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第八話 龍熱




その日はいつものように料理を作っていた。

皆が昼休憩に入り始め、リリィは最後の掃除を終えると自分もお昼に入ろうと立ち上がる。


「リリア、午後の予定だが──」


ビルマが振り返りながらリリアに話しかけた瞬間。


ズボッ!


リリィはビルマにじゃがいもが入っていた麻袋を被せられた。


「え!? ちょっとビルマさ──」


「しーっ、だまってろ!」


ビルマは慌てた様子で麻袋を被ったままのリリィの手を引き、調理場から連れ出す。


なにがなんだかわからないリリィは、誘われるまま足を動かす。

しばらくしてどこかの部屋に入り、ビルマはしっかりとドアを閉じたのを確認すると、被せていた麻袋を外す。


「び、ビルマさん。髪が土だらけですよぅ」


そういいながら自身の髪の毛をパタパタとはたく。すると、なにかがおかしいことに気づいた。


「……ん? 髪が……元の色?」


つまり、変身の魔法が解けている。


「!? な、なんで!?」


「静かにしろ、落ち着け!」


「び、ビルマさん、なんでこれ、髪っ」


「お前は気づいてないようだが、瞳の色も戻ってるぞ」


「ええ!?」


「さっきは咄嗟に麻袋を被せたから、気づいたのは俺だけだと思うが。何故解けたんだ?」


「わ、わかりません。こんなこと初めてで」


「だよな。この魔法をかけているのは陛下だな?」


「はい、そうです」


「……陛下は今どこに?」


「ええと、今の時間は執務室で書類仕事だと……」


「そうか。いいか、お前はここを動くな。俺が陛下の様子を見てくる」


「え?」


「魔法が解けたということは、陛下に何かがあったということだ」


「!? な、なら私もっ」


「今の格好でうろついてみろ、色は違えど顔は同じなんだ。すぐにリリアと番様が同じだとバレるぞ。すぐにミラを寄越す。それまで我慢しろ」


「う。わ、わかりました」


「いい子だな。少しの辛抱だ」


ビルマはリリィの頭をポンポンと撫でると、早足で執務室へと向かうのだった。


「リーイン……大丈夫かな….」


ミラが来る数分間が1時間にも感じられる程、リリィは心配で仕方がなかった。


ビルマが執務室をノックしたとき、中から返事はなかった。

だが緊急事態だと言い聞かせ、ドアを開ける。

すると、そこには床に倒れて荒く息をするリーインがいた。


「っ、陛下!」


ビルマは駆け寄り、脈を測る。

少し早いが、異常なほどではない。

だが身体が異様に熱い。


ビルマは慌てて通りがかった侍女にハイシャンとミラ、そして医者を呼んでくるように伝える。

少しでも身体の熱を逃がそうと襟元をくつろげ、ズボンも緩める。


「陛下、陛下、聞こえますか?」


「……う、」


「陛下!」


(良かった、意識はある)


「み、ずを……」


「はい、今すぐに!」


ビルマは水差しからコップに水を注ぐと、ゆっくりと飲ませる。


「コク……コク……。う、ゲホゲホッ」


「陛下!」


「っ、はぁ、リリィは……」


「隠れています、大丈夫です」


「そう、か……」


そこにハイシャン、ミラ、医者が駆けつけた。

ビルマは事情を説明し、ミラはすぐに着替えを持ってリリィが隠れている部屋へと向かった。

リーインはハイシャンとビルマによってベッドへ寝かされ、医者が診察を始めるのを見守る。


「ふむ……これは『龍熱』ですな」


「龍熱……? それはどのようなものなのですか?」


「呼んで字の如く、龍神の血が熱くなり、体温を上げ、体調を崩されておりまする」


「何故血が熱く……?」


「それは未だ解明されておらぬのです。ただ歴代皇帝が一度は必ずかかる病。病といっても、命に別状はありませぬ。ただ時間が経ち、熱が落ち着くのを待つのみ」


「なるほど……。ではしばらく陛下は安静にするべきですね」


「左様でございます」


「ありがとうございます。……ビルマ殿」


「はい」


「そう言う事だ。しばらく陛下のお食事は胃に優しいものを。そして番様は陛下が回復なさるまで出勤できませんので、よろしくお願いします」


「は、承知いたしました」


そう返事をして部屋を出る。

すると前から服を着替えたリリィがやってきた。


「ビルマさん、リーインは!?」


「大丈夫だ、命に別状はない。詳しくはハイシャン殿に聞くといい」


「よ、良かった……。ありがとうございます! では、失礼します!」


そう言ってリリィは部屋の中へと入る。


その様子を見ていたミラは、じとりとした目で夫を見る。


「な、なんだ?」


「ビルマ……あなた、リリィ様になぜ敬語を使わないの?」


「あ、ああ、いや、ついな。俺も焦ってたし……」


「そう。次からは気をつけなさいよ」


「ああ、気をつける」


普段は優しい妻も、リリィのこととなると途端に厳しくなる。

ビルマはとにかくはやくリーインが回復するよう心から願った。






「う……」


「リーイン、目が覚めた? お水飲む?」


あれからリリィはハイシャンから説明を受け、安堵はしたものの、リーインの側を片時も離れず看病をしていた。

リーインはほぼ眠っており、時折起きた時に水分を取らせ、ビルマが作ったパン粥などを口に含ませる。

だがなかなか体温が下がらず、リーインは苦しそうに息をする。


「リーイン。今はゆっくり休んで。他のことは気にしないで? ハイシャンさんやみんなが仕事を回してくれてるから、安心して」


「……リ、リィは」


「私はここに居るから。ずっと側にいるからね」


そう言って手を握ると、リーインは安心したように眠りについた。


「……変われるなら変わってあげたいなぁ」


あまりに辛そうな様子に、ついそんなことが口から溢れる。


『その願い、叶えるか?』


「えっ?」


ふいに頭の中に声が響く。

それは結婚式で聞こえた声と同じであった。


『愛しき番、お主らは一心同体。片割れの痛みは己の痛み。愛しき片割れを救いたければ、己の心臓に手を当てこう願うが良い。『──』と。さすれば願い叶うであろう』


「えっ? あなたは一体──」


「リリィ様?」


ハッとしてドアの方を見やれば、ミラが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「申し訳ございません、ノックはしたのですが」


「あ、ああ、いいの、気づかなくてごめんなさい」


「いえ。これ、氷水とタオルの替えです」


「ありがとう」


(今の声は、一体?)


リリィは何故か今の声のことを誰にも言ってはいけない気がして、心の奥にしまっておくことにしたのだった。



それから一日経つと、リーインの熱は急激に下がった。意識もハッキリとし、食事も摂れるようになり、回復が目に見えてわかることにリリィはホッとした。

ただし、一度リーインの口元に食事を運んであげたら、俗に言う餌付けという行為に龍神の血が騒いだのか、それから仕事に復帰するまでそれをやらされたのは少し恥ずかしかった。





リーインが完全回復し、リリィは自分の仕事に復帰した。

突然の長期休みになにか突っ込まれるかとヒヤヒヤしながらだったが、ビルマが皆に「旦那さんが急病らしい」と説明していたおかげで特になにも言われなかった。

たしかに嘘はついていない。


『龍熱』は一生に一度しか起こらないとのことだし、それ以外には何も起きたことはないらしい。他にもなにかあるのではと恐怖を抱いていたリリィは安堵した。


そうしてまた平穏な日々が訪れる──はずだった。






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