第115部分 客観テストに物申す⑥…~妄想、理想の共通テストとその未来像?~
第115部分 客観テストに物申す⑥…~妄想、理想の共通テストとその未来像?~
現役仕事のころ… そういった思想思考は協調性を重んじ… というよりいざこざを避けるためにネコの皮を3枚くらい被ってヘラヘラ誤魔化してきたけれど、まあホンネをいうなら、私はそもそも「文系」と「理系」さえ認めたくない派なのだ。しかしそんなことを言い出せば、はるか以前から実施され、今後もなお維持されて行くであろう制度や慣習を結構否定することになってしまう。自身が思想家とか革命家であるならそれを厭わないだろうが、性格的にそういう面倒なことはできれば避けてこっそり暮らしたい嗜好だから黙って妥協してきたワケだが…
だって… 文系や理系、他に理数科とか特進クラスとか… 将来の専門性云々はあくまでも建て前で、実際には大学入試において、有名校への合格だけを目指して入試対策を早期から有効に実施して戦果を稼ぎ、高校自体の評判を高めたいのが公立私立を問わず高校のホンネだからだ。特に私学はその傾向が強い。
私は公立専科だったからあくまでも外野からの見てくれで内情を熟知してるワケではないながら、私立高校の生徒って3種類があるような気がしてならないのだ。
その私による分類は…
1、スポーツ等、何らかの特技や実績を持つ生徒:これは大会等での対世間用の校名宣伝要員と言い換えても良いかも知れない。特権として授業料減免制度があるとか、授業は午前だけで午後はオール部活なんてとこもある。
2、学業に優れている生徒:これも進学実績の宣伝要員であり、授業料減免制度を持つ場合もある。この生徒さんたちが有名私立大学をたくさん受けてたくさん合格すると、翌年の指定校推薦(高校との暗黙の了解で合格率は普通9割を越える)枠の席数が多く確保できるので、上記1の生徒の進学先を確保する役目も担っている。そこらはうまいこと学校と生徒のウィンウィンな需給のバランス構造ができているワケだ。ちなみに2の生徒さんたちの目標はもっと上の大学なので、これはあくまでも練習的な受験であり、受かっても入学したりはしない。またそういう生徒さん(に)は基本的に指定校推薦枠を使わ(せ)ない。
3、まあ普通の生徒。1や2の生徒の活躍活動を支える資金を提供する「授業料要員」としての位置付けか。
でもそういった選抜教育は受験生にとっての全然平等ではないし、貧困な教養と偏った知識しか持たせないことにもつながって来る。
みなさんは「そういう選手」たちのコメント等に違和感を覚えたことはありませんか?
幼少から部活ばかりで本も読まないからコトバ遣いもデタラメで、態度も高飛車で、相手への気遣いや思い遣りがあるのかしらん… と疑問符を付けることがちょいちょい…
『100%必ず勝ちます』
『応援してくれる人に感動を【与えられるよう】頑張ります』
お前ら、何様じゃ?
対して相撲取りのコメントはぶっきらぼうながらも無難で、少なくとも相手を尊厳を損ねるものではなく、好感を持ってしまうんだよなぁ…
はぁはぁ…という息の絶え間から、絞り出したような声で
「もう無我夢中でした」
「とにかく前に出ることだけを考えてました」
「とっさに出た技でした」
実は考え尽くして狙って決めた鮮やかな技でさえ、やはりこういう謙遜や相手への思い遣りや敬意って大切だよ。
おっと…繰り返すが、「受験者全員が5教科7科目という平等性」のどこがいけないのだろうか。負担が大きいことは認めるが、それは教科書の内容を大きく越える「試験のレベル設定」が最初から間違っているからである。
問題作成者は言うだろう、『それは判っているからさ、ちゃんとリード文つけてあるでしょうが…』
だからさ、それがレベル設定を越えてるってことなんだよ、わからんかなぁ…
午後は授業なしで部活とか、もうこれは明らかにおかしい…履修修得どうなってるのさ。そういうコースだから良いでしょ、当然… と申請する神経もどうかしてるし、これを唯々諾々と認めてきたモンカ省も… ねぇ
そもそも全国区であることを良いことに、全国津津浦浦から授業料減免で釣って集めに集め、午後はひたすら野球にサッカー三昧。これでは真面目に教養つけさせようと努力してる公立学校が勝ち得ないのは当然のこと。
スポーツマンシップがどうこう言う前にさ、目を瞑って自分の胸に手を当てて呟いてごらん?
