19
ふと、気がついた時には冴島は消えていた。そこにいたのが嘘のようにまったく存在を感じない。小さく細く、炎が揺らめいている。蝋燭は、だいぶ短くなっていた。ただ、ぼんやりと冴島登がいた場所を見つめる。
たぶん、冴島の母親も冴島を愛していたのだろう。息子のために尽くして尽くして。けどその息子は死んだ。自ら死を選び、家族を残して死んだ。母親の愛情は本当に愛だったのだろうか。尽くす、というのはただの母親の自己満足ではなかったのか。母親の愛情が冴島を追い詰めていた。源にはそう思えてならなかった。
愛情なんて温かい言葉で覆い尽くして、その実、中身は呪いのようだ。縛って身動きを取れなくしてしまう。人をも殺してしまう温かな言葉。
「源くん、どうしました?」
肩を叩かれると飛んでいた意識がはっきりと戻ってきた。狸塚を見上げるといつものちょっと意地悪に吊り上がった眉がほんの少し下がっていた。手のひらにはしっとりと汗が滲んでいる。それを誤魔化すように数珠を強く握ると、力の抜けた笑顔を浮かべた。
「なんでもないっす。」
体を捻り、狸塚より少し奥に、腕を組んだままこちらを見ている慈鳥を見た。目が合うとほっとする。
「慈鳥さん、どうでしたか!」
弾んだ声が響く。
「まだまだだな。」
ため息と一緒に出てきた言葉に少し落ち込んでしまう。その様子を察したのか慈鳥は源の目の前までくると、その綺麗に整えられた金髪を乱すように頭を撫でた。それだけで、沈みかけた気持ちは一気に浮上する。我ながら単純だけど、その手の温もりは確かに愛情だと確信した。
「解決もしましたし、撤収しましょうか。」
温もりがゆっくりと離れていく。名残惜しくなりながらも、やることは山ほどある。ここの片付けに、報告書の作成。慣れないことをやるのは嫌だけど、やらなければずっと小言が続く。スラックスに付いた埃を払いながら立ち上がると未だ意識を失っている野中を見た。
彼は、どちらなんだろうか。兄弟に囚われているように見えて、母親に縛られている。あの時、そう『直感』した。冴島のように追い詰められたのだろうか、それとも。
ふっと、少し辺りが暗くなった。見ると狸塚が蝋燭の火を手で消していた。野中のことは考えても仕方がない。野中ではないし、言葉をどう受け取るのかも本人でなければわからない。野中とは自分と違うのだから。
でも、やはり何故だか羨ましい気持ちもあった。
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