欠片集め
キラ・シフォンはセピア色の欠片を集めるために四国八十八か所を巡礼する。寄り道がつきものの徒歩での旅。寄り道をしたいからするのではなく、そうする必要があるから順路から逸脱する。欠片は各札所につき一つずつ獲得できるが、八十八個では換金できない。セピア色の欠片は、札所のような確実に欠片を入手できる場所の近くでよく見つかるというが、比較的よく見つかるという話でしかない。あったとしても土の中に埋もれていたり、すでに誰かが所持していたり、材料の一つとして加工品に組み込まれていたりする。セピア色の欠片を見つけ出す機能を持つ機械はいまだに発明されていない。フラグメントハンターは己の経験と勘を頼りに、自らの足で歩き、自らの目で見極めながら探すしかない。キラ・シフォンだって、肉体的にも精神的にも楽に探して、楽に手に入れられるに越したことはないと考えているが、ないものねだりをしても仕方ない。その困難さが、フラグメントハンティングに参入する人間の数を抑制し、欠片が手に入りやすくなるなら、喜んで歩き遍路をしようじゃないか。キラ・シフォンはそう前向きに考えている。彼女の価値観に照らし合わせれば、欠片を換金して得られる報酬と、換金に必要な欠片の総数を考え合わせれば、歩き遍路という代償は軽すぎるくらいだ。
キラ・シフォンは若い。年齢相応に体力はあるし、気力も充分だ。SNSやネット掲示板には、セピア色の欠片にまつわる様々な情報が、さながら現実世界のセピア色の欠片のように散乱しているが、効率を求めるあまり虚偽の情報に飛びつく愚行は犯さない。頭よりも体を動かす。動いて、動いて、数を撃って数を稼ぐ。這いながらではないと物理的に移動できないほど心身が疲弊しても、食事と睡眠をしっかりととりさえすれば、翌朝には二本の足で歩けるまでに回復している。それが若いということだ。体力があり余り、気力が横溢しているということだ。
徳島、高知、愛媛と歩き抜け、キラ・シフォンは香川県内を探索する。愛媛県内を歩いているときから気がついていたが、欠片を集めるペースは日ごとに緩やかに低下している。すなわち、香川県内でよりたくさんの欠片を採集しなければならない。八十八番札所に到達してもなんの感慨も湧かない。キラ・シフォンは汗をかいた。確立された効率的な発見方法がない以上、若い彼女にとってそれがもっとも効率的なやり方だった。欠片の獲得総数は着実に増えていったが、彼女自身が想定していたよりもさらにペースは遅い。さすがに採り尽くして収穫がゼロになることはないだろうし、仮にそうなったとしても他の三県に戻ればいいだけ。絶望にはまり込むことはなかったが、なにはともあれ長期戦は必至だと思うと、暗澹たる気持ちになった。
東京出身在住のキラ・シフォンは四国には詳しくなく、今回初めて訪れたが、香川県に本当に讃岐うどんの店がたくさんあるのには感動に近い驚きを覚えた。食べ物の中でうどんは好きでも嫌いでもないが、本場に来たのだから一度食べてみたい。顔まで泥に汚れながら道を歩いていて、長蛇の列を作るうどん屋を目の当たりにしたり、うどん屋から漂ってくるスープの匂いを嗅いだりしたときは、腹が鳴るのを抑えられない。並びたいと思う。食べたいと思う。しかし、長時間にわたる過酷な作業に精神力が萎え、投げ出しそうになったときのように強力な自制心を働かせ、店から顔を背けて遠ざかった。毎日の食事は、宿泊する宿が食事つきではない限り、コンビニで買ったパンとジュースで済ませる。かけうどん一杯なら安く食べられるが、キラ・シフォンとしては本場のさぬきうどんを、欠片集めが成就したときのご褒美として置いておきたかった。彼女はうどんが好きでも嫌いでもないが、さぬきうどんは一種特別だと認識していた。既定の数だけ欠片を集めたさいに得られる報酬と比べるとささやかだが、モチベーションの維持に一役買っているのは間違いない。
忍耐強く取り組んだ結果、四国を一周したのとほぼ同じくらいの日数がかかってしまったが、規定数に達する欠片を手に入れることに成功した。