『スポーツやってるクセに、いちばん卑怯なのはどこのどいつだい?』
「オ・マ・エだよっ!」
そこまでして勝ちたいのにはワケがあることくらい知ってるけどさ、あまりにも手段を選ばなさすぎるんだよね。
でもちゃんとさ、選手たちにもちゃんとした教養と礼儀を教えてやってくれよな。
それでも野球部はまだマシな方だけど… 一番酷いのは… おっと自粛自粛。でも教養も他人への敬意も接し方や語り方もとっても大切だからさ。
なぜかって?
そうやって一芸でもし実績を上げて有名になれば、将来参議院全国区で比例代表名簿に載って、僕らが気付かんうちに政治家を目指すかもしれないワケで… これは票目当てで担ぎ出す政党も、持ち上げられて偉くなった気分で担がれる本人も、そんな政党に投票する選挙民も悪いのだが、みんながみんな、自身が悪いとは思っていないところが「始末の悪さ」なんだよね。
そういう政治家や大臣たち、思い当たる方は何人もいるでしょ?
常識と識見と行動力が充分に備わっているならば、それでも良い。
だけど元アイドル歌手とかだったアノ人やアノ人なんてどうですかね? 義務教育ですら出席ギリギリを演じて、履修すら怪しい人々が日本国を背負って舵取りしようとか危すぎて…
ガソリンの「暫定税率」のような二重課税問題の解消を目指すような場合はだいたい「代替予算が…」なんて一つ覚えの言い訳台詞を聞くけど「こども家庭庁を即廃止」すれば余裕を持って捻出できますって、7兆円超え…でしょ?
そのくせ厚生労働省かな、事後の「緊急堕胎薬」をその辺で手軽に買えるようにしようとか、何の文句もなく実施されたりして、全く矛盾してる。性犯罪での緊急避妊は必要だけど、今後は通常の合意有るバディ内でのゴム無し性行為における避妊…というより事後堕胎にこのクスリが濫用されることになるのは確実だから… これにこども家庭庁は何らかの見解なり意見なり規制案なりを出したのかい? 「何もない」だろう、うん。
少なくとも”ツッパリ系”で売ったあの「見晴らし大臣」ではねぇ… 家でドラムでも叩いてろや。
アレを大臣に祀り上げるヤツらもヤツらだったし…
意見が無いなら無いで、いっそこのおクスリは中学高校生には性犯罪被害救済以外は禁止、使う以上はお相手の逮捕または親告(本人からの申し出)が条件で、とか、この際思い切って割り切って高校に産婦人科と託児所を併設しましょ、とか思い切った政策を言い出せば良かったのにww
どうも脇道に逸れてばかりで話が進まないけど…
共通テストを基礎事項の確認等の意味で易しく作ったらどうなるか。たぶんたくさんの満点がでることになる。
でもさ、満点がたくさん出たって構わないじゃないか(みつを)、とも思ったりする。
教育の成果という意味ではむしろ誇るべき、このうえ無き喜びなんだから。それじゃ選抜できないっていうかも知れないけど、それは共通テストを1点刻みで選抜に使おうとしていること自体が間違いなのであって、先に述べたように、ある意味受験資格の有無を判定する制度にすれば良い話なのだ。各大学で、うちは『この条件以上の志願者には二次試験の受験資格を与える』という基準を決める。この資格は「有無だけが意味」を持ち、細かい点数による合否判定を行ってはならないワケだ。
共通(一次)テスト的なものは「基本的」なものの確認で充分であり、ここで1点を競うことなんてあまり意味がない愚策である。大事なのは「結果」だけでなくてさ、中途の「手段」とか「発想」なんかも見てほしいんだよね。
ある意味バッサリと各科目ごとに グレードA~Eまでとかで分類して、得点を明示する必要さえないかもしれないワケで、
『うちの大学は全科目グレードB以上』とか
「理科と数学はAのみ、英国社はB以上』とか
そんな扱いでもイケる気がする。
各グレードの分別は、それこそ大学入試センターのようなところが分布と割合を見て、それこそ偏差値で切ってゆけば良く、同じグレードの中では差を付けないことを基本の扱いとする。あとは各大学の独自試験を元に、採りたい学生を採れば良いのだ。
それでは境目の1点刻みはどうするの… という声が聞こえてきそうだが、それも工夫次第で解決策はある。
資格はグレードAと指定した場合でも、例えば大学側の裁量でグレードBの上から3点までは受験を認めれば良いだけだ。当然指定グレード外ゆえ不利で無理があることは本人にもわかるだろう。そのうえでなおチャレンジしたければ、絶望的に可能性がなくなるラインまでは受験を認めればよいではないか。言ってみれば、この場合のグレードBの上から3点までは不利を承知のチャレンジ可、4点以下は事実上の足切り(あれ、これ不適切用語?)だけど、あまりにも厳密に区切るよりは人間性があるのではないかいな? ある科目がとびぬけて優秀な天才にはこういう救済策があっても良いように思うのだが… こういう謂わば偏執的性向保持者の中には、驚くような天才が隠れ紛れていたりするのこともときにはあるからでもある。
共通テストをグレードで大別した場合、じゃぁその後どうするの?
