第113部分 客観テストに物申す⑤…~あれ、いつのまにか、大学入試へのイチャモンに…~
第113部分 客観テストに物申す⑤…~あれ、いつのまにか、大学入試へのイチャモンに…~
世の中の役に立つヒトってのはどういうヒトなんだろうか。
たとえば… ちょっと極端な例だけど、こんな人々はどうだろう。
・英語の得点は獲れるけど、おとなしすぎて人前ではしゃべれないヒト
・数学の得点こそ獲れるけど、ヒトに教えるのは苦手なヒト
・化学の知識はスゴイけど、実験は怖くてできないヒト
・物理は常に満点だけど、変人過ぎて人間嫌いゆえ他人に好かれないヒト
・知識やテクは一流だけど面倒くさがりで、論文にまとめるのがすんごく苦手なヒト
他にも、オンナにだらしないオトコ、気に入ったオトコと見ればなりふり構わず態度が変わるオンナ、盗癖のあるヤツ、普段は真面目なのに運転席に座る人格が豹変するヒト、瞬間湯沸かし器機も真っ青レベルの超短気な輩など、挙げだせばキリがない。
ペーパーテストだけの選抜方法は、こういう人々も満遍なく受け入れることを意味する。高校からの調査書(内申書のようなもの)は公式文書だからと、態度性格悪そうに書くことは許されないし…これって本当はおかしいよね…だって粗暴は粗暴だし、短慮は短慮だし、愚図は愚図… まあ仕方ないから担任は例えば『与えられた仕事はきちんとやる』等の文章でそれとなくそこはかとなく匂わせるワケで… これって決して誉め言葉ではないでしょ…ということだ。ウラの意味は『与えられなきゃ何もやらん』ということなんだから、少なくとも積極性を持っているとは…いえ…ねぇ
同様に『マイペースでコツコツとやり遂げる』なんてのも、ね… まあ、そういうことかな。
そうそう、ペーパーテストでの選抜そのものを全否定する訳ではなく、その手段がその大学なりの目的や目標に対して適切な手段なのかどうか、というハナシなのだ。まあ大部分のニンゲンは… 自分視点では普通とか高等人種であっても、他人の本音から見たらただの変人とかむしろ異常だとかヤなヤツとか… まあそんな評価であると思ってほぼ間違いはないだろうか、むろん私も含めて。余談になっちゃうけど、いわゆる集合住宅に住んでみるとですね、隣人も向いも斜向かいも奇人変人ワケ分からん家ばかりが目立って、普通のヒトなんてどこにいるのさ…って気分になりませんか?
客観テストは、要はコレだっ! と思う選択肢の番号をマークすれば良いだけだから、そういった人格や性格、そして嗜好などについてはほぼわからない。まあ、正確にマークできるか、くらいのおっちょこちょい度くらいはわかるけど、それを確認する手段や通知する体制は一切ないし、これからもそうだろうし、そもそもそんな些細なことに意味もへったくれもないし、そんなことで合否を決められてもおかしなことになる。
だからせめて二次試験では、高等教育が目的とするような要素を何らかの形で確認すべきじゃないかと思うんだよなぁ。
記述式なら漢字能力、文章構成力、論理の組立てと展開力、説得力等なんかもほぼ推理できるし、面接や小論文を課せば、加えて説明とかプレゼンの能力、咄嗟の機転、協調性、適切な例とか引用の能力なんかもざっと俯瞰鳥瞰できることだろう。そういう能力が必要なのは目に見えてるのに、日程の慌しさを盾にとるかのように、大学はなぜか労力を掛けようとしないんだ。前回も書いたけど、共通テストのみで二次試験なしとか、語学と社会2教科の客観テストだけとか、もう手抜きとしか思えないじゃん。
え、私の主張っておかしいですか?
憤りのあまりもうちょっと書いちゃうけどね、そのくせ推薦(指定校や公募)とかAOとか派手に募集を掛けるんだよ。そんなふうにたくさんの方式や日程を組んだらさ、絶対慌しくなるに決まってるじゃん。
それに多くの募集を掛ける割には「審査の基礎資料作成と申告は高校任せ」で… あれ、ほぼすべてクラス担任が作るんだけどさ… そう、あのクソ忙しい時期に作成させるんだぜ。まあこちとらもまあ自衛手段を発動して「見合いの釣り書きみたいな針小棒大の推薦書」を書くんだけど… というか8割方は方便(USO)という名の作文なんだけどね。
そもそも担任の保証付きでおススメしたいような立派な生徒さんには、そういうテキトーな大学には行ってほしくないし、やっぱ生徒さんも行きたがらないし…
逆にそうでもない生徒さんが臆面もなく「推薦してくれ」って申し出て来るケースが多いワケで… ふん、もっともらしいこと言ってくるけど、本音は他人より早く受験から解放されて、ラクして自慢して、遊び回りたいからなんだろ… そんな魂胆は分かり切ってるけどさ、これも仕事と割り切ってさ、方便を書き綴る罪悪感もやがて麻痺して3人目くらいには雲散霧消してしまう。
私に言わせるならば、「3学期なら1週間でも公欠にしてやっからさ、その間徹底的に性格やら実績やら志望動機やら、学力の隅から隅まで大学で調査しろよ」と思うんだけどな。
だって、それがスジってもんだろ!
そんなこと書いてたら一昨日?の「やほーニュース」の記事が素晴らしい!
