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廃墟探索系

 左京は動画配信サイトをよく観る影響で、廃墟を探索したいと思うようになった。

 左京が好きな配信者は、廃墟探索系配信者を自称するチーボーという男。どんないわくつきの廃墟にも果敢に踏み込むが、踏みつけた菓子袋が鳴る音や、遠くの鳥の鳴き声にも身をすくめるという、視聴者受けする過敏さを併せ持っている。演技だ、いや演技でできるリアクションじゃないと、信者からアンチまで様々な意見を出しているが、間違いないのは彼が人気者だということだ。

 左京はチーボーの人間らしい弱さも好きだが、なにより勇猛果敢なところが好きだ。幽霊が出ると噂されている物件だろうと、ホームレスが不法占拠している物件だろうと、チーボーはカメラを片手に単身乗り込む。やらせだと強固に主張するアンチもいるが、生配信という環境で、真実が根本から歪むほどの演出が成立するわけがない。チーボーはガチだ。尊敬に値する廃墟探索系の配信者だ。俺もあんな男になりたい。あんなふうに廃墟を歩き回ってみたい。

 チーボーを推すようになって以来、左京は自宅近くに廃墟がないかを調べていたが、とうとう該当する建物を見つけた。市中心部から少し離れたT海岸の近くにある元住宅で、門柱から剥がれ落ちかかった表札に刻まれた名前から「南下家」と呼ばれている。

 噂によると、南下家は農業を営んでいたが、ある年の夏、高温や豪雨などの異常気象が頻発した影響で、育てていた農作物が全滅。収入が途絶えた一家は、自宅で首を吊って心中。葬儀後に業者が住宅を取り壊そうとしたが、小さな事故やトラブルが続発。挙げ句の果てに、作業員が重機に轢かれて死亡。工事は中断となり、南下家は放置された。その後、波音に紛れて子どもの泣き声が聞こえるとの近隣住人の証言が相次ぎ、南下家は呪われた家であるという噂がネット上で拡散。知る人ぞ知る心霊スポットと化した、という経緯らしい。

 事故やトラブルが多発したのは、単なる偶然。死亡事故は、どの解体作業現場でも起こり得る最大級の不幸。波音に紛れて聞こえる泣き声は、いわくつきの廃墟が建つ土地だという事前情報を得ているゆえに聴こえた幻聴。

 説明をつけようと思えばつけられる。左京はもともと非科学的な噂話の類は信じない質だ。チーボーは好きだが、彼が挑む廃墟にまつわる怪異については、様々な事情によって事実が誇張された結果のフィクションだと受け止めている。真偽を検証する趣味はない。勇気をもって廃墟に足を踏み入れる。勇気を維持して探索し尽くし、出ていく。ただそれだけ。

 運転免許を持たず、足役を買って出てくれる友人も持たない左京は、途中まではバス、途中からは徒歩で南下家に向かった。バスを降りてからの道の大半は海岸に沿っていたが、聞こえてきたのは波音ばかり。気持ちがだんだん楽になっていく。

 しかし、暗夜の中に佇む南下家を前にしたときは、さすがに恐怖が込み上げてきた。南下家は農業に従事していたそうだが、周囲は見渡すかぎり畑地ばかりで、寝静まった人家すら一軒もないのだ。

 怖がるな。思い出せ。チーボーは恐怖が臨界点に達して足がすくんだとき、自分自身にこう言い聞かせることで前に進む気力を取り戻す。俺を怖がらせるものは全てまがい物、真実はいつだって肩透かし、喜び勇んで肩透かしを食らいに行こうじゃないか。

 左京は憧れの人の決めゼリフを胸の中で唱え、靴のつま先に落としていた目を前方に向けた。玄関ドアは開きっぱなしになっていて、まるで罠に誘い込もうとするかのようだ。恐怖は消えていないが、体中に勇気がみなぎっている。スマホのライト機能をオンにし、より深い闇へと踏み込んでいく。

 埃っぽさと黴臭さが左京を歓待した。玄関から見渡した屋内は、上がって真正面と左手に和室がある。前者は襖が全開近く開かれ、後者は襖そのものがない。三和土も含めて床にはたくさんの物が散乱していて、足の踏み場もないくらいだ。底が破れたサンダル、ボールペン、衣類を雑に詰め込んだ透明なごみ袋。頭がゆらゆらと揺れ動く牛の置物、真っ二つに折れた編み棒、見たこともない炭酸飲料の空き缶。生活感があるような、ないような。すでに誰がかが足を踏み入れ、中を荒らしまわったようにも思える。