それワケでは簡単なコト、つまりその後の合否は二次試験で決めれば良いワケだ。「誇りを持って大学を名乗れるようなまともな大学」ならば、ちゃんと記述式の二次試験というものがあるんだぞ… だから高校だって手間暇かけて面接をやってるんだよ。大学だってさ、そこで3日もかけて筆記試験でも面接でも小論文でも… しっかり選抜すれば良いだけじゃないか。高校にばかり手間を掛けさせておいて、『高校を信じて選抜の資料にした』とか、私には手抜きの告白としか思えないんだよ…
志願者もさ、共通テストの結果次第で受験校を決めるのではなく、そのくらいの思い入れを持って受験してほしいものだよ、うん。
まあ実際のところ、そういう志願者が半数以上を占めているのだが、大学自体に個性が少ないことや受験産業に幼いころから洗脳されつくしてるから、もはやどうにもなりはしない。「思い入れを持つ」と言ってもさ、例えばフツメン男子高校生が人気女性アイドルに告白したってさ、な、どうにもならんでしょ?
浪人もねぇ… 挑戦が失敗して雪辱を誓っても一浪までだと思うし、二浪しても入れないようならばそれは能力がないだけでなく自分を客観視できていないことも示しているワケで…
逆に「二次試験なし」とか「マーク式2科目だけ」なんて大学は、おまえら大学なんぞと名乗る資格はないほどに唾棄すべき堕落した存在なんだということを自覚してもらいたいけどね。
しかし… その肝腎な二次試験でさえ自校で創ることができず、予備校に外注で創らせているような自称大学は実は結構あったりする。むろん「うちは外注です、実は、ね」なんてことを公言したりするワケがない。
そりゃ予備校はウハウハだよね、オンデマンドで問題創るのは予備校、実施と採点こそ大学だけど、でも難易度予測や出題例予測は予備校がやってたワケで、コレ最強の自作自演なんじゃないの…というカラクリ。もうすでに「受験における大学」の立ち位置ってものは、もう予備校の操り人形というか、ほぼ乗っ取られてるのが実情なんじゃないかなというか、なんというか…
重要なことの2つめ、それはそういう学業成績と人格とは別物である、ということだ。極論すると、成績と性格や嗜好は無関係に近い関係なのだ。たしかに専門的なことには優れた知識を持つかもしれないが、某有名名門大学卒業だからといって、人格が優れているとは限らない。にも関わらず、『あら、偏差値が高い大学卒業してるから、きっと素晴らしいニンゲンなんだわ』と勝手に信用してしまう愚民は実に多い。詐欺をするにはまず服装をピシッとしていけばカモれる確率が上がるのと同じ、それがニンゲンの哀しい習性である。
実例を見てみよう… 例えば早稲田大学政治学部。一応名は出さないけど、みんな立派なヒトでしたか?
もっと枠を広げて「早稲田大学」で検索すると… おや、あの空前絶後のバカ元首相で前回五輪でもやっぱり思った通りの汚職疑惑のあったアノ人とかも、あれでもやっぱりエライですか? むろん普通に優れている、という意味で…
そもそも建学の祖、大隈重信は「対華(中華民国)21箇条要求を突き付けた」内閣の総理大臣だったりするワケで… いや、御立派なことで…
しかし完全に無関係か、というとそれは違う。
やはり進学校は教養程度が高く、親の薫陶も行き届き、生活にもあまり不自由がない御家庭の割合が大きいせいか、公的な生活面での問題は少ない傾向にある。ないワケではないが、「発生率は少ない」ことは確かだ。反面「頭が回る」ために狡猾なことを着想してしまうこともあり、しかし着想止まりで自制することもあり、実践してしまうことはそうそうあるワケではない。もちろん喜んで実践に励む輩も居るけど、それはちょっと見の外見だけではわかりはしない。あくまでも確率的なハナシであって、「絶対の保証」は無理筋な注文なのだ… 弱いけど狡猾なのが普通のニンゲンの性なんだから。
一言で表すなら、「ヒトと可能性の問題」ということである。
そして知識と実践力もまた別物である。この辺は学力よりも性格的な要因が大きいような気がするなぁ…
そしてこの「実践力」は、世渡りの上で掛け替えのない貴重な戦力であり、知識ばかりの頭でっかち尻すぼみなど問題にもならないほど「余程に使える」得難い才能なのである。
「人柄」と「実践力」ばかりは… 集団で実際に物事に取り組ませるしか実感できる方法がなく、況やペーパ―テストでその才を識ることは不可能である。




