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「か、彼が?」


「ええ、彼が。」


失礼だがあまりのことに、彼を指差してしまった。にこにこと笑う源の横で、さらににこにこと笑う狸塚。


「こう見えても彼の読経はなかなか評判がいいんですよ。ご老人方からは引っ張りだこで。」


やはり祓い屋として、かなりの金銭を請求しているのではないかと疑ってしまう。


「うちは明朗会計なのでご安心を!ぼったくりなんて一切しませんから。」


狸塚が野中の表情で気がついたのか、よく客引きや店員が使う言葉を発する。ただただ胡散臭さが増すだけだ。


「ささ、供養の準備をいたしましょう。来迎くん、荷物持ってきてください。」


急かすように狸塚は手を叩くと源は返事をして、元気よく建物の外に飛び出して行った。熊野はやっと腰を上げると乱雑になっている長椅子を端に寄せ、診察室の扉を開く。


「彼、きちんとした本物ですから。」


横にいた狸塚が、熊野の動きを見つめながら呟いた。野中の視線に気がついたのか、狸塚はこちらに向かって笑みを浮かべた。胡散臭さのない、純粋な笑顔だった。


「持ってきましたー!」


床が抜けそうなほど、勢いよく戻ってきた源の腕の中にはダンボールがあった。収まりきらないのか古紙のようなものが飛び出している。源は床にそれを置くと、古紙を手に取り広げた。かなりの年数が経過しているのであろう、粘土のような匂いが鼻を掠めた。


「これは?」


狸塚が顔を引き攣らせながら尋ねた。


「なんか知らない魔法陣っす!」


そう言った瞬間、源はどんっ!という鈍い音と共に前のめりになった。熊野が背中を殴ったらしい。彼女は表情が変わらないものの激怒していることがひしひしと伝わってくる。


「だって狸塚さんがそれらしいものをって言うから。」


背中に手を当てながら唇を尖らせた。狸塚は今日、何度目かわからないため息を吐いた。


「読経に合わせた、それらしいものです。これじゃあ、怪しげな儀式じゃないですか!」


源から魔法陣を取り上げると綺麗に巻き、端へ寄せる。しゃがみ込み、懐中電灯を置くと、ダンボールの中を改め始めた。骸骨に水晶、おおよそ読経に関係ないものが次々と出てくる。背中から狸塚の苛立ちが伝わってくる。


「これは、使えますね。」


そういうと蝋燭を取り出した。何本かの蝋燭と蝋燭立てを手に取ると診察室の前まで進む。熊野はサポートするように狸塚の足元を照らしていた。診察室の前に、等間隔になるようバランスを整えながら蝋燭を置いていく。並べ終わると懐からマッチを取り出し、音と共に火薬の匂いが広がった。狸塚は蝋燭に火を灯すとオレンジ色の光が彼を照らしだした。


「さ、きちんと役目を果たしてくださいね。」


狸塚は立ち上がり、中央を開けるように端へ寄った。源はやる気満々というように懐から数珠を出すと、腕を回し狸塚が開けた中央に正座する。背筋をピン、と伸ばした瞬間、辺りは静まり返り蝋燭が燃える音のみが聞こえる。背中から圧のようなものを感じた。


源が軽く頭を下げたのがわかった。息を吸ったのか、か細い音が聞こえる。経文の一節が聞こえてくる。これは、本当に源の声なのだろうか。そう思ってしまうほど、彼とかけ離れた重い声。あの独特な抑揚がある節は聞き馴染みがあるが、彼のそれは同じようで全く違うように思えた。聞き惚れる、そう表現してもいいのだろうか。

とても心地良く思っていた刹那、膝に痛みが走った。


「え?」


何が起きたか分からなかった。いつの間にか力が抜け、床に膝を打ちつけていた。力が入らない、立ち上がれない。次第に腕にも力が入らなくなる。焦るように狸塚、熊野を見るが彼らは動かない。こちらをただじっと見つめているだけだ。声を出そうにも掠れて音が出てこなかった。どんどん上半身の力も抜け、自分を支えることが出来なくなる。そのまま前に倒れ込むと、こちらに近づいてくる靴が視界に入った。頭が回らないせいか、近くにいるのが誰だか分からない。どんどん瞼が落ちてくる。ああ、気絶する。まるで他人事のようにそう思うとそのまま無になった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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