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虎が怖い

 プラットフォームに置かれた、座面が少しべたべたするベンチに座し、何本の電車を見送ってきただろう。

 人口が全国ワーストファイブに入る県の、中心部から外れた場所に建つ無人駅。上り下り合わせても半時間に一回程度しか電車は駅に姿を見せないにもかかわらず、すでにニ十本は看過した。目的地行き方面に向かう電車だけでも、約半分の十本。おおよその経過時間は推測できるが、あまり考えたくない。

 電車はいずれも普通にプラットフォームに停車し、普通にドアを開き、仮に乗車する者がいたとすれば、脚の悪い高齢者だとしても乗車完了できるくらいの時間待ってからドアを閉ざし、普通に出発した。

 全開にされた乗降口のドアから見えた車内に、異常は認められない。座席も、窓も、床も、つり革も。乗客の姿は見られなかったが、もともと利用客がそう多くない路線だ。明るく、清潔で、長時間ベンチで待っていた者からすれば、走って乗り込みたくなるような魅力を孕んだ眺めでもある。

 しかし、今のところ、全ての電車を見送っている。

 ひとえに、怖いから。

 電車に乗り込み、ドアが閉まって走り出したとたん、どこからか現れた虎に襲われ、食い殺されそうな予感がして、それが怖いのだ。

 プラットフォームから虎の姿は一頭も見かけていない。開いたドア越しにも、閉ざされた窓越しにも。仮に外からは見えない場所に身を潜めているのだとしても、図体の大きさを考えれば、中にいる人間はすぐに気がつく。すぐに通報する。蜂の巣をつついたような大騒動が勃発し、電車は全線で運休。平常時のペースで電車がプラットフォームを出入りしている時点で、電車内に虎はいない。そもそも野生の虎は日本には存在せず、県内にある動物園で飼育されている虎はゼロ頭なのに、あの猛獣を電車の中で見かけるというシチュエーション自体あり得ない。

 電車の中で虎に襲われる懸念は、百パーセント想像力の産物。現実と化すことは百パーセントあり得ない。

 そう頭では理解しているのに、恐ろしくてならない。虎がいるのではないか、襲われて殺されるのではないか、という懸念が消えない。乗りたくても乗り込めないまま、プラットフォームのベンチから動けずにいる。一時間も、二時間も、三時間も。

 それでいて、乗車を諦めてベンチから立とうとしないのは、目的地は徒歩でたどり着くのが不可能なほど遠方にあり、電車以外の選択肢が存在しないからに他ならない。目的地に行くのを諦めて帰宅するか、リタイアを覚悟のうえで徒歩で出発するか、恐怖を克服して電車に乗り込むか。現在のところ考えられる選択肢はその三つで、いずれの道にも進みたくないのが本音だ。

 目的地までの道順は完璧に把握している。道のりは長いが一本道だから、電車に乗りさえすれば苦もなく到達できる。駅を降りてから目的地までの道順も単純で、迷う方が難しいくらいだ。

 了解しているのは、目的地でするべきこともそう。大まかに分類すると、楽しいことだ。手間はかかるが楽しいこと。それをするために行く。長時間かけて目的を果たしに行くくらいだから、もちろん楽しみにしている。仮に自宅から近い場所で目的を果たせるなら、数日おきではなく毎日でも足を運んだだろう。手間がかかると言ったが、その手間も含めて楽しい。ようするになにが言いたいかというと、目的地に行きたくないあまり、あるいは目的地で目的をこなしたくないあまり、虎などという荒唐無稽な空想をしたわけではない。行くのが嫌ならそもそも駅まで来ていないし、行くのに気乗りがしないことに気がついた時点でさっさと帰宅している。目的地に行って目的をこなすのは義務ではないし、高額な参加料を払うなどの、不参加を躊躇させるようなコストも支払っていない。

 間違いなく、目的地に行くのを楽しみにしている。電車には乗りたい。

 ただ、虎が怖い。

 同じ車両にいないと確認した時点で、車両と車両を仕切るドアを開かないようにすることで、虎に襲われない状態を作れないか。死んだふりをすれば見逃してもらえるのではないか。虎は案外大人しく、人を襲わないのではないか。

 いろいろな対策や可能性が思い浮かんだが、どれも安心するには程遠い。電車の中に虎がいないという保証がないかぎり、乗りたくない。そんな思いが厳然として揺るぎなくある。

 たしかに虎は恐ろしい。しかし、電車の中に虎がいるなどという、荒唐無稽な懸念を抱いたのは、そしてその懸念をいつまで経っても消せないのは、なぜなのか。電車の中で窃盗の被害に遭うとか、プラットフォームから誤って線路に転落し電車に轢かれるとか、なんなら、乗客がいきなり刃物を振り回し始めてその犠牲になる確率の方がまだ高そうなのに。

 たしかに虎は恐ろしい。ただ、虎に関するトラウマは抱えていない。幼少時に動物園でガラス越しに虎にちょっかいをかけるような真似をして吠えられたとか、映画で虎が人間を襲うショッキングでグロテスクなシーンを見たとか、そういった経験はいっさいしていない。ネットの海外のニュースで、南アジアの村で人食い虎が村民数名を殺傷したという記事を見たときは怖いと思ったが、それはあまり興味のないスポーツの国際大会で日本代表が優勝したとの一報に接したときに、「すごいな」と思うようなもの。その場限りの弱い恐怖、一過性の恐怖に過ぎなかったのに。

 不可解だった。

 しかし、考え続けて、考え疲れたことで我に返った。今までは見落としていた、大切なことに気がついた。

 いかにして目的地に行くかを考えるのを最優先するべきでは? メカニズムを解明することが、目的地にたどり着く方法を導き出すという目的を果たすのに寄与するかもしれないが、必須のミッションではないのだから。

 徒歩で行くという代替案は、現時点では採用に前向きな気持ちにはなれない。目的地へは後日改めて、という選択肢も考えたくない。今日行きたいからこそ葛藤が生じているわけだし、改めた日にも電車に虎はいるかもしれない、というよりもその可能性が濃厚だろうからだ。

 言うまでもなく、人間の力では虎を倒せない。車内から追い出したり、気絶させたりするのも、同じく難しそうだ。嗅覚を考えれば、隠れてやり過ごそうという目論見は打ち砕かれるに決まっている。

 車両内に虎がいた時点で、殺されるのは免れない。そう覚悟しておいた方がよさそうだ。

 逆に言えば、電車に虎が同乗していないことを確かめられたのなら、命が脅かされる心配はない。

 ただ、電車内には死角もある。体の大きさを考えれば、隠れる場所があるとは思えないが、人間にはとっさに見抜けないような隠れ場所がある可能性を完全には否定できない。

 そこまで考えたところで、天啓を授かった。

 車両内には虎がいるかもしれないし、いないかもしれない。その虎は、人を見れば見境なく殺す凶暴な虎だと仮定しよう。もちろん虎に人間は勝てないから、虎と同じ車両内にいる人間はことごとく殺される。したがって、その車両内から人間は出てこない。つまり、虎の脅威と無縁でいたければ、乗客が下りてきた車両に乗り込めばいい。

 解決策を見出したことで、気持ちが大幅に楽になった。永遠にも感じられた待ち時間を待つのも苦痛ではない、と思えた。

 問題は、と思いながらベンチから腰を上げる。虎が電車ではなく駅にいて、電車の中に追い立てられたときだが、そのときはそのとき、なるようになるさ。

 その場で大きく伸びをし、ぶるっと体を震わせる。そしてしっぽをピンと立て、長時間にわたる待機で溜まりに溜まった尿を長々と放った。

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