ち出しやがって、国の将来を担う学生を育てるというおマイラの目的をちゃんと理解してるのか、オイ!
鳴り物入りで導入させた「ゆとり教育」はさぁ、アレからどうなったのかな、あぁ⤴?? 相当迷惑したんだぞ、わりゃ!
すみません、ちょっと取り乱しました。
自己採点の煩雑さはどうにもならないけど…
でも大学生として超高等教育に触れてみようという者がさ、その程度のことができなくてどうする?
私は良いと思うこの案だけどさ… でも大学だけでなく、特に予備校からは激しい反発を受けるだろう。もしかしたら私は暗殺されるかも知れないww
理由は… 手間かかって面倒くさいし、そんな時間がもったい、つまりコスパもタイパも割に合わないから… だろな、うん。特に予備校なんてさ、今まではホイホイと問題と正答案を作って、適当に偽物の答えを混ぜて、ホイ、イッチョ上がり… てな感じだったんだろうけど、よくある誤った思考の過程とそれらに対する部分点を考慮しだすと従来のような流れ作業よりは格段に時間がかかるようになるだろうから。
ならば模試回数を減らせば… なんて案に対して生徒は喜び、保護者は痛し痒しといったところか。多少は出費が減るからね。しかし、アノ予備校たちが同意するワケがない。だから… こうした受験産業とおそらくはズブズブであろうあのお役所がこの案全体の普及を号令したり推進するワケもない…だろな。
そんなモンカ、そんなもんよ。
あと忘れてた… そして高校教師からも敵視されるだろう。やってみれば痛いほどわかるけど、とにかく「ねんがらねんぢゅう夜までも」問題作成とか採点とか評価のことばっかり考えてるから。これ以上のサビ残&夜仕事はゴメンだぜ、という声がはっきり聞こえてくる。
理由は… まあそういうことだ。
かくして私の教育改革は全世間の理解賛同を得ることができず、今日も明日も頓挫するのであった。
めでたし、めでたし…
いやはや、今宵はもう終わろう。
あ、あと、せめて1つくらいは「計算問題の出題と採点方法」も載せておかないとな。




