僕と自然と
無職になると自然と触れ合いたくなる。自然は一人の人間が無職であることを咎めないからだ。別に慰めてはくれないのだけど。例外的に、その人が慰めてもらいたいと思っているときは、自然が慰めてくれていると感じることもある。もっとも、誰かに慰めてもらいたい人間は、いざ実際に慰められると萎える。慰められたい人というのは、実は本当に慰められたいわけではない。慰められたいがまだ慰められていない宙ぶらりんな状態が、言い換えるなら不幸な自分が、酔っぱらってしまうくらいに好きなだけだ。
つい寄り道をしてしまった。無職になると、時間があり余っているせいでくだらない、無意味なことを考えてしまう。僕は誰かに慰めてもらいたいとは思っていないから、最上級にくだらないし、無意味。僕が自然と触れ合う目的は、暇つぶし以外のなにものでもない。
自宅から徒歩十分の距離に公園がある。名称J公園。都会の真っ只中にある、貴重な自然の供給源だ。
J公園には入ってすぐのところに、公園内でたった二つの遊具であるブランコとシーソーが設置されている。こぢんまりとした広さのわりに背の高い植木が多く、雰囲気を一言で表すなら鬱蒼。その植物たちに覆い被さられるようにして、公園の奥まった場所に池がある。僕はJ公園というよりも、その池に行っていると言っても過言ではない。遊具で遊んだことなんて一度もないし、家を発つさいの親への言葉も「池に行ってくる」と「公園に行ってくる」で半々だ。
池に行ってなにをしているのかと言えば、水際に腰を下ろして水面をぼーっと眺める。水面に近いところは澄んでいて、底の方は濁っていていない。生き物を見かけたことはないけど、いかにも淀んだ領域からふっと姿を見せそうで、ただ眺めているだけでも飽きない。いや、飽きることは飽きるんだけど、飽きながらでも眺めていられる。池に石を投げ込むこともある。行為としてはあまりよくないのは分かっているけど、なにせ手持ち無沙汰だし、驚いた小魚が逃げる姿を視界に捉えられそうな気がするのだ。
自然は僕が無職であることを咎めない。だから、ただ水面を眺めているだけ、たまにそこらへんに落ちている小石を投げ込むだけなのに、永遠にでも水際に座っていられる。ろくな遊具がない、陰気なJ公園に好んで訪れる奇特な人間は僕くらいだから、一人で過ごせるというのも大きい。公園の前の道を行き交う通行人の数は多いけど、視線を感じたことはほとんどない。まっとうな人たちにとっては一瞥する価値すらないのだろう。J公園が、なのか、僕が、なのかは、判断は保留にしておくけども。
人間は視覚情報に影響を受けやすい。池の異変に気がついたのも、視覚を通じてだった。
今にも雨を降らせそうな灰色の雲が空を覆い隠し、雨に打たれる覚悟でJ公園に赴いたその日、いつものようにほとりで体育座りをして池を眺めていた僕は、水中に鼠色のものが浮かんでいるのを認めた。
最初、生き物かと思った。でもそのなにかは、一点にとどまって動きらしい動きがないし、ボディの質感も無機的だ。なんというか、水中を滑らかに移動するように作られたようには見えなかった。軽く身を乗り出して対象物を凝視すると、それは小石であることが判明した。サイズといい、色合いといい、僕が今までさんざん投げ込んできた小石に間違いない。さらに観察を継続した結果、石が積み上がって山の形を成したものが水中に鎮座していることが分かった。前述のように、池の底の方は濁っていて視認できないが、下方に向かって緩やかに面積を広げていく形状から、全容が露わになったとしたらその構造物は山のような形をしているに違いないと確信させる、そんな見た目だったのだ。
僕が無意識のように投げ込んできた小石たちが、まさか水面越しに眺められるくらいに堆く積み上がるなんて!
鼓動が少し速い。不安なような、落ち着かないような。でも、それだけじゃなくて、高揚感もある。偉業を成し遂げたという実感。それに伴う気持ちの昂り。小石の山を築き上げたことが? 夏のビーチで巨大な砂の城を完成させたのと同ベクトルの、児戯に等しい偉業。それでも、偉業は偉業だ。
砂の城との決定的な違いは、実現を意図しなかったことで、だからこそ不安と戸惑いは強い。高揚感のせいかと思われた胸の高鳴りも、二つのネガティブな感情に起因するものなのではないか、という疑念を持たざる得ないくらいの強さ。
池の中に石を投げ込むのは悪いことだろうか? では、池の中に小石の山を作ることは?
