9
「幽霊、ですか。」
野中は目を強く瞑る。自分一人だけが見たならば、勘違いで済んだかもしれない。だが、あの場にいた全員が見たのだ、透けていた人を。
「見たのは待合室で、ですか?」
首を横に振ると野中は診察室と書かれた扉を指差した。床が軋む音が聞こえる。見ると源が立ち上がり、尻についた埃を払いながら診察室に向かい、扉を開けた。懐中電灯で室内を照らしながら確認をする。
「床に穴が空いてるっすね。」
穴を覗き込むように身を乗り出している源を見つめながら野中は息を吐いた。
「子供が踏み抜いたんです。」
懐中電灯を持ったまま両手で顔を覆う。
「その声が聞こえて、中に入ったところ。」
「幽霊を見て悲鳴をあげた、と。」
金具が錆びついた音と共に扉が閉まる。床が大きく軋む音が聞こえると板が割れる音がした。体を跳ねさせ、音がした方に光を当てるとヤバいという顔をした源が床に穴を開けていた。
「来迎くんっ。」
狸塚は少しイラついた声で源を呼ぶと、源はへらへらと笑いながら長椅子に腰を下ろした。
「ところで、どうして警察を呼ばれたかお分かりになりますか?」
狸塚は軽く咳払いをし野中に尋ねると、野中は質問の意図が分からず眉間に皺を寄せた。
「悲鳴が聞こえたからじゃ。」
狸塚は首を横に振ると口角を深く吊り上げた。
「それだけじゃないんです。」
狸塚は楽しそうに笑いながら足を組んだ。何が楽しいのか野中には分からない。
「一度、ここでご遺体が見つかったからですよ。」
その言葉に胸の辺りが重く、喉が締まるような感覚がした。言葉は分かるのに、理解が追いつかない。胃が痛い。目頭が熱くなる。だって、誰からも、何も、聞いていないから。
「近所の方は、悲鳴を聞いてまただと思ったらしいですよ?」
狸塚は足を解くと立ち上がり懐中電灯を手にした。ゆっくりと野中に近づいてくる。
「また、誰かが自殺したんだ、と。」
狸塚の持つ懐中電灯の光が、野中に当たる。自分は今、どんな顔をしているんだろうか。狸塚は狐目をゆっくりと開き、野中を見下ろしていた。




