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第七話 ビルマの悩み






次の日。

リリィはぐったりとしながらも仕事へと向かう。

身体も重ければ気も重い。

どんな顔をしてビルマさんに会えば良いのか。



「お、おはようございまーす……」


「おう、おはよう」


「あ、おはようリリアちゃん! 聞いてよ〜、昨日料理長ったら使節団の食事会に呼ばれたんだよ!? そして皇帝陛下と番様を見たんだって! ずるいよねー!」


「そ、そうなんですか。羨ましいですね」


「まぁ良かったじゃない、食事会は大成功だったみたいだし。お褒めの言葉、頂いたんでしょう?」


「ああ、まぁな」


「ねね、皇帝陛下も番様も、どんな方だった?」


「あー、まぁ、皇帝陛下はかなりの美形だったな。威厳というか威圧感も半端なかった。番様は、小さくて可愛らしい方だった」


リリィはお世辞とはいえそう言ってくれたビルマに感謝した。


(ありがとうございます、ビルマさん!)


「へー、いいなぁ。僕もいつか見たいな〜」


「そんなことより、仕込み始めるぞ。食事会は昨日だけじゃないんだ」


「はいはーい」


その後も普通通りに接してくるビルマを見て、リリィはリーインの言う通りビルマが秘密を隠し通してくれるつもりであると確信した。


(いつか恩返ししないとなぁ)


リリィはどうしたらビルマに感謝を伝えられるか考えるのだった。





その日は案外早く訪れた。


「ビルマさん、スナップえんどうの筋取り、終わりました!」


「ん? あ、ああ、ありがとな。もう上がっていいぞ」


「はい! 失礼します!」


「ああ、お疲れ」


「お疲れ様でしたー」


リリィが仕事を終え、調理場を出たその時。


「リーリアちゃん!」


「わっ!」


リリィの背後に飛びついて来たのはマリーだ。


「マリーさん、びっくりさせないでくださいよー」


「うふふ、だってリリアちゃんの反応可愛くって。って、そんなことより、料理長よ、料理長! なんだか最近ぼーっとしていると思わない?」


「え? あぁ、たしかに……そう言われてみれば」


「でしょ? 私、なーんかきな臭いと思って調べたのよ。そしたらなんと、料理長のことを引き抜こうとする国があるみたいなの!」


「ええ!? そ、それはどこの国ですか?」


「聞いてびっくり、なんと北方のデルタ王国よ!」


「デルタ王国って、あの?」


「そうよ、あの!」


デルタ王国とは、エクリプス帝国の北に位置する国だ。山に囲まれた国のため、冬は雪に閉ざされ、夏は暑い。そんな気候だからか、デルタ王国に行きたがる人は少なかった。


「なんでも、この前のモーテル王国使節団が他国に言いふらしてるみたいね。いかにエクリプス帝国の食事が素晴らしかったか。そして赤ワインの取り引きが始まって、自国はエクリプス帝国と仲が良いとアピールしているみたいなの」


「なるほど……。でもそれと引き抜きとはなんの関係が?」


「それが、デルタ王国の姫君がわがままを言ったみたいね。そんなに美味しいなら私も食べたい、いっそのこと料理長を引き抜いてって」


「お姫様が……」


「だけど問題なのはその先よ。普段なら一刀両断に断りそうな料理長だけど、今回は悩んでるみたいなの。それが何故かわかる?」


「え。えーと……魅力的な交換条件がある……とか?」


「それもそうね。あとは、ここだけの話、料理長は求婚されているのよ」


「きゅ、求婚!? 誰にですか!?」


「それがね──」





ビルマは悩んでいた。

それというのも、デルタ王国からの勧誘もあるが、もう一つ。

デルタ王国にいる初恋の人から求婚されたのだ。


ビルマは生まれも育ちもここエクリプス帝国だ。だが、初恋の人はデルタ王国の人物である。それは何故か。答えはビルマが10歳の時に遡る。


その頃のビルマは家の反対を押し切り、街で一番の料理店で修行を積んでいた。

朝早く起きて仕込みを行い、夜まで働き詰めの毎日。

そんな日々はいくら大好きな料理をしていても、徐々にビルマの精神を削っていった。


そんな時、料理店にお客としてやってきたのがデルタ王国のミラ・キャンベルである。

彼女は当時9歳にもかかわらず知性的で活発な女の子であった。

お客さんとして来た時も、お手洗いに立った彼女はビルマを見つけて話しかけたのだ。


「あら、素敵なコックさんね」


「え?」


「ふふ、貴方、きっと素敵な大人になるわ。私、目がいいの。ねぇ、いつか私のために貴方の料理、食べさせてくれないかしら」


「え。……ま、まぁ、いいけど」


「やったわ! 約束よ」


こうしてビルマはあっという間に恋に落ちた。

ミラは帝国に滞在中、暇を見つけてはビルマの元へ来た。

そして他愛もない話をしては、ビルマの心を癒していった。

こんな日々がずっと続けばいい……そうビルマは思ったが、その願いはミラ達の帰国というどうしようもない壁により潰えた。


帰国直前、ミラは大人になったら必ず連絡をくれると約束した。

だからビルマは決めたのだ。きっと料理で名を馳せる。彼女が自分を見つけられるように──と。



そして今回、モーテル王国が流した噂によってビルマの名前は話題となった。

それを耳にした彼女が、宮廷宛に手紙をくれたのだ。


『私と結婚してください』


という、なんとも衝撃的な一文と共に。



ビルマはその手紙を読んだ時、思わず手が震えるほど嬉しかった。彼女のためならデルタ王国だってどこだって行ってやる。

けれど。


「〜〜っ、ちくしょう」


ビルマは親とした約束を思い出していた。

ビルマは子爵の家に産まれた長男である。

本来なら家を継がなければならない立場だ。しかし、小さい頃から料理が大好きだったビルマは、弟が産まれたことをきっかけに料理にのめり込んだ。というのも、家は弟に継がせれば良いと考えたからだ。