込み上げた達成感と歓喜は、彼女のこれまでの人生で類例を見ない巨大なものだった。大記録を達成したスポーツ選手のようにその場に仰向けに倒れ込み、両手を天高く突き上げた。その手を、体と同じように地面に下ろしてからは、しばらくその場から動けなかった。目標達成の瞬間の感動を過小評価していたことをキラ・シフォンは知った。今現在というよりも、今までに溜まりに溜まった疲労から、その場からしばし活動停止を強いられるのはなんとなく想像がついていたが、ガッツポーズはイメージからはかけ離れている。
予想を裏切ったのは、ご褒美としてさぬきうどんを食べたいという気持ちもそうだ。歓喜を嚥下し、大地にへばりついていた体を起こすと、東京に帰ろうという思いがキラ・シフォンの心を支配した。激しい衝動ではなく、常識的に考えて次にとる行動はそれしかない、という思いが厳然として揺るぎない状態。欠片を換金する施設は東京にしかない。ただ多少きれいなだけの無機物を価値あるものに一刻も早く交換してしまいたい。経済的な余裕ができるのだから、四国にも香川にもいつだって来られる。目的を果たしたご褒美は換金を終えてからでも遅くない、という思いが、本日高松空港を離陸する羽田空港行きの航空券をネットで予約する、という行動を彼女にとらせた。無事に予約がとれると、うどんへの未練は完全に解消された。キラ・シフォンにとってさぬきうどんは特別感のある食べ物という認識だが、大前提として好きでも嫌いでもないのだから、無理もない。
羽田空港に向かう機内、あとひと押しで眠りに落ちそうな倦怠感の中、キラ・シフォンは恐るべき事実に気がついた。欠片と交換した金で自分がなにをしたいのか、それが分からないのだ。重視しているのは結果ではなく過程、規定数の欠片を集める達成感を得たいだけであれば、東京に飛ぶのをこうも急がなかったはずだ。不倫や脱税や薬物の罪を犯した芸能人著名人がよくやるように、罪滅ぼしのための苦行が目的であれば、道中自らが犯した罪のことをひっきりなしに意識していたはずだが、彼女が四国を巡っている間考えていたのは、どこを探せば欠片が見つかるか、それのみだった。欲しいのは金で買えるもの。手持ちの資金だけでは買えないような、ある程度高価なもの。だが、そのなにかがなんなのかは見当もつかない。強い想いを胸に八十八か所巡礼に臨んだ記憶はちゃんと残っている。その想いは、金で得たいものにダイレクトに関係するものだったと推察される。それなのに、それにまつわる記憶がない。あたかも超自然的な力によって消去されてしまったかのように。
実際に大金を得れば思い出すのではないか。羽田空港に降り立った時点でキラ・シフォンはそう結論した。心の乱れを最小限にとどめるため、極力なにも考えないようにしながら換金所まで行き、たかが小さめのビニール袋一つにおさまる物体群を現金に交換するだけにしては煩雑な手続きを経て、キラ・シフォンの感覚でも、おそらく現代日本における一般庶民の感覚からも、紛れもない大金と言える金額が彼女の銀行口座に振り込まれた。その一部をひとまず上限の金額まで下ろし、順番待ちの短い列が生じているのも厭わずにATMの前に立ち尽くしたまま、大金の厚みをその手で感じながら、これを活用してなにがしたいのかを考えた。
なに一つ思い浮かばなかった。
一週間の期限を設け、寝ても覚めても考え続けたが、答えはもちろん、答えに通じていそうなものにすらも辿り着けない。
キラ・シフォンはあり余る金を使ってファーストクラスの座席を予約し、十日ぶりに高松へ飛んだ。
事前に調べて目星をつけていた、最高ではないが高い評判のさぬきうどんの店に足を運ぶ。店のホームページと店頭の看板を見たかぎり、文字どおり看板メニューと思われる、えび天が二本のった天ぷらうどんを注文。テーブルに運ばれてくるや否や、さっそくすすり上げる。
美味しい料理、好みに合致した料理を食べた感動は、確かにあった。しかし、キラ・シフォンにとってうどんはしょせん、好きでも嫌いでもない、数多くの料理の中の一品に過ぎない。
さぬきうどんの食べ歩きでもして東京に帰るか。それとも、食事を終え次第、真っ直ぐに帰京するか。彼女は天ぷらうどんを食べ終えるまでに決断するつもりだ。