法律的にどうなのかは、なんとも言えない。池に本来なかったものを投げ込むという行為のみを切り取れば、悪いことのような気がする。ただ、石は自然のものだ。濁っていて見通せないけど、池の底の地面は落ち葉などとともにたくさんの小石も転がっていると思われる。ただ、もう少しで山頂が水面から突き出るくらいの大きさの山は、池にとって有害なのでは? 棲息する生き物の生活スペースを著しく圧迫しているわけだから。
だんだん居たたまれなくなってきた。公園の前を通る人々は誰も園内には注意を払わない。だから僕の犯行だとばれていないはずだけど、そんなこととは無関係に居たたまれない。リラックスした時間を過ごすために池に来ているのに、これでは意味がない。
「……悪くない。僕は悪くないぞ」
絞り出すようにつぶやき、逃げるようにJ公園を出る。
「すみません」
出て五歩も歩かないうちに声をかけられて、僕の肩は背後で雷が落ちたかのように跳ねた。振り向くと、温和な微笑を満面にたたえた二十歳くらいの女性が立っていた。服装とメイクは地味だけど、目がぱっちりとしていてかわいい。
「公園でなにをされていたんですか? もう用事はすみました?」
「えっと、あの……」
動揺からどもってしまう。女性は僕がしていたことを、もしかしたら今日ではなくずっと前から把握していて、叱るために声をかけたのではと思ったからだけど、
「もしよければ、いっしょに教室に参加しませんか?」
「え? 教室?」
「はい。わたしはフラワーアレンジメントの教室の受講生なんだけど、まだ開講したばかりで受講生が少ないんですよ。広い教室に色とりどりの花が並べられているのが逆にさびしいし、先生もたくさんの受講生を教えたいって言っているし。初めての方は無料で学べるので、お暇ならぜひ」
女性は笑顔のまま小首をかしげる。少し迷ったけど、「では、お願いしようかな」と答えた。女性が魅力的だったのもあるけど、女性は言わないだけで実は僕の罪を把握していて、参加しなければ罪を告発すると脅迫しているような気もしたからだ。
ニシノ、と名乗った女性が案内したのは、J公園の向かいに建つ六階建ての雑居ビル。その最上階がフラワーアレンジメント教室で、ドアを開けたとたんにあふれ出した花香に僕は圧倒された。匂いほどではないけど、教室にいた受講生がいっせいに僕に注目したことにも。三十代から五十代といったところで、全員女性。花なんてどこにもついていないし描かれていないのに、花をまとった印象の派手なファッションの中年女性が講師らしい。ニシノさんは講師と何往復か言葉をやりとりしたあとで僕のもとまで戻ってきて、
「じゃあ、試しにやってみようか。適時アドバイスするから、まずはあなたの好きなように作ってみて」
「ニシノさんが教えるんですか?」
「先生の補佐みたいなことをやっているの。自分で言うのもなんだけど、生徒の自主性を重んじるいい先生だと思っているよ。さあ、生けてみて」
まずは生ける花を選ぶ。世の中にはこんなにたくさんの種類の花があるのかと、感心するのを通り越して圧倒されてしまう。ニシノさんは僕が目をつけた花についていちいち詳しく教えてくれる。名前、花言葉、特性などなど。懇切丁寧に教えてくれるのは手放しでありがたいけど、残念ながら三分の一くらいしか頭に入ってこない。教室に足を踏み入れたときからずっと、自分が場違いな存在に思えてならないのだ。生花は自然の産物。僕は自然は嫌いではないはずなのに、なぜか落ち着かない。花が鮮やかすぎるのがいけないのだろうか?
僕の緊張は外から見てもはっきりと分かるレベルらしく、ニシノさんはたびたび僕の調子を案じてくれるし、他の受講生も声をかけてくれる。でも、そのたびに場違いなのではという思いは高まり、とうとう疎外感まで感じ始めた。
休憩時間になり、僕は窓辺に立ってため息をついた。開け放った窓から入り込む風は快いけど、気分は晴れない。道路の向こう側にはJ公園があり、樹木の枝葉に半ば隠れて見えにくいけど池もちゃんとある。なんと水面越しに小石の山のてっぺんが見え、軽く驚いたところで、
「どう? フラワーアレンジメント、楽しい?」
ニシノさんが隣に立ち、声をかけてきた。その澄んだ笑顔を見て、この人なら分かってくれるのでは、という思いが込み上げてきた。
「あそこ、あそこに公園があるのが見えますか?」
「公園? ああ、このビルの真正面にある公園ね」
「じゃあ、池があるのは分かります?」
「うん、分かるよ。ここからもちゃんと見える」
「じゃあ、その池の中に小石の山があるのは?」
ニシノさんは「え?」という顔になった。首を亀のように伸ばして池を凝視する。数秒間凝視してから僕へと顔を戻し、眉を八の字にして頭を振った。
その瞬間だ。池の中に築き上げられた小石の山は僕にだけ見えていた幻、空虚な無職暮らしも無駄ではないと信じたい気持ちが生み出した幻だったのではないか、という疑いが芽生えたのは。




