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廃病院での業務から数日後、狸塚はとある建物の前に立っていた。
少し顔をあげ、飴色の一枚板の看板を見る。『権現坂不動産』と真鍮で書かれたそれは、さすが老舗といった風貌があった。ガラスには近隣の不動産情報が張り出されており、奥を見ると数人の従業員が働いている。なかなかお忙しいようで、と冷笑すると中の人物と目があった。ひらりと手を振ると彼は慌てるようにそばに近寄り、重いガラス戸を押し開いた。
「狸塚さん!」
「こんにちは、野中さん。」
顔色は良好。特に衰弱した様子はない。それどころか、あの日よりふっくらとして肌艶がいい。
「あの。」
観察するような視線に気がついたのだろう、困惑したように眉を下げる。その姿はまるで野ネズミのようだなと思った。
「ああ、申し訳ありません。お元気そうだな、と思いまして。」
その言葉に気恥ずかしそうに俯き、後頭部を掻く。あの今にも倒れてしまいそうだった野中とは違う表情に削がれた魂もきちんと回復したと少し安心した。賠償問題になったらこの上なく面倒になるから。
「狸塚さん、今日は何か?」
「ああ、権現坂社長にお話がありまして。」
この後のことを考えると笑みが溢れる。それが不気味だったのか野中は若干及び腰になっていた。
「今、社長はちょっと外に出ているんです。」
恐る恐る、と目を伏せている姿になるほど、苦手意識があるんだなと理解した。あれだけ怖がらせ嫌味を言ったのだから当然の反応だろう。まあ、まったく気にならないが。
「それはタイミングが悪かったですね。それでは、中でお待ちさせていただきます。」
野中の返事も聞かずにするりと中に滑り込む。中では至るところで電話でもしているのだろう、快活な話し声が聞こえてくる。
「あ、あの!お約束はしてるんですか?」
振り返ると不審な目で見つめてくる野中に、自然と笑みが溢れてしまう。
「ああ、していません。でも、いらないんで。」
約束なんて必要ない。こちらが上なんだから。
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