「チーボー……」

 少なくとも彼の仕業ではない。それは確定している。彼は探索済みの廃墟のリストを公開していて、南下家がラインナップにないのを左京は確認済みだ。チーボーは東京在住、関東を中心に足を運んでいて、四国の片田舎にある、全国レベルではさほど有名ではない廃墟の優先順位は、彼の中では低いに違いない。

 ハンガーにかけられたままのトレンチコートや、ドアが閉ざされたトイレ、そばを通り過ぎようとしたさいに突如として崩落した空き箱の山など、悲鳴を上げる場面は散発的にあった。しかし、ホラーゲームやお化け屋敷と比べると圧倒的に地味で、平穏。自分自身の五感で体験すると、画面越しに体験したときと比べて、悪い意味での生々しさが却って軽減される、という意外な発見もあった。一階の全ての部屋を見回り終えたときには、自信が芽生えていた。チーボーと肩を並べたとは、口が裂けても言えない。しかしとにかく、彼が活動するのと同じ地平に両足を置くことができたのだ、と。

 しかし早くも、二階に向かう階段を上がるときには緊張感がぶり返した。踏みしめるたびに板が軋む音が不気味だからではない。フロアが替われば別個の、それも一階とは比べ物にならない恐怖が待ち受けていて、芽生えたばかりの自信が木っ端みじんに打ち砕かれるのでは、と危惧したのだ。

 二階は一階よりもいっそう暗く、スマホのライトの明るさとのギャップが生理的な不安をかき立てる。右手は廊下が長く続いていて、部屋に差しかかったとたん、怪物が襖をぶち破って襲いかかってきそうなおどろおどろしい雰囲気だ。一方の右手はすぐ部屋になっていて、全開にされたドア越しにがらんとした室内が見えた。暗いなりに明るく感じられるのは、カーテンが開いていて、窓ガラスを通じてわずかばかりの星明りを取り込んでいるためらしい。左京は部屋に足を踏み入れた。

 一面敷かれたカーペットが足音を吸収してくれるおかげで、不要な心の乱れとは無縁でいられた。家人の私室だとすぐに分かったが、インテリアが中性的かつ年齢不詳で、誰の部屋なのかは判然としない。下からなにかよからぬ存在が飛び出してきそうなベッドを素通りし、窓の方に歩いていくと、クローゼットのドアが開いていた。床に雑誌類が積み上げられている。左京は膝をつかないようにしゃがみ、てっぺんの一冊の埃を払ってから手にとってみる。マンガ雑誌で、どの作品も絵柄が古い。二十年前くらいかな、知っている作品もギリギリあるかもしれないな、などと思いながらめくっていると、中から一枚の紙が床に滑り落ちた。その黄ばんだ一枚には手書きの文字がつづられていた。

『僕はチビで弱虫だから、みんなからはチーボーと呼ばれてからかわれています。大きくなったら、強い人間になりたい。みんなみたいに暴力や悪口を使うんじゃなくて、難しいことや怖いことにも勇気を出して立ち向かって、自分が強い人間だと証明したいです』

 そう言えばチーボーは、今は東京に住んでいるが、出身は東京とは言っていなかった。

 そのことに気がついた瞬間、世界は温かみのある明るさに包まれ、子どもが泣く声を左京の聴覚はキャッチした。音源を振り向くと、ベッドの縁に腰かけた少年が声を上げて泣いている。悔しそうに握りしめた拳を自分の膝に押しつけ、しゃくり上げるように泣いている。うつむいているうえ、今よりもずっと幼いので分かりにくいが、左京の憧れの人の顔に間違いない。

 しばらく泣く様子を見守っていたが、ふと思い出したように紙片をマンガ雑誌のページに戻し、抜き足差し足で部屋から出ていく。少年は顔を下に向けていたのと、カーペットが足音を殺してくれたのとで、ばれずに廊下に出られた。階段はギシギシと鳴ったが、少年は追いかけてこなかった。自分が泣く声にかき消されたのかもしれない。

 帰宅した左京は、清々しい気持ちでチーボーのチャンネルを登録解除した。

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