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「来迎くん、野中さんに名刺をお渡ししましたか?」
はっとする源は自分の胸ポケットを叩き、覗き込むと狸塚を見てへらりと笑った。
「忘れたっす。」
全く悪びれずにそう告げた源に狸塚は盛大にため息をつく。狸塚はずいっと野中に顔を近づけると眉を下げた。
「彼、ずっとこの調子だったのでしょう?申し訳ございません、新人なもので。」
胸に手を当て軽く頭を下げる。様にはなっているがどうにも胡散臭さがある。その間も熊野は一言も発することはなく、ただじっと瞬きもせずに野中を見つめていた。初めは、源にも若干怖さを感じていたがこの二人は違う。見た目は普通なのに狸塚は表情が読めないし、熊野は得体が知れない。特に熊野の目は飲み込まれそうなほど、黒々としていた。
「野中さん、大丈夫ですか?」
気がついたら、ただ熊野を見つめていた。熊野は野中に見られていても一切表情を変えていなかった。野中は気まずさを感じ、顔を逸らすと息を飲んだ。
「だ、大丈夫です。すみません。」
狸塚は細長い目を薄らと開き、野中を見つめると口角を上げた。
「そうですか。しかし、ご気分が優れないようでしたらすぐに仰ってください。」
小さく頷くと、自然と貰った名刺に力が入ってしまう。狸塚は口角を上げたまま頷き返すと穴だらけの板戸に手をかけた。立て付けが悪いため、音を響かせている。
「では、詳しい話は中で。権現坂社長から鍵はお預かりしていますので。」
懐から南京錠の鍵を取り出し、見せるように顔の高さまで上げた。金色に光る鍵に付けられたタグは確かに会社が保有しているものだった。狸塚は板戸の中に入り、続けて熊野、源が足を踏み入れていく。野中も中へ入ろうとした瞬間、何かに引き留められる感覚がした。振り返るも誰もいない。ただ、少し湿り気がある風が吹いている。
一応、左右を見て確認をすると首を傾げ、前を向き直した瞬間、熊野が野中を見上げていた。肩を大きく跳ねさせると咄嗟に息を飲む。
「熊野さん、怖がらせては駄目ですよ。」
小さく笑いながら告げる狸塚を睨み付けてしまった。野中と目が合った狸塚は楽しそうにしながら、いつの間にか開けた南京錠を玄関横に置いてある箱の中に入れた。あんな箱、あっただろうか?
「これは事前に権現坂社長がご準備していただいたものですよ。」
表情でわかったのだろう、狸塚はしゃがみ込み箱の中から懐中電灯を取り出して、付けたり消したりを繰り返して見せた。
「人数分ありますから、みなさん持って入ってくださいね。」