元記事は毎日新聞らしいけど、ちょっと箇条書き風に要旨を引用してみよう。
『・12月までに合否が決まる「年内入試」が全国で広がりつつある
・従来文部科学省は学力試験を年明けの2月1日以降にするよう求めてきた
・しかし令和8年春入学の入試から条件付きでもっと早期から実施できるように緩和する
・大手予備校によれば「年内入試に学力試験を課す大学は8割にも上る」らしい』
えって、こんどは文科省「公認」でまだもっと早くする気なの?
基礎じゃない理科なんて、内容がアホほど多いし理解が難しいので2学期末いっぱいまで使ってようやく教科書を無理矢理終えてるのが現状なのに… 演習だってろくろくできはしないんだから。官僚、現場現状を知ろうともしてないクセに…
さらに続く。
『・年内入試は、早期に合格したい受験生や保護者の思惑と利害が一致している
・年内入試は、志願者や入学者を確保したい大学側の思惑とも利害が一致している
・しかし、高校側は「授業の進度が間に合わない」等の理由で否定的である
・2023~2025年春入学の私大入試では「学校推薦」や「総合型選抜(旧AO入試)」の年内入試が入学者の約6割を占めている』
うむ、ここは事実だ。つまり大学側は文科省の『要請というか指導を無視または蔑ろ』を故意の掟破りをしてきたワケだ。
本来文科省はまず大学に向かって、
『高校生には高校卒業資格としてきちんと履修習得すべき教養がある。少なくとも1月末までは高校での教育が優先すべきだ』と苦情を述べ、『ルールを守るよう』声高に指図し、掟破りには『補助金打ち切り」や『大学認定の取り消し』等の罰則を与えるくらいの気概と対策を為すべきはずの立場である。
…にも関わらず譲歩迎合するとか納得できるもんじゃない。
こりゃ見えないところで献金とかハニートラップとか何かがあったとしか思えないじゃないか。
さらに続けよう。某大手予備校が全国約220大学を対象に年内入試の実施状況を調査した結果は…
『・9月末で最低1学科または1方式以上で学力試験を課すとした大学は80%に上る
・ただし方式別に集計すると入試全体の3分の1程度の占有率を占める』
この件、受験生も保護者も悪くない。大学がこういう入試があるよ、と甘く勧誘すれば、そりゃノリたくなるに決まってる。そもそもそれ以前の問題として、そういった「掟破りの制度を堂々導入する大学」、そして「それを黙認し続けてきた文科省の怠慢」という全面的な故意過失があるからであり、それがこうした堕落を育んできた土壌だからだ。こどもの数自体が減少している中で受験生の確保も大変だろうとも思うけど、そもそも大学本来の任務を忘れ、いわば『カネと引き換えに卒業証書を配布する営利機関』に堕しているような名ばかり大学など、この際淘汰されてしまえば良いのだ。
ん、なになに…
『・事実上の年内入試は近畿地方の複数の大学が学力試験のみでの合否判定を長年実施している
・すなわち2月1日ルールはとっくに形骸化し、実質的にはすでに破綻していた
・24年12月の関東地方の某大学が学力試験のみで合否を決める選抜に1.9万人余が志願したのを契機に、文科省や高校関係者が「ルール違反」を指摘した』
一言言わせてくれっ、文科省遅いわ! いままで知ってて黙認し続けてきたクセに、高校関係者に言われて都合が悪いとなるとやっと腰を上げるとか、怠慢ここに極まれり、じゃないか。
とどめだ… ただし、改悪の…
『・6月に文科省は大学や高校関係者らと協議して以下の見解を示した。
・年内入試の学力試験を「小論文や面接などの評価方法と組合せる方式なら可」とする』
改めてここでも間違えてる。理系理科や文系社会の場合、高校の教科書をざっとでも終えるにはどうぢてもどうぢても2学期末まではかかってしまうし、それを『もっと早くできるだろ』というのは授業の履修時数そのものを否定することに繋がる。
正直に言うと、私立文系は教科科目が少なくて時間が余って学校全体で持て余してるからどうとでもなるけど、理系は授業時数が絶対的にというほど不足気味で、上限の決まった単位数を熾烈激烈に奪い合うほどの状況なのだ。それでも英数国は1年からの継続だし演習とかの余裕もあるけど、「基礎じゃない理科」なんて「初めて教わる内容」だし「その内容も複雑で深い」し、もう余談もそこそこにF1レース並みに爆走しないと演習はおろか教科書さえ終わらないのが実情だ。いや、ラクして略せば終わるけど、それじゃ生徒さんがあまりに可哀想というものじゃないだろうか。やったことにすれば良いってもんじゃないんだよ! 入試必須のパターンなんかも紹介してあげたいじゃん、ねぇ…
もう一度言うけど、2学期から受験とか、なんと「履修を軽視」した見解だろうか。
文科省はなぜ『年内入試なんて絶対許さん!』と言わないのか。やっぱ教育産業への忖度か賄賂かハニトラか受験産業に天下りしたOBの差し金か? 見える材料で推測する限りそういう入試があること自体、そして年内入試で合格した生徒たちがその後の授業や周囲の生徒さんたちにどういう悪影響をもたらすのかを全く考慮しなかったことは明白である。
この記事、あまりにも的確で、ほんと、よくぞ書いてくださったという感謝の気持ちで一杯です。特に私にとってはあまりにタイムリーでもあり… ありがとうございます。
ああ、ついに今まで言えなかった本音を書いてしまった。ウチらは違うぞって怒る方がたくさんいるだろうな。
いや、ダイジョブだ。私は無名だし、そういう方々がこの拙文を読む機会はゼロであるww




