18
源は一歩、足を踏み出す。床は軋むが当たり前のように冴島は反応を示さない。一歩、また一歩冴島に近づく。埃が舞い、蝋燭の炎に焼かれたのか小さく音がする。
長く話しすぎたため、蝋が筋を描くように垂れていた。冴島の目の前に立つとじっと彼を見つめた。自分より年上だが、幾分背が低く頼りない姿は、似ていないようで野中に似ている。
蝋燭の前に静かに正座すると目を閉じる。長く息を吐き切ると、肺に空気を行き渡らせるようにゆっくりと息を吸い、止めた。先ほどまで感じていた肌にまとわりつくような湿り気も、蝋燭の匂いも感じない。ただ、冴島と慈鳥と狸塚、この四人しかいないように感じた。
止めていた息を吐くように読経をする。一音一音、息と一緒に吐き出すように唱える。全て体に染み付いている。何も考えていなくても口を動かせば勝手に音となる。
それが、たまらなく嫌だった。
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音が這うように全体に広がっていく。床、壁、天井に、源を中心として伝い行き渡る。いつ聴いても安定している。何千、何万も唱えてきた老僧にも負けず劣らずの読経。あの年齢でその域に達するのは並大抵のことではない。
しかし、それだけだ。軽い。あまりにも軽く、吹けばどこかに飛んでいきそうな薄っぺらさだ。ただそこに『ある』から『祓う』。餌が来たから口を開ける、ただの動作と同じ。だが、それでも効果があるのは源が天才と言われる所以だ。
目を細め、源の背中のその先、『中』を見る。悪い意味で凪いでいる。ただただ平坦、それでいてほんのりと黒い靄が片隅にある。この程度の相手なら問題はない。しかし、この先、力量に合わないものを相手にした時、必ず飲み込まれる。
体は人より大きいが、まだまだ雛鳥のように甘え、物事を貪欲に吸収する源を最後まで見届けることはない。
時間はあまりないのだ。源にも、私にも。
期限は刻一刻と確実に迫っている。だが、不思議と焦りはない。これは、私が異常な存在だからだろうか。ふと、自嘲した笑みが溢れた。
源から意識を離すように冴島登を見る。彼はまだそこに佇んでいる。少しずつ、少しずつ薄くなり存在が曖昧になっていく。表情はまるで変わらない。元々、何も起こらなければ自然と『消えゆく』存在だった。恐怖が伝播し、野中幸人という存在がいなければ私たちの出番はなかった。強引に今世から引き離される姿はどうにも哀れだ。
もしかしたら、私もああなるかも知れない。どこか俯瞰した気持ちで、慈鳥は弟子の背中を見つめた。
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