当然、両親は反対した。家は長男が継ぐもの。弟はあくまで兄のサポートをするのが普通なのだ。

しかしビルマは言うことを聞かなかった。それに根負けした両親は、とある条件を提示した。

それは、『帝国から出ないこと』、『弟に何かあった場合、ビルマが家を継ぐこと』のふたつ。

幸いにも弟は問題なく元気だが、帝国から出ないこと。この条件を守るためには、ビルマはデルタ王国へと行けないのだ。


早く返事をしなければならないのは分かっている。だが、ビルマにはまだ決心がつかないのであった。




そんな悩みを抱えたビルマは、周囲からもわかるほど最近ぼーっとしている。

そんな様子を見て、リリィはなにかできないかと考えた。

その結果、己の立場を最大限に利用することを決めた。使えるものは使うに限る。元平民のリリィはそうやって生きてきた。


その考えをリーインに相談すると、『他の男のために行動するのは癪だが、リリィがしたいなら構わない』とお許しを貰えた。


そうしてリリィは密かに動き始めるのであった。




一週間後。

宮廷の前に、一人の女性が立っていた。

門番に用件を伝えると、先触れがあったのかあっさり通される。

女性が案内された先に居たのは、皇帝陛下の番であるリリィ。リリィはにこやかに笑ってこう言った。

「ようこそ、私の──」



ビルマは決意した。

もう手紙が来てから二週間だ。

そろそろ返事をしなければ。

暗い気持ちを押し込んで、返事の手紙を書く。

『あなたとは、結婚できません』

そう書き終えると、蜜蝋で封をして手紙を出しに部屋を出る。

すると、前から柔らかな物腰の紳士であるリンが歩いて来た。


「あ、ビルマ様。皇帝陛下がお呼びです」


「皇帝陛下が? わかりました、すぐ行きます」


ビルマは手にしていた手紙をポケットへ入れると、そのまま皇帝陛下の元へ向かった。



コンコンコンコン


「入れ」


「失礼いたします」


ビルマは相変わらずの威圧感に圧倒されながら部屋へ入る。するとそこには番でありお妃であるリリア……いや、リリィが居た。

そちらをなるべく見ないように進むと、ビルマは皇帝の前で腰を折る。


「ビルマ・ジャンリー、只今参りました」


「ああ。……リリィ」


「はい。……ビルマ殿、貴方にご紹介したい人がおります」


「お……私にですか?」


「ええ。……入ってちょうだい」


そうリリィが応接室に繋がる隣室の扉へ声をかけると、ガチャリとドアが開く。


「お久しぶりですね、ビルマ」


「君は……ミラ……?」


ビルマは信じられないという気持ちで目の前に立つミラを見る。

すっかり大人になり、幼かった顔立ちから凛とした美しい女性へと成長していた。

夢にまで見たミラが居る。

呆然とミラを見つめるビルマに、リリィが声をかける。


「彼女はミラ・キャンベル。私の専属侍女として雇いました」


「り、番様の……?」


「はい。ちょうど探していたのです。侍女は沢山いますが、専属侍女は今までいなかったので」


専属侍女とは主君のみに仕える侍女であり、仮に主君以外に指示されたとしても断る権利を持ち合わせている。

たとえそれが皇帝陛下であっても、である。

専属侍女になるには相当の知識と腕がないとなれない。ミラがなれるかは一か八かであったが、ミラはとても優秀で、満点の評価を得てリリィの専属侍女へと合格した。


「リリィ様。発言することをお許しください」


「許します」


「……ビルマ、会いたかったわ。なかなか手紙の返事が来ないのだもの、届いてないのかと思ったわ」


「ミラ……すまない、なかなか決断が出来なかったんだ。家との約束があって……。その、今も気持ちは変わってない、のか?」


「当たり前よ。変わってたら遥々来るもんですか。……ねぇ、ビルマ。これからは、私にも貴方の料理を食べさせてくれる?」


「っ、ああ、もちろんだ! 一生、君だけの料理を作らせてくれ!」


ビルマはここが皇帝陛下の応接室であることも忘れ、ミラを強く抱きしめた。


その光景を見ていたリリィは、思わず涙ぐむ。そんな番を、リーインは優しく抱き寄せた。




結局、デルタ王国からの引き抜きの話は帝国から正式に断りを入れた。

デルタ王国は内密に事を運びたかったようで、帝国から返答がきたことに戦々恐々としたようだ。


ビルマは愛する彼女と再会し、結婚できることになったおかけで幸せオーラ全開で仕事をしている。


そんなビルマを見て、リリィは恩返しができて良かった、と胸を撫で下ろした。



あのあと、ビルマは涙目になりながらリリィへとお礼を言い続けた。

リリィは一応リリアとは別人としているので、そのお礼を素直に受け取っておいた。

二人の結婚式にはリリアとして参加できればいいな、と思っている。




そんな出来事があってから半年後。

衝撃的な出来事が起こる。










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